32/ 霊を暗殺する者 6

 果たして。今は明朝なのか、あるいは昼過ぎ、それともまだ深夜か。陽光ひとつ差し込まない地下。鉄兜の奥でサナは瞼を開けた。そこには数時間前とは何一つ変わらない世界が拡がっている。肩は相変わらず痛み、座って寝ていたため心なしか腰にも痛みを感じる。


「ぅ……んぅ……?」


 目をくしくし擦り、背筋を伸ばすために立ち上がった。


「寝れたか?」


 不意にかけられた声に心臓が跳ね上がった。闇に溶け込むようなレザーコートに安っぽいジーンズ、動きやすさを重視したエンジニアブーツを履き、その頭部にはミスマッチと言われても仕方のない鉄兜で顔を覆っている、彼――テナントの入口で広間を見張っていたアサシンガイストに問われたと認識。


「あ、はい。おかげさまでよく寝られました」


 寝られたのは事実だが寝心地は最悪だった、なんて言い出せるわけがない。ま、強ち嘘じゃないから無問題だよね。都合の良い解釈をしたサナは屈伸を済ませた後、鉄兜を頭に嵌めて留め具で固定。続けて甲冑とウェストポーチを検めてから彼に駆け寄った。


「準備はできたか」


「問題ないですよ」サナはアサシンガイストに聞こえないように付け足した。「……多分ですけど」


「今日はこの地下から脱出するつもりだ」


「はい……!」


 ふたりはテナントから抜け出した。結局、ここは何を扱うテナントだったのか。昨日は暗くてよく分からなかったし早急に寝たし、特に気にならないから、


――どうでもいいな。


 これで地下二階とはおさらばだ。一階へ続く階段に踏み込み、前後を警戒して上がっていく。


「む……」


 突然、アサシンガイストは低く唸って一階の手前で立ち止った。


「どうしたんですか?」


「閉まっている」アサシンガイストは端的に告げた。「防火扉だ」


 防火扉……何とも懐かしく感じられる。三階へ進もうとした際、赤錆が著しく発生していて開かなかった扉も確かそうだったような。


「あッ!」


 サナは思いついたかのように声を上げた。


「どうした」


「ちょっと」サナはウェストポーチを弄りながら言った。「待ってください」


 取り出したのは、今や馴染み深い黒く細長い小柄なケースだった。中身は貰い物の先端の尖った髪留め。一見、形状以外は変哲のない髪留めだが、鍵のかかった扉を二度三度も開けた万能性を秘めている。その原理は未だ不明。


「これを」鍵穴に狙いを定める。「挿してみます」


「待て」傍らで黙って見守っていたアサシンガイストが否定した。


「はい?」


「その髪留め、どこで手に入れた?」


 彼が他人の所持品に興味を示すなんて珍しい。まぁ、異能と言っても不思議ではないアイテムを目の前に惹かれない者はそうそういないだろう。


「一階、スポーツ用品のテナントで――」


 無論、最初から落ちていたわけではないし小さな髪留め一本を瓦礫や商品に埋もれた床から探すなど困難極まりない。そもそも、仮に見つけたとしても拾わないしね。


「綺麗な女の人が落としていったんです」


 雪のような肌を持ち、緩くウェーブのかかった白銀の長髪に縁どられた小顔にそつなく整った目鼻立ち。キュッと腰の引き締まった身体からしなやかに伸びた四肢と相俟って、その容姿は異性はもちろん同姓すらも魅了するほどの美貌の持ち主だった。しかしその後、彼女の姿を三回くらい見たが、いずれも生気を感じられず、その場で消えてしまうので、これもポルターガイスト現象なのかと思ってしまった。

 そんな霊体のような彼女が髪留めで斧使いを仕留めたなんて信じてもらえるだろうか。当時は〝コア〟の存在を知らなかった、サナ。

 今思えば、彼女は斧使いの〝核〟を突き刺しただけであって特別な事はしていないのかもしれない。だが彼と同様に弱点を把握していたという事は、彼女もこの廃墟モールに長い間、地縛されているのだろうか。


「……そうか」


 いつもの無機質な声とは異なり、感傷じみた声に思わず目を丸くした。


「頼む」


「あ、はい……」


 サナは髪留めを鍵穴に挿して開錠を試みた。ガチャンッ、と。軽い音が鳴った。アサシンガイストが割り入りドアノブを捻る。一階に溜まった空気が一斉に押し寄せ、鎧兜の中へ涼しい風を運ぶ。二、三階同様に構造はほぼ同じ。円形の広間の周りにいくつかテナントが設けられている。四方八方から襲われる可能性も否めない。細心の注意を払って足を引っ張らないように努めよう。


「気を引き締めていくぞ」アサシンガイストは語感を強めて付け足した。「油断するな」


 サナは兜の奥で深呼吸をして「分かってます……!」と頷き、鉄工用の鑢を強く握り締めた。地上はすぐそこにある。

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