31/ 霊を暗殺する者 5

 煙幕と闇の中に光る、彼の持つランプ型懐中電灯。それは航海者を島へと誘う灯台のようだ。光源へ駆け寄ると案の定、彼――アサシンガイストが鉄兜をこちらに向けていた。


「勝手な事して……ごめんなさい」


 ひとまず、指示に背いた事を陳謝した。彼は「問題ない」と相変わらずの一言半句。そりゃあ怒られるのは嫌だけどさぁ、こうもあっさり切り捨てられるのもどうかと思うんだよね。サナの中で複雑な気持ちが渦を巻く。


――ま、いいんだけどさ……。


 ため息を吐きだそうとしたが、彼の言葉には続きがあったらしく、もう一度息を飲み干した。


「粉塵爆発とは考えたな」


「え? 何がですか?」


 突然の事で理解の範疇が追いつかず、思わず聞き返してしまった。しかし彼は面倒くさがらずに要望に沿ってくれた。


「粉塵爆発だ。どこで習った?」


 ぶっきらぼうな聞き方ではあるが、これが彼のニュートラルなのだろう。しかし問われたという事は相手が答えを求めているという事。つまり、頼られているという事になる。人前で過去を明かすのも抵抗がないと言えば嘘になるが、やはりコミュニケーションは必要だ。


「ちゅ、中学生の頃です……」



          §



 それは東京へ上京する二年前。

 当時、中学二年生だったサナは家庭科の授業でパンを作る羽目になった。最初は円滑に調理していたが、誤って小麦粉の入ったボウルを床に落としてしまう。調理台の下に転がっていったボウルを取り出すために跪いて、目いっぱい腕を伸ばすも惜しむは数十センチ程度。この差を埋めるためには何か棒状のものが必要だ。グループの手を滞らせないためにも焦燥に駆られたわたしは、吊るされていたチャッカマンを咄嗟に掴み、これでボウルを引きずり出そうという魂胆だった。調理台の下は昼間でもそこそこ暗かったので、作業の能率を考慮して台下を照らす事にした。少しでも明るい方がいいに決まってる。一石二鳥だと思いながらチャッカマンの引き金を引いた。結果、些細な事故を引き起こす。


 カチッ。サナは知らなかったのだ。調理台の下に粉が充満していたことを。知らなくて当然だったのだ。授業ではまだ習ってないし、まさか粉煙に火を近づけて爆発するなんて思ってもいなかった。小規模と言えど爆発は爆発。爆竹並みの音くらいは出るため、教室中が半ばパニック状態に陥るのも無理はなかった。



          §



――なんで定規を使わなかったんだろね、わたし。


 この爆発は事故であり決して悪意ある愚行ではない。(愚行には変わりないが)幸運にも大きな怪我はなく、ささやかに伸ばしていた前髪が焼ける程度で済んで助かった。

 そんな苦い思い出が功を奏すとは思わなかったよ。


「でも」


「なんだ」


「大破しちゃいましたね、テナント」


「……そうだな」


 紙俵まるごと部屋に撒き散らし充満させたのだ。爆発の規模は相当な威力で広間の半分のテナントが跡形もなく失せた。


「仕方のない事だ」しかし彼は素っ気なく、感傷的になった様子もない。「核を見つけられなかった俺が未熟なだけだ」


「そ、そんな事ない……!」


 サナは声を張った。


「アサシンガイストさんが奴を引き付けてくれたから……!」顔面の紅潮を覚える。「準備できたんだよ……?」


「なるほど」アサシンガイストは押し黙ったが、やがて「助かった」と頷いた。今、わたしの顔は真っ赤になっているだろう。鉄兜を覆っているから見られることはないが。

 そんなサナの気などアサシンガイストは知る由もない。既に彼の兜は地下一階へ続く階段に向いている。


「行きましょう」


 アサシンガイストの思考を察したつもりで前進を促したが、彼の言葉は意外にも「休め」だった。


――労ってくれた? 


 それは彼にしか知り得ないことだ。鉄兜の奥に隠れた表情はたった数時間ほどの付き合いでは分かるわけないのだから。


「でも……」


「消耗しているだろう」アサシンガイストは端的に言った。「無理はするな」


 サナは押し黙った。彼の言っている事が全て的を得ていたからだ。軽素材で鍛錬された鎧と言えど、鉄は鉄。抉られた肩へ負荷がかかり、正直辛くて堪らなかった。たった今気付いたが、息づかいが荒々しくなっており視界も薄っすらと霞み始めている。粉塵爆発だって無傷で済んだわけではない。爆風によって飛ばされた瓦礫や廃材に撃たれた衝撃も決して生易しいものじゃない。現状、意識だけが先走り身体が追い付いていかなくなっていた。


「死ねば元も子もないぞ」


 そうだけど……。確かに息絶えると脱出はおろか、アカリを救う事すら叶わない。だからと言って、時間のロスは控えたかった。彼女の身が安全である保障がどこにあるというのか。うーん……ジレンマだ。


「分かりました……」


 葛藤の末、サナはアサシンガイストの提案を呑んだ。


「こっちだ」


 彼はランプ型懐中電灯を手に、歩き出した。言われるがままに彼の背中を追う。その歩みには迷いというものが感じられない。


――心強い。


 本心だった。

 それにこの人は素っ気なく、ぶっきらぼうで一言半句だが、周囲が良く見えている。自惚れに過ぎないかもしれないが自分を気にかけてくれているのかと思うと、堪らずニヤついてしまいそうになる。


――集中しなきゃ……! 


 鉄兜を横に振り煩悩を祓うように、浮ついた感情を意識の外へ追いやった。そう考えている間にアサシンガイストは歩を止めていた。


「ここにしよう」


 そのテナントは決して広いとは言えない。しかし陳列棚や机など外からは死角になる位置が多かった。きっと採用した理由はそこにあるのだろう。アサシンガイストは迷わずカウンターの中へ入り無造作に腰を下ろした。彼に倣ってサナも薄い尻を地べたに着けて壁にもたれかかる。ぐったりと項垂れる彼女は蓄積していた疲労が一気に押しかけてくるような感覚に見舞われた。次第に吐き気も催し、胃液がこみ上げてきそうになる。サナは不快感を払拭しようと鉄兜の留め具を外して半ば投げ捨てるように置き、ウェストポーチから経口補水液を取り出した。


「干すなよ」


 今まさに水を飲もうとした時、不意にくぐもった低い声が耳に届いた。つい「え……?」と聞き返す。


「貴重だからな」


 アサシンガイストは淡々と告げた。その台詞には主語こそないが、おそらく『先の事を考えて慎重に飲め』という意図が汲み取れる。


「……はい」


 冷静さを欠いて目先の事しか見えていなかったようだ。彼の忠告がなければきっと早々に飲み干していたに違いない。サナはこくこくと二口程度に済ませて、経口補水液をウェストポーチに戻した。意識がぼんやりとしてくる。


「あの……」


「なんだ」


 ぶっきらぼうな言葉へ申し訳なさそうに尋ねた。


「少し……目を瞑ってもいいですか……?」


 それは〝寝たい〟を遠回しに濁した言葉。つまり見張り的な事をお願いしたいという無責任な意思である。


「そのつもりだが」


 そんな悩みを見透かしたかのようにアサシンガイストはすんなりと承諾してくれた。


「あ――――」


「ありがとう」と、果たして言えただろうか。サナはあっさりと眠りについた。

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