第80話 レオス再び

ビスケット病院での健康診断を終えたマイコミメンバー達を待っていたのは、ゴウマからの出撃通信であった。

今回の出現場所は、エルフが暮らす【キクの森】。

彼女達の足であるイーグルが前回の戦闘からまだ修理が終えていないため、キクの森まで約1時間、走ることになった・・・



影の出現場所であるキクの森では、作業員風の男性たちが襲われていた。

「たっ助けてくれぇぇぇ!!」

森の外へ逃げる作業員達を追いかける複数の人影。

それは、影ではなく、数名のエルフ族であった。

整った顔に、艶やかな金髪。

青い瞳にモデルのようなスタイル。

男女問わず、見惚れるほどの美形であった。


しかし、彼らの瞳に宿っていたのは、激しい怒りと殺意であった。


「侵入者共めっ! 裁きを受けろっ!!」

エルフ族のリーダー風の男性を中心にほかのエルフ族も弓を構え、逃げ惑う作業員達に矢を放った。


「うわっ!」

「うっ!!」

エルフ達が放った矢は、正確に作業員達の心臓や頭を貫き、即死させていた。



それからほどなくして、約20名の作業員全員がエルフ達によって殺害された。


「これで全員仕留めたか・・・よし、死体の始末に取り掛かるぞ」

リーダー風のエルフがそう告げると、仲間のエルフ達は『はっ!』と了解し、作業員達の死体を森の奥へと運んで行った。



「・・・ったく。 おっかねぇ奴らだぜ」

キクの森のから少し離れた丘の上から、一部始終を見ていたのは、レオスであった。

「作業員の連中には悪いが、連中を敵に回すのは、さすがの俺でもめんどくせえ」

キクの森のエルフは戦闘能力がほかのエルフや異種族と比べるとずば抜けている。

勝てる自信はあるが、多少苦戦するのは確か。

レオスはそこまでして作業員達を助けようとは思わなかったようだ。


「さて、そろそろ退散するか・・・ん?」

その場を立ち去ろうとしたレオスであったが、何やら見知った気配を背後に感じた。


「・・・こんなところまでご苦労だな」

レオスが振り向いた先にいたのは、武器を構えたスノーラの姿であった。

「レオス! ここで何をしている!?」

スノーラが激しい口調でそう尋ねると、なだめるような口調でレオスがこう返す。

「ちょいと野暮用でな? もう用は済んだから立ち去るところだ」

「私達が逃がすと思うか?」

「勢いが良いな、姉ちゃん・・・でもその前に、足元に転がっている奴らを何とかする方が先じゃねぇか?」


レオスが冷ややかな目でスノーラの周辺を見る。

『ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・』

そこにいたのは、息を上げて地面に倒れ込んでいるアスト達の姿であった。


「あぁぁもぅぅ!! みんな敵を前にして何をしているんですか!?」

スノーラがそう呼びかけると、仰向けに倒れているルドが力ない声でこう返す。

「そ・・・そんなこと言ったって・・・朝から何も食べていない状態で、1時間も全力疾走したら、疲れるに・・・決まってんだろ?」

「それでもお前達はアストか!?」


「そういうあんたこそ、足元がふらついてて今にも倒れそうじゃない」

ルドと同じく、仰向けに倒れて息を上げているライカが嫌味な口調でスノーラに告げる。

「バカなっ! 私はふらついてなどいない!!」

強気な言葉を発するスノーラだが、実際に足元はふらついており、まるで酔っ払いのような不安定なバランスで立っている。


「姉ちゃん。 無理は良くねぇぜ?」

ついにレオスまでスノーラを気遣う言葉を口にする。

「うるさいっ!! そもそも貴様がこんなところにのこのこ現れたから、我々が1時間も走ることになったのだ!!」

もはや八つ当たりのようにレオスに言葉を投げつけるスノーラ。

「そうか。 それはなんか・・・すまん」

頭を掻きながら、軽く謝るレオス。

その様子を見ていたルドとライカは「「(理不尽だ・・・)」」と呟く。



「とにかくお前らは本調子じゃねぇんだろ? 俺もこのあと予定があるから、今回はこのまま解散にしようや」

レオスの提案は、アスト達にとってはありがたいことだが、生真面目なスノーラがそれを許すはずもなく。

「ふざけるな! 敵に情けを掛けられるほど私達は・・・」

スノーラが解散という提案を全力で否定しようと言葉を発した時であった。


「おっお姉様! やめてください!」

セリアの叫び声で、全員がそちらに注目する。


「セリアちゃん!邪魔しないでよ! ハンバーグが冷めちゃうよ! いただきま~す!」

「お姉様、やめてください! それは石です!」

全員の視界に映ったのは、空腹のあまり地面に落ちていた石をハンバーグと間違えて口に入れようとするセリナと、それを必死に止めるセリア。

おまけにセリナはエモーションまで解除している。


「・・・(次から次へと)」

ただでさえ、敵を目の前に倒れ込んでいるルド達に怒りを露わにしているのに、その上、セリナのいつものボケによって、スノーラの怒りは限界を超え、思わず銃を握りしめてしまう。


「・・・ったく」

見かねたレオスは、シャドーブレスレットを操作し、アーマーを解除した。

中から現れたのは、コワモテ風の大男であった。

夜光以上に筋肉質な体で、顔や腕の刃物や銃弾のよる傷がいくつもある。

「おい、ピンクの姉ちゃん。 これ食うか?」

そう言ってレオスが上着のポケットから取り出したのは、真っ赤なリンゴであった。

「朝飯用に買っておいたんだが、今はちょっと食えそうにねぇんだ」


「リンゴぉぉぉ!!」

リンゴを見た途端、持っていた石を放り投げ、レオスに向かって猛進するセリナ。

「いただきま~す!・・・おいしぃ~」

レオスの手からリンゴを奪い取り、大きな口でかぶりついたセリナ。


「セリナ様!! 敵の施しを受けるとは何事ですか!? そのリンゴに毒でも盛られていたらどうするのですか!?」

スノーラの静止を無視し、セリナはあっと言う間にリンゴを平らげた。

「ふぅ~」

空腹を少し満たしたからか、満足そうにその場に寝転ぶセリナ。

「・・・」

その姿にスノーラは怒りを通り越して、あきれ果てていた。


「じゃあ、俺はこれで。 飯はしっかりと食えよ?」

レオスはそう言い残すと、後ろ向きに手を振りながら、その場を後にする。


「リンゴありがとう~」

去り行くレオスに手を振りながら感謝の言葉を述べるセリナ。


『・・・』

レオスが去った後、途方もない虚無感が辺りを包み込み、アスト達はビスケット病院へと引き返した。



「・・・なあ、今ふと思ったんだけど、兄貴はどうしたんだ?」

病院に戻ってきたルドが、みんなが忘れかけていた夜光の存在を思い出す。

ゴウマの出撃命令は、もちろん夜光も聞いているはず。

しかし、夜光はレオスが立ち去った後も現れなかった。

「そういえば忘れてたわね。 まあどうせ、医者から厳しい注意を受けているんでしょ?」

ライカはそう軽く言うは、セリアは心配そうにこう呟く。

「やや・・・やはり、何かご病気に?」

「セリア様。 考えすぎですよ。 あの丈夫な夜光さんのことです。 きっと大丈夫ですよ」

スノーラは優しく、セリアに慰めの言葉を掛ける。



「あっ、みなさん!」

戻ってきたマイコミメンバー達に気づいたマナが、座っていたソファから立ち上がり、急いで駆け寄る。


「みなさん大丈夫でしたか?」

「大丈夫というか、なんというか・・・」

ルドの歯切れの悪い言い方に、マナがぽかんとしていると、すぐさまスノーラが話題を返る。

「そっそれよりマナ。 夜光さん達はどうしたのだ?」

「はい。 女神様ときな子様は、”ちょっとやることがある”と言い残して、どこかに行ってしまいました。

キルカさんは、そこのソファで寝ています」

マナがそう言って指した方向には、ソファで無防備に熟睡しているキルカの姿があった、

しかし、メンバー達がそれよりも気になったのは、そのソファのそばで瀕死の姿で倒れている笑騎であった。


「・・・あいつ、何をしたの?」

ライカがバカバカしそうにマナに尋ねる。

「笑騎さんは少し前に、検査室から出てきたんですが、寝ているキルカさんにその・・・いやらしいことをしようとしたんです。

でも笑騎さんが近づくたびに、寝ているはずのキルカさんが、顔を殴ったり、お腹を蹴ったりして、撃退していまいした」

「その結果があれか・・・」

『・・・』

それ以降、マイコミメンバーが笑騎について触れることはなかった。


「・・・あの、夜光さんは」

おそるおそるマナに尋ねるセリア。

「それが、まだ出てきていないんです。

もう健康診断の時間は終わっているので、夜光さん以外の人はみんな出てきているのですが・・・」


『・・・』

マイコミメンバー達の顔から少し余裕が消えた。

「まさかあいつ、本当に何か病気に・・・」

ライカのこの呟きで、セリアが思わず男子更衣室に走った。

「セリアちゃん! 勝手に入ったら・・・」

セリナの静止を聞かず、セリアは男子更衣室のドアを開けた。


「・・・」

ドアを開けたセリアの目に飛び込んできたのは、半裸の夜光とナースが、更衣室の椅子で抱き合いながらキスをしているシーンであった。

互いに舌を絡め、求めるがままキスを続ける。

よく見ると、そのナースは健康診断の受付をしていたナースであった。


「悪いナースだな。 勤務中にこんなところで・・・しかも会ったばかりの男と・・・」

いやらしい笑みを浮かべながら、夜光はナースのはだけた胸を揉む。

「あっあなたが悪いのですよ? あんなにしつこく私に言い寄るから。 おかげで我慢できなくなったじゃないですか」

顔を赤らめながらも、ナースはじっと夜光の目を見る。

「次の健康診断までまだ時間はあるんだろ? だったらここで1回くらい・・・」

その時であった。

夜光の背筋に、氷よりも冷たい何かが突き刺さったのは。


「うっ・・・この気配は・・・」

夜光は恐怖で硬直した体に力を入れ、ゆっくりとドアの方へと視線を向ける。


『・・・』

そこにいたのは、鬼のような形相で夜光を睨むマイコミメンバー達の姿であった。

「(やっぱり・・・)」

もはや恒例行事のようなこの状況に、夜光は多少慣れを感じていた。


「あんたのこと一瞬でも心配したあたしがバカだったわ」

ライカは夜光の身を案じてしまった自分を悔いるように、拳を握りしめた。

「出撃命令を無視して、ナースといちゃつくなんて・・・随分えらくなったもんだな」

怒りを抑えきれなかったルドは、更衣室の壁に向かって拳を放った。

その壁はひび割れと共に、粉々に砕けた。

「ふふふ。 まだおしおきが足りなったみたいだね」

セリナはまぶしい笑顔を夜光に向けるが、その目には嫉妬による怒りが込められていた。


「おっお前ら、いきなり男子更衣室に入ってくるなんて、非常識だろうが!!」

どの口が言うかと、思わずツッコミたくなるセリフだが、スノーラが笑顔でこう返す。

「夜光さん。 ”遺言”はそれだけですか?」

ボケなのかマジなのかわからないスノーラの言葉に動揺しながらも、夜光はこう返す。

「まっ待て、俺がいつ遺言を残すと言った!?」

夜光の問いかけを無視し、スノーラは銃を握りしめた。


「(クソッ! こうなったら!)」

ヤケになった夜光は、先ほどまで熱いキスをしていたナースの首に手を回し、こう叫ぶ。

「動くな! それ以上近づいたら、このナースの首をへし折るぞ!」

「えぇぇぇ!!」

いきなり人質にされたナースは、恐怖よりも驚きが心を支配した。


「さあ、わかったら大人しくそこを・・・」

道を通せと言おうとしたその時、夜光は背中に鋭い痛みを感じた。

「あれっ?」

痛みと共に、夜光は全身が痺れ、その場で倒れてしまった。


「・・・」

倒れた夜光のそばにいたのは、なぜか注射器を持っていたセリアであった。

「おっおみゃえ、いふのまに・・・っていふか、おふぇになひをした?〈おっお前、いつの間に・・・っていうか、俺に何をした?〉」

「安心してください。 ただの”医療用麻酔”です」

目の輝きを失い、ヤンデレモード(夜光が勝手に名称)となったセリアが不敵な笑みを浮かべ、手に持った注射器を見せる。

「そっそんなふぉん、どほはら・・・〈そっそんなもん、どこから・・・〉」

「ふふふ。 どうでもいいじゃないですか。 それより・・・」

『・・・』

麻酔で痺れた夜光に歩み寄る嫉妬に狂った悪魔たち。

「あっあっあっ・・・」

夜光はこの時、初めてマイコミメンバー達に本当の恐怖を抱いた。



「・・・なんの騒ぎだ?」

夜光が恐怖にさらされる中、

ソファで寝ていたキルカが、周りの騒がしさで目を覚ましてしまった。

「・・・んっ? あいつは・・・」

キルカがソファから立ち上がった時、階段を降りていく人物が目に止まった。

「なぜあいつがこんなところに?」

キルカが見たのは、いじめによる殺人で連行されたはずの少女、レイランであった。

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