第32話 シーサイドイベント
シーサイドイベントに向けて誠児と共に水着を調達していた夜光は偶然会ったマイコミメンバーの
水着審査をすることになってしまった。
メンバーは無事水着を買えたが、夜光は変質者として騎士団に連行されてしまった……。
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シーサイドイベント当日。
ホーム前には集合時間の1時間前から、イベント参加者が徐々に停留所に集まっていき、
ぞくぞくと大型の馬車3台に乗り始めている。
「なんか思ってたより少ないな……」
タンクトップにショートパンツ姿のルドが辺りを見渡しながら呟く。
体温調整などできない森の中で過ごしていたケンタウロス族であることはあり、
周囲に比べると汗をあまり掻いていない。
「仕方ない……今回のイベントは遠征だからな。 精神面でつらい者は多いだろう」
そう解釈するスノーラ服装はTシャツの上に薄手の上着を羽織ったミニスカート。
平静を装ってはいるが、額から汗がダラダラと流れ、持参している水筒を口に付ける回数が多い。
「暑い……暑い……死ぬ……」
フリルの付いた薄紫のサマードレス姿のセリナは熱さに屈し、馬車の中でだらしなく倒れている。
恥じらいもなく両手を上げて股が若干開いており、姫君としての品格を疑うレベルの体たらく。
「おっお姉様……大丈夫ですか?」
倒れたセリナをうちわで必死にあおぐセリア。
服はセリナと同じフリルの付いたピンクのサマードレスとおしゃれな麦わら帽子をかぶっている。
彼女も暑さを感じているが、姉の体たらくを周囲に見られる恥を感じている分、顔の赤らみがほかとは少し濃い。
「あぁぁぁもぉぉぉ……うるさいっ! こっちまで余計に暑くなるからやめなさいよ!」
イラ立ちのあまり声を上げるのは、肩のヒモ1本だけのへそ出しシャツのライカ。
お経を唱えるように何度もセリナが口ずさむ”暑い”という言葉が短気な彼女の心をつついてしまったのだ。
「全く……世間じゃ機械がどんどん発展しているっていうのに! だったら馬車に冷房でも付けなさいよ!」
「無理を言うな。 冷房なんて付けたら、馬がまともに歩けなくなる」
滝のように流れる汗をタオルで拭いながらもイラ立ちがさらに増していくライカ。
そんな彼女に現実を突きつけるスノーラは、持参していた水筒でのどを潤す。
心界では氷と水の心石を燃料にしている冷房装置がすでに存在しているが、まだまだ発展途上なため大型の装置しかない。
しかもかなりの重量があり、馬車に乗せようものなら、最低でも10頭の馬が必要になる。
「セリナちゃん。大丈夫? お水飲む?」
「う……うん……」
花柄のTシャツを着たマナがバッグから出した自分の水筒を、セリナの口元に付け水を注いでいく。
その光景は老人を介護する介護士そのものであり、母乳を吸う赤ん坊のように水を飲むセリナに飽きれ、マナ以外の者達は視線を外してしまった。
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「なっなんや!?」
集合時間が迫った時、血相を変えた誠児が砂埃を立てて停留所に走ってきた。
「遅れて悪い。 遅刻したか?」
「いっいや、ギリギリセーフや……っちゅうか、それなんや?」
笑騎の視線の先には、誠児に襟元を掴まれたまま伸びている夜光の姿があった。
「部屋の中で伸びていたんだ。 まあこの暑さにやられたんだろうな……さすがにこの炎天下で大の男を背負いたくないからここまでひっぱってきた」
「……首、締まってへんか? それ」
「大丈夫。 こいつはこれくらいじゃ死なないから」
そういうと、誠児はマイコミメンバー達のいる馬車の中に夜光を乱暴に放り込んだ。
『どこに顔突っ込んでんのよ! この痴漢!!』
『朝っぱらから何をしているのですか!!』
『いてっ!! 何しやがる!!』
馬車の中からマイコミメンバー達の怒声が鳴り響いた。
「……」
誠児は無関係と言わんばかりにその修羅場に背を向け、自分の乗車する馬車へと歩いて行った。
「……哀れや」
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ホームを出発した夜光達は、馬車で近くの駅まで向かう。駅まではそれほど離れてはいないが、障害者への配慮や炎天下の中で長時間歩くのは危険ということで馬車ということになっている。
馬車でしばらく揺られた後は汽車に乗り、ミュウスアイランド行きの船が出ている港に向かう。
汽車は馬車と違って冷房が完備されているため、夜光達は命拾いをした。
※※※
汽車に乗って2時間後、港のある駅についた夜光達はそこから船に乗り換えることになった。
船といっても豪華客船のような大きな船ではなく、観光船のような中型の船だった。
船の中は思ったより狭く、夜光はマイコミメンバーとマナに挟まれた状態で席に座る。
「おい狭いぞ! お前らもうちょっと離れろ!」
夜光が左隣のセリアの肩を強引に押す。
「きゃわわわ!!」
妙な叫びを発しながら、セリアは隣に座っているスノーラの胸に頭をうずめるような姿勢を取ってしまう。
「せっセリア様! くすぐったいので頭を動かさないでください!」
「すっすみません!」
夜光はさらに右隣りのセリナを押す。
「お前らも離れろ!!」
「ちょっ! 押さないでよ! ってあ・・・」
セリナは押された拍子に持っていた水筒の水をライカにかけてしまった。
「冷たっ! 何すんのよ!」
「ごめんライカちゃん! すぐに拭くから」
セリナはバッグからタオルを取り出し、タオルを持った手をライカのタンクトップの中に入れる。
「ちょっバカ! 自分でやるから手を抜きなさい!!」
その騒動の中、スノーラの隣にいたルドとさらに隣のマナは騒動に巻き込まれずにすんだ。
「・・・オレ達、この席にしといてよかったな」
「・・・そうですね」
さらにその様子を別の席で羨ましそうに見つめる笑騎。
「ええなぁ・・・ってなんであっちは美少女に挟まれてんのにこっちはおっさんに挟まれなあかんねん!!」
笑騎は誠児と男性スタッフに挟まれた男の寿司詰め状態となっていた。
「こんなん納得できんわぁぁぁ!!」
笑騎のむなしい叫びと共に、船は出発した。
船が港を出発してから30分後、ようやく目的地であるミュウスアイランドに到着した。
船から降りた夜光達を待っていたのは、緑の自然と青い海に囲まれた美しい景色であった。
「やっほー!!海だー!!!!」
広い海を見て、テンションが最高潮に達したセリナはいきなり砂浜に降りて、子供のように大はしゃぎする。
「セリナちゃーん! 砂浜で走るのは危ないよ!」
「セリナ様! 宿に荷物を置くのが先です! 海はあとにしてください!」
マナとスノーラの言葉でしぶしぶみんなの元へ戻ることにした。
「うっ! やっぱり海の近くだと暑さも尋常じゃないわね」
船から降りて、5秒も経たない内に汗をかき始めるライカ。
「全く・・・こう暑いといっそのこと裸で過ごしたくなるぜ」
汗を拭きながら冗談半分で呟くルドだが、ライカは本当にやりそうな気がした。
「・・・やらないでよ?」
「おいおい、冗談で流してくれよ。 いくらオレでも最低限の恥じらいはあるんだ」
ルドから恥じらいなんて言葉を聞いて驚くライカの視界の隅に、カメラを持った笑騎の姿が映った。
「ルドちゃん。 そこは脱がな男ちゃうで?」
いやらしい顔でカメラを構える笑騎にライカは足を振り上げ、「どこから湧いてでた!」と渾身の怒りを込めた蹴りを喰らわせた。
「ご褒美ありがとうございます!!」
幸せそうに感謝を捧げた笑騎はそのまま海の中へと消えた。
宿へ向かっている道中、辺りを見渡していた夜光が呟く。
「なんだよこの島。 なんにもねぇじゃねぇか」
それを聞き、セリアが事前に配布されていた島のパンフレットを読みながら説明する。
「あの、えっと・・・パンフレットによりますと、ミュウスアイランドでは、しっ自然を壊さないように、しゅっ宿泊施設以外の建物を建設することが、ほほ法律で禁止されているそうです」
「じゃあ食料や飲み水とかはどうしてんだ?」
「週に数回、ほっ本島から提供してもらっているようです」
セリアの説明に誠児は感心を持った。
「そうやってたくさんの人が自然を守っているから、こうして自然の美しさやすばらしさを俺達も知ることができるんだな」
誠児は改めて、島の自然を目に焼き付けるように辺りを眺め始めた。
「・・・(俺は自然より女を知りたいがな)」
なんとも不謹慎な夜光であった・・・
港からしばらく歩くと、木造の大きな宿にたどり着いた。
雰囲気で言うと、日本の温泉旅館のような造りになっており、大きな看板には心界の文字で【宿泊施設 ミュウス】と書いてある。
その宿から1人の美女が夜光達を出迎えた。
「お待ちしておりました。 宿泊施設ミュウスの施設長をしておりますサーマです。暑い中お疲れ様でした。どうぞ、お入りください」
そういって案内するサマーを飢えた獣のような目で見つめる夜光。
「(ほう。 なかなかいい女じゃねえか・・・ちょっと狙ってみるか)」
夜光に海とは違う”別の楽しみ”ができた瞬間であった・・・
宿の中に入ると、そこは木の香りに包まれていて、まるで自然の中にいるように錯覚してしまう。
木造という点以外、置いてある家具はほとんどシンプルなものばかりだが、逆にそれが自然をより強く感じさせる。
そして、男性スタッフがこれからの予定を参加者に話す。
「みなさん! これから部屋割りのためのくじを配ります! 引いたくじと同じマークを持っている方々を見つけて、サーマさんから部屋の鍵を受け取ってください! 部屋の場所は鍵を渡し終わった後に、宿の方々が案内してくれます!」
そしてくじの結果、【夜光・誠児・笑騎】、【セリア・セリナ・ライカ】、【ルド・スノーラ・マナ】といった部屋割りになった。
夜光達はサーマから部屋の鍵を受け取り、それぞれの部屋に移動した。
夜光・誠児・笑騎の3人が案内された部屋に入ると、一番先に目に入ったのはベランダからの景色だった。
「うわー! これは絶景だな!」
一面に広がる青い海が誠児の心を鷲掴みにする。
しかし、そんな感動など微塵も感じない夜光と笑騎。
「海で海を見てなにが面白いんだ? 海で見るべきものはやっぱ水着の女だろ?」
「その通りや! 水着1枚を着た女! これを見ずして夏の男は語れん!」
珍しく意見が合う2人に、誠児は呆れた顔でこう呟く。
「お前たちのそのはっきりとした性格がたまに羨ましく思えるよ。 見本にはしたくないがな」
「まあとにかく荷物を置いたんやから、さっそく海に出発や! 待っとれ水着ちゃん!!」
笑騎は服をポイポイ脱ぎ捨てると、用意していた水着にすばやく着替えた。
しかし、そこで笑騎に悲劇が起こる。
「笑騎、少しいいか?」
部屋に男性スタッフが入ってきた。手にはなぜかロープを持っている。
「なんや? 俺はこれから水着美女に会いに行くんやで?」
「これからお前は私たちと釣り組のサポートに向かうんだ!」
それを聞いた途端、笑騎は絶句する!!
「なんやてぇぇぇ!!」
シーサイドイベントでは海で泳ぐ海組と別の浜辺で釣りをする釣り組の2つに分かれている。
海で元気よく遊びたい人の方が多いが、のんびりと釣りを楽しみたい人もいる。
そのため、何人かのスタッフが釣り組に同行することになっている。
しかし、釣り組は全員男という笑騎にとっては地獄でしかないコースであった。
「嫌や!! なんで海まで来て、むさい男共と釣りせなあかんねん!!」
「お前を女性のいる海に放置するのは、海に毒を流すようなものだからな。仕方ないだろ?」
「俺はばい菌か!?」
「安心しろ。 ばい菌の方がまだ可愛らしい」
何気にひどいことを言いながら笑騎をロープで拘束する男性スタッフ。
「さあ、行くぞ」
「離せぇぇぇ!! 俺は水着美女に会いに行くんやぁぁぁ!!」」
笑騎のむなしい叫びは部屋の外でも響いていた。
そして残された2人は笑騎のことを忘れ、海を眺めながら潮の香りを感じていたのだった・・・
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