第10話 埋葬の仕方を注文する死体

「オヤッさん、今朝、川で上がった死人の事なんスけど……」


「ん、ああ、ありゃあ、なかなかヒドイもんだったぜ。どう見ても怨恨がらみで殺られたって感じだな」


「それが、実は……」


 イルは、ボードワンに昨日のヒルルクとの一件について話をした。ひとしきり話を聞き終わると、ボードワンが小さくため息をく。


「まあそういう事なら、殺ったのはヒルルクんとこの連中って事で、間違いねえだろうな」


「しょっぴきますか?」


 ボードワンはあごに手を当てて、少し考える素振りを見せる。


「それは上手くねえな。どうせ素性の判らねえ旅人なんだろう。放っておいても誰かが訴えてくるわけじゃねえ」


「ですよね」


 ハイカーには悪いが衛士のやることなんざ、そういうものだ。ややこしい事に巻き込まれるぐらいなら見て見ぬフリは当たり前。そもそも殺される奴が悪い。そういう腐りきった世の中なのだ。


「しかし、あの死体の方もかなり変わった奴だったみたいだな」


「そうスか? 普通に良い奴でしたけど」


「腹にでっかく入れ墨を入れてやがった」


「入れ墨?」


「ああ、『』だとよ」


「何スか、そりゃ?」


「知らねえよ。まあ遺言だと思って、希望通りに町はずれの墓地に埋めてやったけどよ」


 ボードワンは吐き捨てるようにそう言うと、ズズッと音を立てて茶を啜る。


「ところでおめえ、ウォードんとこの娘の様子はどうだ?」


「どうだって言われても、正直どうしようもないっスね。ヒルルクはヤベェし、借金を返す当てもねえ。俺じゃなくて、もっと腕利きをつけた方が良くないっスか?」


 いまさら聞くのもどうかと思うほどに当然の疑問だ。どう考えても、シアを取り巻く事情は、衛士隊きっての落ちこぼれであるイルには荷が重すぎる。誰がどう見ても人選を誤っているとしか思えない。


 しかし、ボードワンは口元に薄く笑いを浮かべると、椅子の背もたれに腕を掛けて胸を反らした。


「馬鹿言うんじゃねぇよ。下手に腕に自信のある奴なんかつけてみろ、ヒルルクとやり合うことになりかねねえだろうが」


 一瞬、ボードワンの言わんとしていることが飲み込めず、ぽかんと口を開けて固まるイル。


「……えーと、つまりオレはヒルルクを刺激しないように、シアを連れて逃げ回れってことっスか?」


「ああ、あとついでに言えば、おめえなら死んでも別に困らねえって事情もある」


「ひでぇ!?」


 避難がましい目で訴えてくるイルを、ボードワンはさっさと行けと言わんばかりに追い払うような手振りで追いたてながら笑う。


「まあ折角だ、借金返す目星でもつけてやれ」


「は?」


「は? じゃねえよ。『暗緑鋼の製法』だよ。お嬢ちゃんは本当に知らねえみてえだが、ウォードが書き物一つ残して無えなんて事は有り得ねえ。どっかに隠している筈だ。そいつを見つけてギルドにでも売ってやりゃあ、借金だって返せるだろ」


「そりゃあ、衛士の仕事じゃないっスね」


「逃げ回るのだって衛士の仕事じゃねえよ。俺ァ一応、おめえの目端の利くところは高く買ってるんだ。あれだけ狡賢ずるがしこくサボれるってのは、相応に知恵がまわらきゃ出来やしねえ」


「そいつはどうも……。あんまり褒められた気はしませんけどね」


「褒めた覚えは全くねえな」


「……さいですか」


 肩をすくめながら、イルは衛士詰所の扉を開いて外へと出て行く。本来、シアの護衛という任務を与えられているイルは、衛士詰所に顔を出す必要など無かったのだが、ハイカーとは一応一晩とはいえ酒を酌み交わした仲だ。どんな死に様だったのかだけでも聞いておこうと、ウォード工房への道すがらに立ち寄ったのだ。


「しかし……」


 イルは衛士詰所を後にして、ウォード工房の方へと足を向けながら考える。


 ・誰も入れない筈の部屋で殺されたシアの父親。

 ・身に覚えのない借金。

 ・弟子が売り手を探してた筈の家は既に抵当に入っている。

 ・見つからない暗緑鋼の製法。


 何だか、これらの事象の間には一つの線が引けそうな気がする。しかし、その反面、てんでバラバラなようにも思える。誰かの悪意がちらりと顔を覗かせているような気もするのだが、たまたま不幸な出来事が重なったようにも見える。


 いずれにしろ、イルの性分から言えば、首を突っ込みたくなるような要素はどこにも無かった。


「やっかいな事にならなきゃ良いんだけどな」


 珍しく真面目腐った表情で、イルは誰に言うでもなく呟いた。


 衛士詰所に寄っていたせいで、イルがウォード工房に着く頃には既に昼時近く、春の終わりとは言えども陽気は汗ばむばかりとなっていた。


 到着するや否や、イルは傍若無人にも無断で階段を上がって、「おう」と声を出しながら居間へと入る。するとそこには、その場で溶けたかのようなぐでっとした体勢のリムリムが、如何にも今起きましたと言わんばかりのだらけた顔でソファーの上に転がっていた。


「……おめえ、ちゃんとシアの護衛してたんだろうな」


「うっさいわね。頭に響くんだから、もっと小さな声で喋ってよ」


 本来ならばこの屋敷に泊まり込む筈だったイルが、長屋からわざわざウォード工房へと通う羽目になった理由、それがコイツだ。


 昨晩、ハイカーを交えて飲み明かしている最中に、イルが何気なく口を滑らせて、護衛の為にシアの家に泊まりこむことを口にした途端、リムリムがブチ切れたのだ。


 曰く、羊の巣に狼を放り込むようなものだとか何とか……。


 羊が巣を作るかどうかはともかく、まあ言わんとしていることは分かる。


 遂にはリムリムが自分が護衛するからオマエは帰れと主張し始め、それは厄介事から距離を置きたいイルとしても好都合。渡りに船とばかりにリムリムに夜間の護衛の役目を押し付けることにしたのだ。


 二日酔いの頭を抱えるリムリムの様子を見る限り、昨晩はおそらく何もなかったのだろう。この様子では昨晩誰かに襲撃されたとしても、この酔っ払いは何の役にも立たなかった筈だ。


 飲み屋であれだけ大見得切って、イルに帰れコールを浴びせかけておきながらこの体たらく、イルが嫌味の一つも言ってやろうとしたとしても、それは仕方の無いことだろう。


 しかし、イルが『年増』で始まる罵詈雑言を頭に浮かべて口を開きかけたその時、台所の方から、タイミングを見計らったかのようにシアが顔を覗かせた。


「あ、イルさん。おはようございます」


「おう、昨晩は何もなかったかい?」


「ええ、大丈夫です」


「あの馬鹿女に変なことされなかったかい?」


「するか! ドアホ」


 イルの軽い冗談を背後からリムリムが怒鳴りつけ、そんな二人の様子にシアがクスクスと笑った。


「そういやあ、弟はどうした?」


「お父さんの古い友人が修行の面倒を見てくれることになりましたので、ペータは朝からそちらにおじゃましてるんです」


「へー、やっぱり鍛冶師になんのかい?」


「ええ、ペータはそう決めたみたいです」


 イルの眼には、そう言って微笑むシアの様子は少し嬉しそうに見えた。


 とは言え、この工房も既に借金の肩にとられている。この姉弟も、近日中に此処を追い出されることになるだろう。弟はなんだかんだ言ってもまだ子供。鍛冶師として一本立ちして、姉を食わせていける様になるのはずいぶん先の話だ。


 イルは小さく溜息をつく。


 気は進まない。まったく気が進まない。この意味のわからない一連の出来事に足を踏み入れるのは、あまりにも自分らしくない。……のだが、この姉弟のことをちらりとでも可哀想だと思うのなら、やはりオヤッさんの言う通り、『暗緑鋼の製法』とやらを見つけてやらなきゃ仕方が無いらしい。


 そして、イルはあくまでも気が進まないという体ではあったが、口から言いたくも無い一言を強引に引っ張り出した。


「すまねえが、親父さんの工房をちょっと見せてもらえねえか?」

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