30/ 霊を暗殺する者 4

「ぐぬぬぅ……」


 質屋、カウンター裏にてサナは葛藤に暮れていた。暗闇と同化しそうなレザーコートに袖を通し、その上から鉄兜を被った彼――アサシンガイストが火炎を纏ったポルターガイストと交戦しているのにこんなところで隠れていていいのだろうか。そりゃあ、肩を負傷している今のわたしにできる事なんて皆無に等しいかもだけど……。投擲はおろか武器だって振り上げれそうにない。このままおとなしく隠れていれば比較的安全なのは確実。


 しかし決めあぐねているのは、サナの中で渦巻く責任感だった。


 おそらく奴の正体は地下三階で出会った黒い靄だ。しかし今は黒くないので、以後『火炎靄グレイモヤ』と呼ぶことにする。あの時、段ボール箱で埋め尽くされた部屋に松明を投げ入れ背後から業火の中へ押し込み施錠したはずなのに。さらに彼は言った。その部屋を調査した際に何らも異常がなかった、と。そうなればサナの仮説は十分に考えられる事だ。そして全身が燃え盛っているのは、何らかの方法で火を取り込んだ結果だろう。


――痛みは我慢すれば何とかだけど……。


「我慢すれば」なんて考えてる奴が増援に来たところで戦況が悪化するのは明らか。そもそも戦力になっているかすら疑問なのだが。


「だからって……」


 やはり何もせずに隠れているのは胸に刺さるものがある。しかし目的もなく動くのは自殺行為だ。ならば目的を作るまで。戦いには加担せず、今の自分にできる事が必ずある。それをわたしの眼でするのだ。

 アサシンガイストが火炎靄の気を惹いている間に、陳列棚を隠れ蓑にして、サナは隣のテナントを覗いた。


――ここからじゃ、よく見えない……。


 サナは覚悟を決めて隣のテナントへ移る事にした。瓦礫や廃材が散らかった床を這って質屋から抜け出し、時折瓦礫と同化するように動きを止めたりしたが効果があったのかは疑問だ。だが、火炎靄がわたしに無関心だったのはツイていた。


「ハァ……ハァ……」


 動悸が激しい、息が荒く鉄兜が蒸せる。噛み千切られた肩をなるべく酷使しないように片腕だけで匍匐前進したからだ。そのため、本来なら徒歩五秒くらいの距離であるにかかわらず数分ほど費やしてしまった。サナは物陰で落ち着いて呼吸を整えた。匍匐を解き、四つん這いになって内装を見渡す。当時はオシャレな暖色をふんだんに使用したフランス風に仕上げていたのだろう。今は見る影もないが。虫食いと腐敗が目立つレジカウンターの奥には様々な機器が配置されており、さながら『レストラン街』の各テナントの厨房を彷彿とさせる。ここが何らかの飲食店なのは間違いない。では、何を主体としたテナントなのか。考えるのにさほど時間は有さなかった。


「ここは〝パン屋〟ね、きっと。間違いないわ」


 そう断言したのも、瓦礫に混じってトレイやらトングが散らかっているからだ。それとは別に、おそらく錯覚だが、ほんのりパンの香ばしい匂いが漂っているかのように思えた。サナは迷わず厨房へ赴いた。食品売り場のように生ものによる腐敗臭がないのは実に喜ばしい。厨房は壁に遮られているため外からは死角になっており立ち上がっても見つかる事はないだろう。心置きなく物色に励めるというわけだ。


「武器……せめてリーチが長いヤツが欲しいなぁ」


 現在のサナが帯びる武器は、鉄工用の鑢。当然、材質は鉄で耐久力には優れており攻撃力もそこそこある。しかし不満がないと言えば、そうではない。鑢の刃渡りはおよそ三十センチで柄を合わせると四十センチにも満たない。それに使用するのは平凡な女子高生だ。足りない力は遠心力で補う必要があるため、多少の重さと長さがなければならない。


「ん?」


 探索の途中、サナは中身が膨れ上がった紙俵を見つけた。


「なにこれ?」


 一目見て自力では解けないと認識するほど、硬く硬く結われた封を縛る紐。もしかして食べ物かも。食欲がサナの躊躇いを凌駕し、ウェストポーチから取り出したカッターナイフで無造作に掻っ切った。


「こ、これってまさか……」サナは目を見開いた。「し、白い粉……!?」


 なーんて、馬鹿な事やってる場合じゃないよね。そこにはパン作りには欠かせない材料、小麦粉が詰まっていた。薄力粉か強力粉かは知らないけど。その時、サナは小悪魔の如く閃いた。


「これ使えるかも……」


 兜の中で口角を歪ませたサナは、中学生の頃に犯した失敗を記憶の奥底より呼び覚ました。


「ん……とッ!」


 サナは紙俵の中身を振り塩のように盛大に撒き散らした。もうもうと小麦粉が厨房内を舞い、瞬く間に視界を白く塗りつぶす。

 彼から聞いたのだがポルターガイストには〝核〟という心臓のような役割を持つ部位があるらしい。再生を繰り返し無敵と思われたガラクタ人間にも核は必ず存在し壊せば撃退できるというわけだ。しかし問題もあり、核の大きさや潜伏場所が千差万別だという事。奴らの体力は無尽蔵、戦闘が長引けば長引くほどこちらが不利になるのだ。無知なわたしにピンポイントで核を狙う技術はない。もちろん発見する事も然り。

 ――だったら、まとめて消し飛ばすまでよね。

 すでにホールにまで粉が侵食しつつある。サナは鑢を使ってテナントのガラス扉を叩き割った。けたたましい音が奴の唸り声を掻き消すと、当然奴はこちらに照準を合わせてくる。


『――――――――!!』


 案の定、火炎靄が四足歩行で疾走してきた。彼が短剣を擲つ姿を視界に捉える。迅速に動く物体へ正確に当てる制球力と球速は見事なものだ。わたしより格上なのは明らかである。まぁ今はどうでもいい。

 サナはタイミングに全神経を注いだ。


「五、四、三……」


 まだだ……。


「二……」


 まだ……。


「一……!」


 数え終えるのと同時にサナは火炎靄とすれ違うように斜め前に全力で走った。奴はそのまま小麦粉が充満したテナントに突っ込んだ。

 直後、地下全体を震撼させる轟音が鳴り響く。奴の纏う火が粉に引火して粉塵爆発を発生させたのだ。半分のテナントが爆風に巻き込まれて崩壊し、跡形もなく消し飛んだ。

 衝撃でサナ自身も吹き飛んだが鎧兜のおかげで致命傷には至らなかった。怪現象に見舞われる度に思う。防具のありがたさに。


――これでいいのかな……?


 彼女の見立てでは、火炎靄は核もろとも木端微塵になり幕切れを迎えたはず。奴の生死を尋ねるためにも、その道の専門(?)であるアサシンガイストの元へ急いだ。

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