35/ 兆しは未だ

 鉄兜で顔を隠し、漆黒のレザーコートに安価なジーンズ、機動力を重視したエンジニアブーツを身に着けた異様な男、アサシンガイスト。

 彼と共に地下を抜け出して、一階を歩くこと数分。北側と南側のちょうど中心に位置するテナント、『Right-on』にやってきた。何度か友人の買い物に付き合わされて足を運んだことがあるが、専ら服は『UNIQLO』で購入するため無縁とも言えよう。

 それはさておき、衣類のテナントと聞くと不穏で不穏で仕方なかった。


「あの」サナはおずおずと尋ねた。「マネキンが襲ってくるんじゃ……」


 しかし彼はさも当然のように言った。「問題ない。すでに駆除している。今は我々の拠点だ」


「さすがですね…………え……?」


 彼の放った言葉に含まれたワードが気になった。


「我々……? わたしたちの他に誰かいるんですか?」


「ああ。これからソイツに会いに行く」


 誰だろう。サナは不安を募らせた。彼の知人なら心配する事もないとは思うけど……。


――ものすごく怖い人だったらどうしよ……。


 そんな気持ちなどつゆ知らず、アサシンガイストは奥へ奥へと歩を進め、試着室が連なる通路へ踏み入った。そして一番遠い個室に入り、彼は慣れた手際で床を持ち上げた。サナは思わず目を丸くする。なんと地下へ続く階段が現れたのだ。


「すまないが、閉めてくれ」


 あまりの衝撃に声が出なかったため、やむを得ずこくこくと頷いた。しっかし、また地下なのね。密かに肩を落としたサナにアサシンガイストは気付いただろうか。わたしとは対照的に彼は躊躇いなく階段を下りていく。狭い。それはすれ違うことはできない程度に。それにしても、もっと蜘蛛の巣やら埃やらで汚れていると思っていたが、拠点というだけあって掃除が行き届いている。きっと綺麗好きな人なのだろう。


「着いたぞ」


 階段の先には鉄製の扉が設けられていた。アサシンガイストはドアノブを捻り無造作に足を踏み入れる。サナも身体を萎縮させながら彼に続いた。そこはまるで町工場のような空間が広がっており、堪らず絶句してしまう。すると部屋の隅で背を向けて座る人影を発見した。その人物は頭髪を丸刈っており、遠目でも分かるくらい肩幅が広く筋骨隆々の男だった。


「博士」


 彼は物おじせずにぶっきらぼうに呼びかけた。男はスッと立ち上がり、わたしたちに向き直る。予想より高い身長と強面に思わず圧倒された。


――絶対怖い……!


 身構えるも次の瞬間、心臓が飛び跳ねるほどの驚愕が彼女を襲った。


「あらぁ~~お帰りなさいアサシンちゃん! ごはんにする? お風呂? ま、まさかアタシなのッ!?」


 その口調から俗に言うオネエという人種だ。開いた口が塞がらないとはこういう事か。理解の範疇が追い付かないサナを尻目にアサシンガイストは真面目に答えた。


「そうだ。アタシ、だ」


「うっそ、マジなのかしらッ!?」


「ああ」


「ならアタシがお風呂に入らなくちゃいけないじゃないッ!」


「ここに風呂はないだろう。それにそういう意味ではない」


 アサシンガイストは面倒くさそうに言った。「例のアイテムはできたのか?」


 オネエさんはげんなりと肩を落として「できてるわよ」と残念そうに告げた。


「ところで」オネエさんの視線がぽかんとしていたサナへ突き刺さる。「その子はだぁれ?」


 その問いで我に返ったサナはあせあせと名前を明かした。


「へぇ……サナちゃんねぇ……。女の子かしらねぇ……?」


 オネエの訝し気な眼差しと交錯する。当然と言えば当然だ。いきなり全身を返り血で汚した甲冑で覆った見ず知らずの人間を前に警戒しない者などいない。このままでは話が進みそうにないので、サナは自ら鉄兜を脱いで素顔を見せつけた。


「あらッ!」途端にオネエさんの顔がパッと輝いた。「アタシ好みのキュートな小娘じゃないのッ!」


 容姿を褒めてもらえるのは女としては嬉しいけど、はどうかと思う。だが悪い人ではなさそうだ。外見だけで決めつけた自分が愚かしい。だけどどう見ても堅気の人間じゃないもん。


「そう言えば紹介が遅れたわね。アタシの事は『博士』って呼んで頂戴」


「は、はい……」


 本名を尋ねるのは野暮だろうか。だけど当人がそう呼んでほしいのならそれに従うまでだと思う。


「博士……いくつか聞きたい事があるんですけど……」


「美容の秘訣かしら?」


「まぁ確かに肌の手入れは大事ですよね。でも違います」


「この建造物について知りたいのよね?」


「ええ」


「難しいけど、そうね……」博士は首を傾げて低く唸った。「大雑把に言えば、食人廃墟かしら?」


 食人。その言葉だけでゾッとさせるには十分だった。


「というのもね。この建物、成長しているのよ」


 確か彼もそんな事を言っていたな。詳しくは聞き出せなかったけど。


「それってどういう……?」


「アタシはこの建物に長く住んでいるんだけれど」博士は煙草を吸うように息を吐いた。「最初は三階までだったのよ」


「信じられる?」冗句めいた彼の言葉につい否定してしまいがちだが、怪現象が頻繁に発生するこの廃墟ならありえない話ではない。食人廃墟の意味がなんとなく理解できた気がする。だからこそ不安ばかり募る一方だ。


「博士。人が監禁されてそうな場所って心当たりないですか?」


 博士の顔が僅かに曇る。もしかして拙い事聞いちゃったかな。でも、聞かなくてはならない。アカリの生死がかかっているかもしれないのだから。


「あるわ。ひとつだけ」


 その場に緊張感が漂い始める。サナは固唾を呑んで話を聞き入っていた。


「そこはアタシたちがまだ知らない未知の領域……」


 長年、ここで在住しているこの人でさえ網羅できていない領域エリアがあるのか。サナは餌を前にして食欲に抗う小動物のように話の続きを今か今かと待ち侘びる。博士は語感を強めて言った。


「最上階、屋上ね」


 それを聞いたサナはつい納得してしまった。冷静に考えてみれば至極当然の事だが、内部がいくら成長しても屋上だけは最初から存在している。そして今まで一度も訪れた事がないのであれば、真っ先に疑いの矛先を向けるだろう。


「だけどね、勘違いしちゃダメよ」博士は白くごつごつした指をピンッと立てた。「あくまで可能性に過ぎないんだから」


 だからと言って、悠長に過ごすわけにはいかない。しかし自分ひとりではできる事が限られているし情報も戦力も不十分である。思わずサナは俯いてしまった。そんな彼女へ博士はひとつ提案を持ち掛ける。


「どう? アタシたちのお手伝いしてみない?」


「お手伝い……?」


 何を言っているんだ、という目で博士を見つめた。しかし彼は気にした様子もなく淡々と話す。


「素材の調達を手伝ってほしいの」


「調達……」


「そう。屋上を目指しているのはアタシらも同じなわけよ」


 動機は人それぞれだとしても目的地が一致しているのならば迷わず提案を呑むべきだ。


「分かりました」サナは会釈程度に頭を下げた。「よろしくお願いします」


 温かく微笑む博士に加えてもうひとつ。


「それと調達は何か関係があるんですかね?」


 純粋な質問に博士はフフフと不敵な笑みを浮かべる。


「人間には決してできない事を補う道具がないと上には進めないわ」


「上……飛んだりですか」


「そ。でも翼とかバネのついた靴なんかは非現実的すぎるわね……そこでッ!」


 立ち上がった博士は棚からひとつの箱を持ってきた。


「コレを作ったってわけ」


 そう言って博士が取り出したのは、拳の部分が槍の切っ先のように尖った鉄の籠手だった。装着しようものなら物体を握る事はまず不可能である。一見、不便にしか見えないが……。


「これはなんだ?」


 ここまで黙りこんでいたアサシンガイストが食いついた。その反応を見て博士は得意げな笑みを浮かべる。


「コレはね」博士はわざとらしく溜めて言った。「空を飛べちゃうアイテムなのッ!」


 早速、非現実的な言葉を前に唖然とするサナを無視して博士は説明を続ける。


「か、勘違いしないでよね……ッ! 厳密には物体を引き付けるアイテムなんだから……ッ!」


 これほど需要のないツンデレが他にあるだろうか。なんて無神経な事を口走った暁にはココから追い出されかねない。口は禍の元、だ。まぁ、それ以前にツンデレの良さが理解できないんだけどね。

 が、そんなどうでもいいことはさておき、気になるのは後半の台詞。『物体を引き付ける』と『空を飛ぶ』にどのような関係があるというのか。その疑問を代弁してくれたのは彼だった。


 いい質問ね、と頷いた博士は不思議な形の籠手を見せつけるように手に取ると、解説と用途を話し出した。


「この籠手には十五メートル程度の鎖と引き金、あと火薬を内蔵しているわ」


「厳密にはもっと複雑な構造だけどね」と付け足す博士に尋ねた。


「火薬なんてどこから入手したんですか?」


「んもぉ~サナちゃん」博士は苦笑して見せた。「話の途中にぶち込んでくるなんて無粋よぉ」


 ごもっとも。サナは慌てて頭を下げた。


「〝トイザラス〟の倉庫に」隣にいたアサシンガイストが鉄兜をこちらに向けた。「売れ残った爆竹が大量にあった」


 あ、なるほど。爆竹から火薬を取り出したのか。彼女が納得したのを見計らって、博士は途切れた話を紡ぐ。


「そして引き金を引けば、鎖に結われた矛先が勢いよく射出するってわけ」


「武器になるな」


「もちろんよ。だけど……」博士は肯定しつつその太い首を横に振った。「この子の力は武器だけに止まらないんだからッ!」


――と、言うと……?


 先の教訓を得て、口には出さない。


「射程距離内にある実物体へ突き刺し引き寄せる事はもちろん、逆に引っ張り上げてくれたりもするのよッ!」


「あのぉ」サナは不躾と思ったが口を挟まずをいられない衝動に駆られた。「人間を引っ張り上げれるとは到底思えないんですけど」


「アタシより重い物体で検証済みよ」フフフ、と。博士は不気味に微笑んだ。「掃除機のコードも指一つで引っ張られるでしょ。アレと似ているわよね」


「〝銃と掃除機の原理を応用した籠手〟という見解でいいのか?」


「アサシンちゃんがまとめてくれてオネエさん助かるぅ~」


 上手く言いくるめられたような気がしてならないが、素材さえあれば様々な道具を造作する凄腕発明家(自称)が嬉々として力説するのであれば問題ないのだろう。彼も信頼を置いているようだし。


「ま、あとは実戦あるのみね。がんばッ!」


「ああ」


 講義を終えたのを確認してサナは話を切り出した。


「これからどうするんですか?」


「……」アサシンガイストが沈黙すること数秒。「三階への手段を探す。休んでいるか?」


 彼の気遣いはありがたい。ついていけば迷惑をかけるやもしれない。でも、この廃墟モールについてもっと知りたい自分がいる。ならば答えは決まっている。


「行き……ますッ!」


 決意を伝えて、いざ出発……。その時だった。


「あ、そうそう。コレ飲むといいわ」


 博士の手から放り投げられたソレを、サナはおぼつきながら掴んだ。そして怪訝ないろを浮かべながら手を開くと小さなカプセル錠剤が収まっている。風邪薬だろうか。


「なんですか、コレ……?」


「アタシ特製の〝痛み止め〟」博士はピッ、と指をさす。「肩、痛むんでしょう?」


「あ……」

 正直、痛みの事なんて脳裏からフェードアウトしていたんだけど……。いざ指摘されると痛みがぶり返してきた。今すぐ飲んだ方が良いに決まっている……が。


――特製ってのが怖いんだけど……!


 そんな彼女の心境を読み取ったかのようにアサシンガイストは言い放つ。「効果は俺が保証する」


 サナは低く唸り覚悟を決めて飲み込んだ。すると信じられない事にみるみるうちに痛みが引いていくのが分かる。


――すごい……!


 どうやら感情が声か顔に出ていたらしい。ふふん、と。博士は得意げに笑っている。それがなんだか恥ずかしく、サナは赤らめた頬を隠すように鉄兜を被る。「がんばってねぇ~~」と緊張感など微塵も感じさせない気の抜けたオネエさんの見送りを受けて二人はシェルターを後にした。


「三階への行き道はエレベーターを除けば二つしか存在しない」


「はい。ひとつは階段が崩落していて、もうひとつは防火扉が錆びているんですよね」


「そうだ」


「どうやって三階に行ったんですか?」


「階段の手すりに鉤爪ロープを引っ掻けて登った」


 彼が地下一階で使用したヤツか。わたしが起こした粉塵爆発で千切れたんだよね……。彼は「気にしてない」って言ってくれたけどさ……。


「この『グングニール』も射程距離が足りない」


『グングニール』。それは博士と名乗る筋骨隆々なオネエさんが生産したアイテムの名称である。『グングン伸び~る』というキャッチコピーから取ってつけたようだ(普通にダサい)。

 しかし名前とは裏腹に性能は馬鹿にできない。鉄籠手の拳を矛先のように尖らせた鋼を取り付け、十五メートルほどの鎖と火薬、引き金を内蔵しており、矛先が結われた鎖が勢いよく射出され物体に上手く突き刺さると引き寄せたり引っ張り上げてくれるらしい。

 博士曰く、『銃と掃除機のコード巻取り機能の原理』との事。


 彼が言った通り、射程範囲外だし的になるようなものがなかった。消去法で南側の錆びついた防火扉から進入するしかない。


「となれば、油が必要だな」するとアサシンガイストは困ったように呟いた。「生憎、油は持ち合わせていないな……」


「わたし、油には心当たりがあります」


 というのも、食品売り場厨房に設けられたフライヤーに溜まっているどす黒く変色した揚げ油を見つけていた。幸い、現在地ここから食品売り場までそう遠くない。だが、たったひとつだけ気がかりな事がある。


「蛙……」


「シェルターに戻っているか?」


「あ、いや……そっちの〝かえる〟じゃなくて両生類のほう……!」


「蛙がどうかしたのか?」


「実は……」


 唐突に蘇る嫌悪感が脳内を蝕む。

 わたしが地下に幽閉される原因を作った蛙のような容姿のポルターガイスト。テナント内の肉やら魚やら野菜やら、蠅が飛び交う食材で形成された嫌悪の塊。わたしはソイツを『アンデットード』と勝手ながら名付けた。食品売り場全域を強烈な腐敗臭で包み込むその臭いたるや、あまりの醜悪さに目尻を潤ませ引きつった笑みを浮かべ、挙句に胃の中が伽藍洞になりそうなレベルだったと思う。布切れか何かで口元を塞ぐことができれば幾分マシだったが、あの時は鉄兜の留め具の外し方が分からなくてそれは叶わなかった。


「ふむ」アサシンガイストはくぐもった声で言った。「〝腐った蛙〟か。言い得て妙だ」


 そこ? サナは間の抜けた顔でアサシンガイストを見上げる。彼でもこんな事を言うんだ……。意外な一面を知れて少しだけ喜ぶ自分がいた。

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甲冑身に着けて廃墟脱出 時乃ながれ @tokino-nagare

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