第9話 世の中ってのは、良いヤツから死ぬように出来ている。
シアがあっさりと中身のクズっぷりを認めるイルに呆れ果てている間にも、赤毛の剣士とヤクザ者たちの間には、痛い程の緊張感が張りつめている。
店の中にいた客たちは、先程巻き込まれて目を回しているヨレヨレのおっさんを残して、すでに転がるように外へと避難し、店の中にはイルたちと赤毛の剣士、ヤクザ者達、あとはカウンターの内側で店主が頭を抱えているだけだ。
睨み合う赤毛の剣士と、ヤクザ者たち。先に動いたのはヤクザ者たちの方だった。
男たちは赤毛の剣士を半円形に取り囲むようにして一斉に殴りかかる。しかし彼は少しも慌てることなく、顔の前で両手の拳を構えると、タタンと小さくステップを踏んで、コンパクトな構えから左右のワンツー。襲い掛かってくる男どもの鼻先に素早く拳を叩きこんでいく。
思わず、鼻先を押さえながら仰け反った男たちに更なる一撃。弓の様に弧を描きながら、男の後頭部に赤毛の剣士の後ろ回し蹴りが飛来する。間断ない攻撃に男たちは避けることもできず、絡まるように石壁に叩きつけられた。
「か、かっこいい……」
リムリムが呆けるように呟く。眼にハートマークを浮かべるリムリムの様子に思わず舌打ちするイル。リムリムに惚れられたいとはこれっぽっちも思わないが、自分以外の誰かがモテるのは、何となく面白くない。
「どうだい? まだやるかい?」
「ア、アニキぃ……」
赤毛の剣士が余裕の笑みを浮かべると、ヤクザ者の一人が冷や汗を流しながら、ヒルルクへと振り返る。
「ちっ、仕方がありません。また出直しましょう。アナタの名前を聞いておきましょうか」
「ボクの名はハイカー。いつでもかかってくればいい。ボクは逃げも隠れもしないよ」
「その言葉、後悔することになりますよ」
ヒルルクはそう捨て台詞を残すと、やられた男たちを無事な男たちに担がせて酒場を去って行った。
「あ、ありがとうございましたぁ」
ヤクザ者たちが去った途端、リムリムが猫なで声を出しながら、ハイカーへと駆け寄っていく。
「大丈夫でしたか? 美しいお嬢さん」
「ええ、お陰さまで。助かりましたぁ」
「じゃあ、ボクはこれで」
リムリムに優しい笑顔を向けてそう言うと、ハイカーは足元の
「も、もしよかったら、これからお礼に御馳走させていただけませんかぁ?」
「……肉食系ビッチ」
間髪入れずに口説き落としにかかるリムリムに、イルが背後から皮肉を込めて囁いた途端、その
「お、おおお、お……」
「イ、イルさん!?」
口元から謎の液体を垂らしながら腹を抱えて身悶えるイルを、シアが心配そうに覗きこむ。
「そ、そちらの方は大丈夫なんですか?」
ハイカーが頬を引き攣らせてそう尋ねると、リムリムは素知らぬ顔で、「良く知らない人ですけどぉ、飲みすぎかしらぁ? ヤダァ、キモーい☆」などと言いながら、ずうずうしくハイカーにしがみ付いた。
苦笑いを浮かべるハイカー。その腕により一層密着しながら、リムリムはハイカーの目を盗んでイルを睨み付ける。(邪魔すんじゃねーぞ! 空気読んで、とっととどっか行っちまえ!)その眼は雄弁にそう語っていた。
しかし――やられっぱなしというのはイルの流儀では無い。あんまり腹が立つので、イルは最後まで付きまとってやることに決めた。
イルは、リムリムとハイカーがついたテーブルに何食わぬ顔をして腰を落ろすと、ブッ殺しそうな視線を向けてくるリムリムを完全に無視して、ハイカーへとしきりに話かける。
別にハイカーに興味がある訳では無い。リムリムへの嫌がらせだ。しかし話をしてみれば、ハイカーは気さくなじつに良いヤツだった。腕が立つだけでなく、見た目も良い上に性格も良い。口調は丁寧且つ柔らかで気取ったところもない。世の中を
だがイルは思った。
こいつはあほうだ。世の中ってヤツがどれほど悪意に塗れているのかを知らない。何の後ろ盾も無く、ヤクザ者とやりあうなんぞ、愚の骨頂だ。
翌日、案の定、街中を流れるドブ川にハイカーの死体が上がった。
身体中に刀傷。誰がどう見ても大人数で寄ってたかって滅多切りにされたとしか思えない、無残な最期だった。
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