29/ 霊を暗殺する者 3

 奴が姿を現したのはほんの数分前の出来事であった。


「準備はいいか?」


 彼の端的な問いかけに、わたしは緊張の面持ちで「はい」と頷いた。地下ここに来るまで愛用していた甲冑がなぜか質屋に陳列されていたのは予想外で意味不明だったがラッキーであることに変わりはない。ウェストポーチには切餅と経口補水液OS-1の糧秣のほか、予備の単三電池二本とカッターナイフ、切り札であり博打でもある歪な形状の〝髪留めおまもり〟が入っている。そしてこの日、新加入を果たしたアイテムがコレだ。


――鉄工やすり……! 


 サナは血を掃うように素振りをして、鑢の面へ指先を滑らせる。刃渡りおよそ三十センチ、以前使用していた金槌や家庭菜園用のシャベルに比べて耐久力は大幅に強化された。リーチはどっこいどっこいだが。対して、彼は手頃なサイズの石ころをいくつか拾っていた。曰く、投擲や陽動に使うらしい。腰帯にはアイスピックのほかにも武器をこさえているのだろう。加えて、筋肉質でしなやかな背中に掛けられたウェストバッグ。彼にとって都合の良い道具が詰まっているはず。道理で拾得物が小石なわけだ。


――何が入っているんだろう……? 


 好奇心に駆られたサナは尋ねようと口を開きかけたが、他人の私物に干渉するのは野暮だと考えて言い出せなかった。


――でも、気になるしなぁ……。


 葛藤に没頭するサナを我に返したのは広間から聞こえた猛獣のような唸り声だった。いち早く、彼は鉄兜を広間に向けている。後れを取るまいと、サナもテナントの外へ目をやった。


「……ッ!?」


 その姿を視認した時、思わず言葉を失った。


――身体が燃えている……!? 


 姿形は人間、体躯は成人男性と言っていい。めらめらと身体中から揺らめき盛る炎は、さながら獅子の鬣を彷彿とさせ、遠間からでも圧倒されそうだ。その見た目とは裏腹に、床や天井を突き破って来るのではなく律儀にも階段を使ってこの二階フロアへと上がって来た。どっからどう見てもポルターガイストに間違いないが、メリーさんのように秩序を感じさせるタイプかもしれない。しかしサナの理想は瞬く間に粉砕される。


 奴は自分の腕をまるで棍棒のように変形させると、すぐ傍にあったテナントの柱を叩き折る。犠牲になったテナントは崩壊し引火しやすいものを取り扱っていたのだろう、店内はものの数秒で業火に包まれた。そう、これは〝無駄〟な破壊、すなわち余興であり奴が秩序属性ではない証明でもあるのだ。


「じっとしてろ」そう言い残し、駆けだそうとする彼のコートの裾を掴んだ。


「待ってよ……!」


 サナは震える自分の声を聞いた。呼び止めるには迫力に欠ける声だった。


「アイツはまだ気づいてないし、隙を見て逃げたほうがいいよ……!」


 良いに決まってる。しかし彼はそう思ってはいないらしい。


「逃げるのも一手だが」彼は一呼吸おいて、淡々と告げる。「問題を先延ばしたに過ぎない」


 鉄兜の奥の表情は見えない。声もくぐもっており感情の判別がつかない。だが、不思議と嫌悪感を感じなかった。彼がわたしの手を無理に振りほどこうとしないからだろうか。鬱陶しければすぐにコートを引っ張る素振りを見せるはず……。


――うーん……?


 分からない。分からない……が、彼を信じてみようという気持ちが湧いてきた。


「分かりました……」サナは俯きため息をついてから、決心したように兜を上げて言い足した。「お願いします……!」


 わたしはコートから手を放し、彼の小さくなる背中を見送った。



 広間へ飛び出したアサシンガイストは目前の火炎で形成されたポルターガイスト――『炎霊イフリート』の眼光が質屋に向かないように奴の背後へ回り込むようにして壁伝いに疾走する。その姿を視界に捉えた炎霊はひとまず目だけでアサシンガイストを追う。そして彼が止まや否や、腕を棍棒に変形させて突進。腕を振り上げてアサシンガイストの脳天の粉砕を試みた。しかし彼の動きは素早く冷静で、焦りを微塵も感じさせずに横へ回避。


「馬鹿力め」


 床を確認するまでもない。衝撃音から察するにそこだけ抉られているのは明確だ。いかに奴の一撃が重いかが分かる。まともに食らった暁には板に打ち込まれた釘のようにめり込むだろう。だが、当たらなければどうということはない。


「武器を振るうだけしか能がないのか?」


 縦、横、縦、横と振り払う。単調な攻撃ほど避けやすいものだ。しかし油断はできなかった。何せ相手は怪現象。予測不可能な事象を予測し続けなければ決着は早まるだろう。


――俺が奴なら……。


 縦に振り降ろせば左右に躱され、横に薙ぎ払えば身を屈ませる。ならば同時にやればいい。すると炎霊はもう片方の腕で棍棒を模した。二刀流ならぬ二槌流と言ったところか。まぁ妥当な選択だろう。さすがのアサシンガイストも避け切れないと割り切ってか、いったん炎霊と距離を取って算段を立てる。もちろん彼女が身を潜める質屋に近づかせない事を基盤に思考を働かせなければならない。先程の突進を見る限り、足はこちらのほうが速い。まだ奴との距離も十分ある。ここは冷静に考えて……。

 次の瞬間、アサシンガイストは少しだけ面食らった。炎霊の姿が人間から狼のような形に変わっていくではないか。身体の一部分を変形できるのだから全身を変える事も可能だろう、と予測はしていたものの実際に目の前で披露されると呆気に取られてしまう。

 そんな無意識な気の緩みが獣と化した炎霊に隙を与えてしまったのだ。四足歩行を会得した事で移動速度も人間形態の時とは格段に強化しており、ものの数秒で間合いを詰められた。


「……ッ!」


 アサシンガイストは咄嗟の判断で勢いよく床を蹴りつけて、背後に設けられた無人のテナントへ侵入した。腰に吊るしたランプ型懐中電灯が壊れなかったのは運が良い。まもなく炎霊も脱兎の如く入店してくるだろう。そうなる前にすべきことは、このテナントが何を扱っているのかランプが照らす範囲で見極める事である。


――ふむ……。


 アサシンガイストは低く唸った。まず目に入ったのは業務用の大型コンロと割れた透明のガラスケース。きっと何かを焼き上げた後にケースに保存して陳列する形態なのだろう。カウンター裏にめん棒やヘラ、焼き印などの小道具が荒らされているし、どうやら菓子類の製造販売を業態とするテナントに間違いない。しかし奴へ迎撃するにはそれなりに大きい武器が必要だ。めん棒は長さは申し分ないが木製で炎の身体を持つ奴とは相性が悪い。焼き印は鉄で作られているが柄が細すぎるしそもそも小さすぎる。耐久力に難あり、だ。

 ――どうする……!

 アサシンガイストはカウンター側から目を逸らし瓦礫や廃材に呑まれた床を一瞥する。すると幸運にも足元に業務用――つまり鉄製のたい焼き機が転がっていた。コンロから外されたのだろうか。まあいい、彼は迷わず拾い上げた。一連式で長さも上々、折りたたんで施錠すれば強度も増す。即席の鈍器としては些か贅沢すぎる逸品だった。


『――――――――!!』


 火球のように猛進してきた炎霊を十分に引き付け、たい焼き機を豪快に振るった。


『――――――――!?』


 クリティカルヒット。横殴りされて吹っ飛んだ炎霊はテナントの壁に叩きつけられる。だが、奴とて転んでも無償では起きないもの。


「少し引きつけ過ぎたか……」


 アサシンガイストは自分の頬へ指を這わせてその指を見た。すると指先には僅かにすすが付着していた。奴の鉤爪が触れて鉄兜が焦げたようだ。兜がなければ致命傷、ほどなく焼死していたかもしれない。これまで幾度となく九死に一生を得てきたが、その度に常々思うのだ。防具の重要さ、偉大さに。

 フォルムチェンジ。炎霊は再び人の姿に変えて、今度は腕を槍に変えた。リーチの差を利用して間合いへ入らせないつもりか。単純な戦術は時として有効打になる事も多い。ポルターガイストにしては知能に恵まれているほうだ。

 先手は炎霊、予備動作は最小限にとどめてアサシンガイストの喉元に狙いを定めた。当然、防御一択だ。喉の前にたい焼き機を当てて奴の攻撃を防ぎ、すぐさま迎撃に転じる。剣道の応用でたい焼き機で槍を巻き上げ、がら空きになった胴へたい焼き機を振りぬいた。


『――――――――!?!?』


 この世のものとは思えない叫びがフロアに木霊する。だが、この程度で奴らは絶命しない事をアサシンガイストは知っていた。では、どうするか。長い間、この廃墟モールで彷徨った時間と陥った窮地の数が彼に知識を与えたのだ。それはポルターガイストにも〝コア〟が存在するという事。核とは、人間で例えるなら『心臓』。つまり奴らの弱点であり、生命線とも言えよう。核がある部位は種別によって千差万別である。どれだけ手強い相手でもそこを壊せば終いだ。


――とはいったが……。


 果たして、どこに核があるというのか。こういう類のポルターガイストと交戦した試しがない。ゆえに『霊の暗殺者』の異名(自分でつけたわけではない)を持つ彼にも分からなかった。ならば、死を待つだけ? 冗談。


「なければ探すだけだ」


 鉄兜の奥でぼそりと呟くと、間髪入れずに炎霊の項を殴打した。奴の身体がぐらついて動きが鈍くなった隙を見逃さず、アサシンガイストは腰帯から素早くアイスピックを引き抜くと拳使い同様に項へ突き刺した。


「ここも違う……か」


 炎霊は一層、火力を強めて憤りを露わにし始めた。


――拙い……!


 この距離だと熱風で参ってしまう。そう悟ったアサシンガイストは攻撃を中断し、テナントから抜け出した。めらめらと燃え盛る身体が迫る。しかし……。


「明かりは不要だな」


 彼は冷静だった。今や、このフロアだけ異様に明るいくらいだ。電気を倹約できる機会、奴の特性を利用せんわけにはいくまい。


「む」


 アサシンガイストは訝しんだ。奴が歩を止めたのだ。


「……」


 好機と見るべきか。だが、核の場所は把握できていない。


――何を企んでいる……? 


 不穏な胸騒ぎ。それが何を示しているのか定かではないが、おそらく的中は免れないだろう。炎霊はアサシンガイストから目を背けて、ある一点を見つめていた。その方向には……。


――質屋ッ!


 自分の反応の遅れを恨んだ。すでにフォルムチェンジを果たした炎の獣は真っ直ぐに彼女が身を潜めるテナントへ疾走する。何故、そこを目指すのか。その理由は一目瞭然だった。


「何を……!?」


 テナントの壁に、まるで見つけてほしいと言わんばかりに、ガンガンと鉄工用の鑢で窓ガラスを砕き割る人影。アサシンガイストは珍しく戸惑いを露わにした。どういうつもりだ? まさか恐怖に耐え切れなくなって錯乱しているのか? 理由はどうであれ迷っている暇はない。だが、


「追いつかない……!」


 ならばと、アサシンガイストはレザーコートの内側から短剣を取り出し助走をつけて力の限り投げ放った。弾丸の如き速度で空を裂きながら短剣が炎霊の脇腹から喉元を貫いた。しかしそこは核ではない。ついにテナントへの侵入を許してしまった、その時だった。


「……ッ!?」


 突然、テナントが大爆発を起こしたのだ。付近に設けられていたテナントも爆炎に巻き込まれ、やがて崩壊した。爆風によって砂埃が舞い上がり、フロアを煙幕が包み込む。視界が悪い。アサシンガイストはランプを点灯させた。


「ここまで大きいとは思いませんでした……」


 闇と砂煙の中から聞き覚えのある、くぐもりながらも凛とした声が耳に届いた。


「勝手な事して……ごめんなさい」


 謝罪と共に現れたのは、鉄兜で顔を覆い華奢な体躯を甲冑で包み込んだ少女だった。

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