やまない雨を蹴飛ばして


 店員に礼を述べ、無言のまま階段を降りる。


 潰れたカフェの軒先へと戻る優は、捨て犬に似ていた。僕を刺そうとしたときよりも随分と萎んで見える。かける言葉を探しながら彼の隣に収まった。


 僕に、何ができるだろうか。

 今から祖父に会わせようかと思ったがそれも違う。あの場所で、あの関係で、あの空気感でしか味わえない世界が、きっとあった。


 遠い日となった子供時代を振り返る。何気ない日々の欠片は愛しい思い出となって、今でも宝石のように光を放ち続けていた。


「……さっきはごめんなさい」


 別人のような声が謝った。


「いきなり襲って、服もダメにして。クリーニング代払います、今すぐは無理だけど」

「僕が犯人だったら殺してた?」

「……ごめんなさい」


 慌てて手を振る。


「責めてないよ。それだけの決心だったんだなって」


 直後、特大のくしゃみが出て鼻水をすする。心配そうな目が僕を見た。


「……ねえ、提案なんだけど。寒くて手が震えてる僕のために、今からコーヒー淹れに家まで来てくれない? 向こうに車停めてあるから」

「え?」

「それで飲みながら考えようか、どうやってあの爺さんを説得するかをさ。まだテナントの解約予告をしただけだから契約期間は残ってると思うんだ。その分のお金も払っちゃってるだろうし」


 少年の頬がみるみる赤く艶めいてくる。もし尻尾があったなら千切れんばかりに振っているだろう。直情的で暴走しがちだけれど、そこが分かりやすくていい。彼の熱量は未来への武器だ。


「優君、どうかな。期限内に爺さんの心を動かせると思う?」

「任せろ!」


 即答に思わず吹き出した。すっかり元通りだ。

 雨は相変わらず降り続いているけれど、優は最高に晴れやかだ。たとえこのまま明日が来なかったとしても彼は気にしないのだろう。若さとはそういうものだし、その強さはきっと祖父を救う。



 ビニール傘を開くと、当然のように優が並んだ。


 きらめく雨を蹴飛ばして、僕たちはただ先へと進んでいく。

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やまない雨を蹴飛ばして 三石メガネ @mikadukikyaf

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