33/ 霊を暗殺する者 7

 わたしは陽光をこれほど所望した事はない。というのも、地下には天然の光が差し込まないからだ。


「常に周囲には気を遣え」


 低くくぐもった声で注意を促す前衛の彼、アサシンガイスト。

 闇に溶け込むには申し分のない漆黒のレザーコートは筋肉質の引き締まった身体を包んでおり、機動力に長けていそうなジーンズとエンジニアブーツを身に着けた男だ。この廃墟モールのどこで調達したかは不明瞭だが、革が劣化してベタついており、傷んで破れるたびに修復したであろう痕跡が何箇所か見られる。長い間この建物を彷徨っていたのだろう。


 そんな彼と地上を目指して三階、二階と踏破してきて現在真下のフロア。地下一階の広間を横断していた。敵陣のど真ん中を歩くなど愚行だとおそるおそる意見した。

 彼は至極あっさり肯定したが、曰く壁際に設けられたテナントから奇襲された時、予測していても対応に遅れる可能性が高いと判断しての決断らしい。また、回避できたとしても距離を取るためには結局、中央へ足を運ぶ羽目になりそうだ。それに……。


「怪現象はテナントで発生する可能性が高い」


 あぁ、うん……。この廃墟に足を踏み入れて以降、今やすっかり骨身に沁みた教訓だった。テナントではろくでもないことが起こる。無論、絶対ではないが。


「用心しろ」


「あの……」


 サナにはひとつ気になる事があった。


「どうしてさっきの扉は閉まっていたんですか? どうやって三階まで下りて来たんですか?」


 ここ地下一階に通ずる防火扉は確かに施錠されていた。ほかに抜け道があるとは思えないし。


「最初は開いていた」アサシンガイストはさも当然のように言い足した。「怪現象と常に隣り合わせの建物だ」


 どうやらポルターガイストに扉を閉められるのは、この建造物では日常の一部らしい。これじゃあ、鍵の存在意義が薄れるではないか。


「それに」彼は間を空けてぼぞりと告げた。「この廃墟はしている」


「成長……? それって、どういう――……」


 聞き返そうとした、その時。周囲のテナントがまるで共鳴するかの如き一斉に騒がしくなっていく。


「これってまさか……!?」


「ああ」アサシンガイストはきっぱり言った。「ポルターガイストだ」


 ランプ型懐中電灯が辺りを仄暗くさせるも闇に浮かぶ大量の影は全て見覚えがあった。


「チッ!」思わずサナは舌を打った。「総復習じゃん……!」


 広間の半分を埋め尽くす数のマネキンの群れは、この地下一階フロアにブティックが多い事を物語っている。それだけではない。気付けば瓦礫や土砂で形成されたゴーレムやテナント内に散乱した廃棄雑貨の集合体であるガラクタ人間がマネキンの群れにしれっと混じっていた。耐久力の低そうな鈍器を扱う者もちらほら。当然、サナたちは中央を横断していたため奴らに包囲された。


「どうしてこんなに……」とは呟くものの、思い当たる節はひとつしかない。「さっきの爆発……!」


「おそらく」


 焦燥に駆られるサナへアサシンガイストは端的に言った。この圧倒的な数に対してこちらは二人だけ。いや実質一人か。劣悪な状況なのは誰が見ても明らかだった。


――ど、どうしよう……わたしのせいだ……。


「ご、ごめんなさい……!」


「いや」アサシンガイストはこちらに目をくれることなく言った。「問題ない」


「え?」


「マネキンおよそ百五十、ゴーレム五、ガラクタ五、鈍器使い三、武器なし十……総じて二百か」


――二百……!?


 サナはげんなりと肩を落とした。顔から血の気が引いていくように感じる。しかし彼は「問題ない」と言ったのだ。さすがにこの数を相手に立ち回れるかは疑わしいが、わたしは打開策なんて持っていない。ならば彼を信じるほかないではないか。


「あ、あの……」サナはおずおずと問う。「わたし、何をすれば……?」


「俺にしがみつけ」


「えッ!? は、はい……!?」


 予想外の言葉にサナは顔面を紅潮させる。しかし彼にそういう感情がない事は知っている。こんな時まで恥ずかしがっている自分が恨めしい。


「肩は大丈夫か?」


 サナは押し黙った。だが充分(だと思いたい)な休息は摂ったし、もう一方の肩は擦過傷程度で済んでいるからしがみつくくらいなら問題はないだろう。


「大丈夫ですッ!」


「よし」


 アサシンガイストは頷くとウェストバッグから束ねたロープを取り出した。端には鋭利な鉤爪を結われている。その鉤爪ロープを縦に回転させ頭上に投げ放つと、ガチンッという音が地上まで聞こえた。天井の電飾を遮る鉄製の網を鉤爪が捉えたのだろう。アサシンガイストは二、三回ほどロープを引っ張って検め、大丈夫と判断した後、「掴まれ」と呼びかけた。


「はいッ!」


 サナはアサシンガイストの胴を締め付けるかの如くガッチリ掴んだ。しかし彼は気にした素振りも見せず、スルスルとロープを駆け上がるように登っていき、あっという間に天井へ到達した。そして上空でウェストバッグを弄り五つに小分けした薄そうな袋を取り出した。


「何です、それ……?」


「小麦粉だ。お前が寝ている間に集めておいた」


 端的に答えると、袋を地上に群がるポルターガイストへ叩きつけた。


「本当はひとつずつ使うつもりだったんだがな」


「ご、ごめんなさい……!」


「気にしてない」


 破裂した袋からもうもうと舞い上がる小麦粉はポルターガイストの群れを戸惑わせる。それにしても、この男……。


――なんて腕力なの……。


 サナは驚愕していた。華奢な体躯と言えど、軽鉄の甲冑を身に着けた彼女の重量は成人男性の標準体重より重くなっている。にもかかわらず木登り感覚で登攀した挙句、片腕で体勢を維持しているのだから。


「参考にさせてもらう」アサシンガイストは続けざまにジッポライターを引っ張り出し、蓋を跳ね、着火。下で粉煙が充満したのを確認し、そのままライターを投下。再び、粉塵爆発を誘発させた。


 規模は前回と比べて大いに劣るが、プラスチックや土塊、よく分からない物質で形成された奴らを吹き飛ばすには申し分ない威力だ。一点に集まってくれたおかげで殲滅する事ができたが、無論すべてではない。まだ何体かは生存している(すでに生きていないけど)。


「マネキン二十五、ゴーレムゼロ、ガラクタ一、武器なし四……」


 およそ三十か。彼はぼそりと呟いた。鉄兜がサナを向く。


「俺は降りて奴らを討つ。お前はここにいろ」


「はいッ……え……?」


「肩は痛むと思うが」彼はきっぱり言った。「迅速に始末する」


「ま、待ってよ……!?」


 サナは彼を呼び止めた。


「わたしも戦います……! いいですよね……! お願いしますッ!」


 アサシンガイストは低く唸った。が、サナの気迫に根負けしたのか「ならば頼もう」と渋々承諾した。

 確かに彼女の言う通り、甲冑を着ているため並大抵の攻撃には対処できるだろう。それに相談を悠長に待っているほど奴らの気は長くないし、腕力にも限界がある。ふたりは降下して背中合わせに立った。


「俺は奴らを仕留める。マネキンどもは任せるぞ」


「はいッ! 任されましたッ!」


 サナは鉄工用の鑢を帯びて腰を低く構えた。リーチは三十センチ。作りは鉄。戦闘力は金属バットの劣化版といっても過言ではない。だが相手はマネキンだ。防具もある。サナは強張りながらも口角を歪ませた。


「ここを突破して……」


 マネキンへ鑢を突きつけて挑発する。煽られたマネキンが集団で襲い掛かってきた。


「日光を元へ身を晒してやるんだから!」


 光合成をする植物が言いそうなセリフを吐き捨てて、サナは群れに突っ込んでいった。




 サナの振るう武器――鉄工用の鑢は、柄十センチと刃渡り三十センチの短剣のカテゴリーに当てはまる。金属バットや物干し竿のような長身の武器みたく遠心力による攻撃は不可能だ。間合いまで引き付ける、もしくは突進して間合いを埋めるか選択しなければならない。

 だが、奴らは我先にと数の暴力で襲ってくるので勝手に間合いに侵入してくれる。あとは力いっぱい武器を振るうだけ。普段、サナは右利きだが実は左手も器用に扱える。それこそ利き腕と遜色ないレベルに、だ。


「やあッ!」


 一体、一体、また一体と、背中を壁に預け押し寄せるマネキンの群れを殲滅していく。奴らは全身が〝核〟になっていると彼から聞いた。亀裂さえ入れれば自ずと崩れ落ちてくれる。しかし奴らだってやすやすと倒されるわけにはいかない。

 圧倒的な数の暴力を前に一体ずつ破壊していけば、掴みかかられたり体当たりをされたりもする。だが、絶望というには些か早すぎた。


「効かないから……!」


 そう。彼女は華奢な体躯を軽鉄の甲冑で包み、頭部も鎧で覆っている。プラスチックの攻撃で致命傷を負う事はないと言っていい。が、常に最悪の事態を想定して立ち回らなければならないのは同じで、つまり油断は禁物だ。

 籠手を掴むマネキンの頭部へ鑢を振り払い、胴へ抱きつく一体に「この変態ッ!」と罵りながら切っ先で首筋を穿つ。


「ふんッ!」


 何も武器は鑢だけではない。サナは下段攻めを試みるマネキンの顔面を蹴り飛ばした。顔面に亀裂、すなわち核を破壊したという事。鉄靴を装備しているため、貧弱な足腰でも攻撃手段になるのだ。

 気が付くと敵の数も減ってきている。足元に散らばった死屍累々のプラスチック片がそれを物語っていた。


「あと少し……!」


 やがて最後の一体の脳天へ鑢を振り下ろし、マネキンの群れは廃材に成り果てた。呼吸が荒く、身体が水を欲している。だが、ブレイクタイムはこのフロアの殲滅が済んでからだ。残るポルターガイストは彼が応戦している。


「こっちは……終わりました……!」


 斬撃音に掻き消されないように必要以上に声を荒げた。

 果たして聞こえただろうか。返事はない。しかしアサシンガイストは兜をこちらに向けて頷く素振りを見せた。


 彼はガラクタ人間と拳使い四体を相手に好戦している。手際がよく動作にも無駄がない、まるで乱舞を彷彿とさせる独特な戦い方だった。ランプ型懐中電灯を腰に吊るし、それぞれの手にアイスピックとナイフを帯びている。一体の拳使いがアサシンガイストへ殴りにかかる。それを華麗に受け流して背後を取った彼は、アイスピックを奴の項――核に突き立てた。わたしなら悲鳴を上げて身を屈めていたに違いない。間髪入れずに突進してくる二体の間をつむじ風のようにすり抜けると同時に、二刀を素早く逆手に持ち替えて背面のまま急所である項を正確に穿いた。目と鼻の先とは大げさだが、それと遜色ない距離に立っていた一体の喉元へナイフを埋め、硬直した隙にアイスピックを核に突き立てる。これで残りは、テナントに散乱していた廃材の集合体であるガラクタ人間のみ。

 その姿を見るたびに、小学校の工作の時間を思い出す。しかしサナは知っていた。低クオリティな見た目とは裏腹に厄介な特性を備えている事を。


「アイツは〝再生〟するんだっけ……」


 初めて遭遇した場所は、二階の百円ショップ。つっぱり棒で叩き壊そうと奮闘していたが、その都度ガラクタ人間は再生を繰り返す。当時、核の存在を知らなかったわたしは止むを得ず逃走を選択した。知っていたとしても選択肢は変わらなかったと思うが。


「……」


 サナは固唾を呑んで見守る。果たして、彼はどう立ち回るのか。相手の核はどの部位に潜んでいるのか。

 ガラクタ人間の先制攻撃。鉄とプラスチック片の混じった歪な腕でラリアットを仕掛けた。


「ふん……ッ!」


 アサシンガイストはいったん武器を収めて、向かってくる奴の腕を両手で抑え込み、ポルターガイスト相手に鮮やかな一本背負いを決めた。ガシャンッ、と。ガラクタ人間の身体が弾け飛ぶ。するとアサシンガイストは再生が始まる前に、迅速に下半身に駆け寄り、腰帯からアイスピックを抜き取ると天高く振りかぶった。


――ま、まさか……。


 振り下ろされたアイスピックの行方は、彼女の青ざめた顔が物語っていた。尻穴に突き立てられたアイスピックはバースデーケーキに添えられる蠟燭のようだ。どうやら核の潜伏先は〝尻〟だったらしい。あまりの滑稽さに呆れと脱力感を覚えた。そんなサナの心境などどこ吹く風。戦闘を終えた彼がこちらへ歩み寄る。


「無事か?」


「な、なんとか……」


 無骨な言い方だが彼なりの気遣いなのだろう。それがなんだか嬉しくて、サナは頬を緩ませた。浮かれている状況でないことくらい重々承知の上だが、ついつい感情的になってしまう。

 友人のアカリには「喜怒哀楽が分かりやすい」とか「ポーカーには向いてない」なんてからかわれた事がある。自分ではあまり思わないけど、相手がそう言うならそうなのかな。まぁ、今は鉄兜で顔は見えないんだけどね。


「ど、どうします……?」


「決まっている」


 アサシンガイストは切り捨てるように言った。


「移動だ」


「で、ですよね……」


 そうだ。敵は殲滅したのだ。ならば、このフロアに留まる必要はない。ふたりは足早で階段へ向かった。ようやく、この薄汚い地下から抜け出せると考えただけで心が躍る。


「あの、アサシンガイストさん」


「どうした」


「さっきの続きですけど、この建物が成長しているって言ってましたよね」


「うん」


「どういう意味なんですか?」


 知って現状が変わるわけではないが、聞いておくべきだと思った。


「そうだな」彼は顎に手を当てて低く唸った。「元々、この建造物は――……」


 言い出そうとした、その刹那。突然、彼が背後へ向き直り、腰帯からナイフを引き抜いた。


「伏せろッ!」


 そう吠えられたサナは意味が分からなかったが、半ば反射的に身を屈めた。

 チラリと振り向くもそこには闇が広がっているだけ。しかし、カサカサと不快な足音が微かに聞こえており、それは次第に大きくなっていく。それに伴い、サナの心臓も強く波打っていった。


 やがてランプの明るみに正体を晒したのは、八つの脚を持った我々にとって馴染みある生物だった。

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