第二章 王都流血婚礼始末

第34話 お姫様って言われても。

「あん? なんだって?」


 イルが怪訝けげんそうに眉根を寄せた。


「だから、だからぁー、お姫さま!」


「そうなの、お姫さまなの!」


 なんで分からないのとばかりに、テーブルを挟んだ向こう側で、二人の少女がじたばたと腕を振るう。


 髪の分け目が逆なことを除けば、二人の少女はまったく同じ顔。緑がかった肩までの髪に、緑青エメラルドグリーンの瞳。サラウンドで聞こえてくる声もほぼ同じ。着ているものまで二人揃って、フリル過剰な瑠璃紺るりこんのドレスだ。


 一目で分かる、余りにもあからさまな双子である。


「わーった、わーった。姫さまってのは分かったが、だからつって護衛なんて冗談じゃねぇぞ。いつから夜の住人ノクターナルは、便利屋に成り下がっちまったんだよ」


 イルはブスッとした顔で頬杖を突き、向かって右手に座っているクリカラ。そのフードから覗く口元が、わずかに緩む。


 時刻は日没をいくらか過ぎた頃。高級住宅街の一角にある奴隷商の屋敷。緑のカーテンが揺れる一室での出来事である。


 衛士詰所からの帰り道、イルは待ち受けていた銀猫に「仕事の依頼、だ」と、強引にここへ連れて来られた。


「飯の時間に遅れたら、ニーシャの機嫌が悪くなっちまう。手早く頼むぜ」などと言いながら扉を押し開けてみれば、その向こう側にはクリカラと共に、この双子が待ち受けていたのだ。


 実はこの双子、見てくれこそは幼いが、イルよりも幾らか年上で、さらには貴族階級のご令嬢。その上、等級Aの暗殺者なのだ。


『属性のワゴンセール』


 それが二年ほど前、イルが初めて彼女たちに出会った時の感想である。


「確かに少々特殊ですけれど、なにも我々の仕事から外れた依頼ではありませんよ、『最悪イルネス』。依頼内容は『姫さまを殺害しようとする者の暗殺』ですから」


 クリカラが諭すようにそう口にすると、向かって左側の少女が「そうだよー!」と騒ぎ立てる。


「うっせ! 黙ってろよ、右」


「右じゃないもん、ミリィだもん!」


 ちなみに分け目が右側にあるのがミリィ、左にあるのがヒルダ。だが、立ち位置は大抵ミリィが左で、ヒルダが右なのが非常にややこしい。


「まあ、百歩譲って、そいつがウチの仕事だとしようじゃねぇか。なんで俺んとこに回ってくんだよ。役人だからか? 残念だったな。俺みてぇな木っ端役人が、お姫さまになんて会えるわけねぇだろうが! 遠目にだって見たことねぇよ!」


 イルがそう口にした途端、双子が顔を見合わせて、「ぷぷーっ」と噴き出した。


「あはは、そうか、知らないんだァ!」


最悪イルネスったら、かわいそー!」


「なんだ、テメェら、喧嘩売ってんなら買ってやんぞ!」


 イルがそう言って睨みつけると、双子はきょとんとした顔になった。


「なんで喧嘩なんて売るの? 私たち最悪イルネスのこと大好きなのに」


「うん、好き、好き! だーい好き!」


 明け透けな好意を投げつけられて、イルは思わず、喉に何かを詰めたような顔になる。


 実は、これはいつものこと。


 この二人は無邪気に「好き、好き」と連呼してくるので、イルはいつも居た堪れない思いをする。なにせ、嫌われることはあっても、好かれることのほとんどない人生を歩んできたのだ。おかげでイルは、人並み以上に好意というものに耐性が無い。


 最近でこそ、とうとう家に居座ってしまった頭のおかしい女奴隷や、それに張り合って布団にまで潜り込んでくる妹のせいで、多少なりとも女性に対する免疫も出来つつあるのだが、それでもやっぱり、ここまで何のてらいもなく好意を投げつけられると、どんな顔をして良いのかわからない。


「……ていうか、おめぇらが引き受けりゃいいじゃねぇか。お貴族さまよぉ。お姫さまにだって、面識ぐらいあるんだろ?」


「むりー!」


「むりなのー!」


「なんでだよ!」


「「だって、今回は私たちが、なんだもーん」」


「……は?」


(なぁ、こいつらなに言ってんの?)


 イルが、そういう想いを乗せた視線をクリカラの方へ投げかけると、フードから覗く彼女の口元が、苦笑気味に歪んだ。


「依頼者というか……。この仕事は、彼女たちが仲介役として受けてきたのです。まあ、相手は名のある大貴族ですから身元も確かですし、報酬も破格。恩を売っておきたい相手でもある。そして……この仕事に『最悪イルネス』、あなたを選んだのは、この二人ではなく私なのです」


「だ、か、ら! なんで俺なんだって! そう言ってんだよ!」


「大丈夫です。姫さまとは、すぐに顔を合わせることになりますから」


「はぁ?」


 言ってる意味がわからない。イルが思わず首を傾げたのとほぼ同時に、ミリィがクリカラの方へと身を乗り出した。


「ねぇねぇ、クリカラぁ、それはそうとさぁ、私たちにもお仕事ちょうだいよー! 今月お小遣いがピンチなのぉ!」


「なの、なのぉ!」


「お、おい、待てって。俺の話は、まだ……」


 慌てて声を上げるイルを完全に無視して、クリカラは小さく頷く。


「そうですねぇ……。では……女を食い物にした最低男の始末などいかがでしょう。『最期の接吻ラストキス』に割り当てるつもりだったのですけど、考えてみれば、あなたたちの方が適任かもしれません」


「「わーい、やる、やるー!」」


「だから! 話を聞けって!」


 もはや誰もイルの話など聞いてはいない。彼が部屋の入口の方へと目を向けると、銀猫がドアノブに手をかけて、帰れとばかりに顎をしゃくっていた。

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