28/ 霊を暗殺する者 2

 お言葉に甘えて貸してもらった黒のレザーコートを羽織ったサナは顔面を林檎のように真っ赤に染めて俯いていた。

 あの時は興奮していて、つい全裸である事を忘れて立ち上がったものだから、先頭を歩いているジーンズにエンジニアブーツを身に着けて鉄兜を装備した『霊を暗殺する者アサシンガイスト』と名乗る男へ見せつける形となった。


 彼はすぐに兜を逸らし「暗かった」と拙いフォローをしてくれたが、年頃の乙女には耐え難い羞恥だ。紅潮するサナを気遣ってか、アサシンガイストは服の調達を優先してくれたようだ。それがどこか嬉しくて恥ずかしくて複雑な気持ちにさせる。そんなサナの心境のなどつゆ知らずに彼は淡々と問うのだ。


「足はどうだ?」


 不意に投げかけられた言葉に心臓が跳ね上がる。


「だ、大丈夫です……!」


 というのも、今まで瓦礫や廃材が散乱した床を裸足で走ったりしたため足裏は傷だらけだった。状態を見かねた(自惚れかもしれないが)アサシンガイストは、仮眠室の瓦礫の中に埋まっていたスリッパを無造作に引き抜いてサナに譲った。疾走は酷だが、履物があるとなしではこんなにも違うのか。こんな状況ですら感動を覚えた。


――それにしても……。


 彼は何者なんだろうか。数分前に一度尋ねてみたが「言葉の通りだ」とあっさり捨てられた。ぶっきらぼうな答えにムッと口を尖らせたが、それとは別に頼もしささえあった。彼の言葉が真実ならばポルターガイストたちを幾度となく〝暗殺〟してきたのだろう。わたしよりは確実に。


「待て」


 アサシンガイストは通路の角で立ち止った。その時、彼の腰に吊るされたランプ型の懐中電灯が揺れる。見覚えがあったサナは仮眠室を出る前に彼へ尋ねていた。


「ソレ……どこで見つけたんですか?」


「一階。食品売り場のショーケースの中だ」


 疑惑は確信に。アンデットードとの交戦前に貴重な光源を割らないようにと保管していた代物に間違いない。しかしサナはあえて指摘しなかった。この施設の環境に少しでも慣れた者が使うべきだと思ったからだ。

 そっと顔を出して様子を窺う。彼の行動を背後から見守っているとアサシンガイストはランプのスイッチをオフにした。辺りはたちまち闇に覆われ、あらゆるものを視認できなくなった。だが、それも一瞬の事でランプに再び光が灯る。手元ではなく角の外で。


「い……いいんですか……?」


 ぼそりと彼に囁いた。


「おびき出す」


 端的な一言。すると杜撰な足音が奥から聞こえてきた。サナとアサシンガイストは声を殺して身を潜める。数秒後。やはりポルターガイストだった。斧使いと類似しているが、その手には斧ではなく籠手がはめられている。いかにもパンチャーといった風貌は、さながら〝拳使い〟と言ったところだろうか。彼の動きは素早く、腰帯からアイスピックを帯びて奴の後ろに回り込み、迷わず項へ突き刺した。拳使いは何が起きたか理解する間もなく瓦礫と廃材の上に倒れて、二度と起き上がる事はなかった。


「す、すご……」


 開いた口が塞がらないとはこういう事か。彼の手際は鮮やかという他なかった。音を立てずに物陰から奇襲を仕掛けて仕留める姿は、なるほど『暗殺者』そのものだ。わたしとは歴が違う。


「知ってたんですか……?」


「何をだ」


「奴の倒し方です」


「何百と殺してきたからな」


 彼が言うには、ほかにも盾や槍など持った使い手もいるとのこと。情報を提供してくれるのはありがたい。アサシンガイストはアイスピックを襤褸で拭い腰帯に収めた。


「俺はパンチャーではないし、そもそもサイズが合わんな」


 そう呟いた彼はウェストバッグからライターを取り出し着火させて拳使いの躯を火葬した。おそらく奴の装備を剥奪しようとしたのだろう。


「目覚めんとも限らん」


 アサシンガイストは吐き捨てるように言った。彼はわたしに目もくれず「行くぞ」と低い声で呼びかける。


「あ、はい……!」


 ふたりは角を折れて広間へ歩を進めた。ビクビクして歩くわたしと対照的で彼の動きは堂々としている。もちろん警戒は怠っていないとは思うが。それより今までひとりで行動していたものだから味方(だよね?)がいると実に心強いものだ。

 ここは廃墟に分類されるがショッピングモールには変わりない。大規模な施設だし洋服を扱うテナントだって多そうだから、あっさり見つかるのではなかろうか(服の状態によるが)。サナの浅はかな考えは吉と出るか凶と出るか。すべてはポルターガイストに委ねられるのだ。



 円形の広間からプロペラのように伸びる三つの通路。うち二つはすでに探索済みだ。

 まずはメリーさんと遭遇した会議室みたいな部屋を奥に設けた一本道。もうひとつはアサシンガイストという鉄兜で頭部の守りを固め、黒のレザーコート(今は貸してもらっているが)にジーンズ、エンジニアブーツを身に着けた異様な男の手で運ばれた仮眠室がある通路。こちらは一方通行ではなかったが道筋はそれほど複雑でもなく、途中いくつか扉があったが彼は一瞥もくれないで通路を抜けていた。おそらく通路の探索を終えているのだろう。

 そして北側の通路。わたし達はその未知のエリアに足を踏み入れた。彼にとっては既知のエリアかもしれないが。基本、彼は一言半句だ。常々、心強いとは考えているものの……。


――寂しいな……。


 ランプ型懐中電灯のおかげで〝真っ暗闇〟から〝仄暗い〟に変わったはいいが、黙々と彼の背後を歩いていくのは心細いもの。わたしは寂寥感を和らげるために、確認も兼ねて遠慮がちに話しかけてみた。


「あの……」


「なんだ」


 アサシンガイストは背後に目もくれず低い声で応じた。


「前にもここに来ていたり……?」


 〝ここ〟というのは地下の事だ。彼は低く唸ってから、間を空けてぼそりと告げた


「……いや。分からん」


「そ、そうですか……」


 このままでは会話が途絶えてしまう。サナは何を言い出そうか必死に脳を回転させるも、考えれば考えるほど思いつかない。諦めかけた、その時。唐突に彼から話を切り出した。


「言っておくが、このフロアに衣類のテナントはないぞ」


 少し遅いカミングアウト。せめて言わないでほしかった。この地下に服があるという期待を持っていたかった。しかし気になるな。


「さっき来たことないって……」


「ここに来るまでに階段を二回ほど降りた」


 サナは嘆息を吐いた。ようするにここは地下三階って事じゃないか。てっきり地下一階だと思っていたのに……。確信に近づいた推論が外れる時、人は意識的に憔悴してしまう。そんなサナの心境を悟ったか否かは不明だが、アサシンガイストは言葉を付け足した。


「だが、二階には質屋があった。あまり詳しくは調べてないが」


「本当ですか……!」


「嘘をつく必要がない」


 サナにとっては朗報だった。質屋は品物を預けて資金不足を一時的に解消する形態だ。このショッピングモールがいつ廃れたかは不明だが、もしかすると客から預かった品が残っているかもしれない。


「この通路の先に階段がある」


 階段を上る前にアサシンガイストは所持品を手探りで検める。それに倣ってサナもウェストポーチの中を弄った。経口補水液OS-1一本に切餅が数個……カッターナイフと予備の単三電池二本。そして……、

 ――〝髪留めおまもり〟……と。


 よし、全部ある! 点検を終えたふたりは一段一段足元を警戒しながら二階を目指す、その途中。サナには気がかりがあった。


「アサシンガイストさん。三階はすべて見て回ったんですよね?」


「ああ」


「南側の扉にも入ったってことですよね?」


 南側というのは、最初に幽閉されていた個室の連結した部屋の事だ。武器に変形する黒い靄に襲われた忌々しいエリアでもある。


「当然だ」


「大丈夫でした? 火事になってませんでした? 煙とか」


「別に」アサシンガイストは真面目に言った。「何もなかったが」


「燃えカスも?」


「ああ」


 彼の言葉に目を丸くする。胸騒ぎがする。何を言っているんだ、という顔をしたのはおそらくお互い様だろう(兜で見えないが)。黒い靄は段ボール箱の積まれた部屋に松明を投げ入れて閉じ込めたはずだ。それほど時間は経っていないと思うが、仮に消火しても黒煙が立ち込めていたに決まっている。それに段ボール箱だって灰に……。


「ポルターガイストか」


「……はい」


 初対面で一切素性を知らない、根拠もない。だが、彼は虚言を言うような人には見えないし場を和ますような気づかいとは無縁だと思うのだ。超絶失礼だな、わたし。


「常に用心しておけ。嫌な予感がする」


『霊を暗殺する者』の異名を持つ彼が言うのだ。否が応でも身構えるというもの。それに……。


「よく当たる」


 知っていますとも。これから起こりうる出来事が悪ければ悪いほど、現実として迎える事を。


「ですね……」


 サナはげんなりと肩を落とした。


 地下二階。広間を囲むように一定の間隔でテナントが並んでいる。こうして比べてみると、テナントひとつとしてない地下三階は職員専用のフロアだったのかもしれない。そのフロアで武器にトランスフォームする黒い靄と遭遇し火炎で足止めしたつもりだったが、先導の彼――アサシンガイストは火煙はおろか燃料として利用した段ボール箱の燃えカスも見ていないらしい。もぬけの殻だった、というのは何とも奇妙は話しだ。


「着いたぞ」


 ランプ型懐中電灯があるとは言えそれほど広範囲に影響があるわけではない。しかし彼の動きは淡々としていて迷いや躊躇いを感じさせないように思えた。まぁ、無造作とも言えないことはないが……。


 質屋なんてテレビとかでしか観た事なかったけど、この圧倒的老舗感。これまで巡ったテナントを西洋料理と例えるならば、ここは和食だと胸を張って断言できる(意味不明)。こういうところって入店する時、躊躇っちゃうんだよね……。なんて小心者な考えを抱くサナとは対照的にアサシンガイストはズカズカと侵入する。


――ま、今は関係ないか。


 店内は案の定、酷い有様だった。外同様に瓦礫や廃材、加えて骨董品の残骸やら虫に食われて傷んだ掛け軸などが散乱している。しかし、テナント自体を久しく見ていなかったためか不思議と懐かしささえ覚える。そんな感傷に浸るサナにアサシンガイストは尋ねた。


「着れそうな服はあったか?」


「あ、今探してます……!」


「そうか」


 そうだ。友人を監禁(しているかは定かではない)している、この忌々しい施設に懐古の情を抱いていてはいけない。と、不要な感情をかなぐり捨ててテナント内を眺めるサナの目に見慣れた装備があった。


「これ、わたしのじゃん……!」


 ソレは半壊した陳列棚へ不自然なまでに丁寧に置かれていた。擦り傷や凹みが著しい小柄な鎧と鉄兜、籠手に鉄靴と装備一式。誰が何のために質屋に預けたのか。というか他人の私物を勝手にお金に換えるな。憤りと共に、サナは先程かなぐり捨てた〝不要な感情〟を拾い上げて防具を見つめる。その様子を見ていたアサシンガイストは「それでいいのか?」と、確認を入れた。


「はいッ!」


 サナは元気よく頷いた。


「良い選択センスだ」


――ぅん? 褒めてくれたのかな……。


 僅かに頬を赤らめた彼女へアサシンガイストは続けて言った。「不意打ちをしてこんとも限らんからな」


 あぁ……。これは褒められた、と認識していいのだろうか。サナはげんなりと肩を落とした。

 何がともあれ肝心のが手に入ったのだ。これほど喜ばしいことはない。嬉々として装着する――その前にひとつ。


「あの……」


 アサシンガイストは心を読んだかの如く面倒くさそうに言った。「見ない」


「あ、ありがとうございます……」


 彼が情欲に疎く紳士なのは助かるが、こうもあっさり断られると思うところもあったりする。だが、それより先は痴女の領域なので踏み入るべからず。サナは頬をぺちぺち叩いて意識を切り替える。まずスリッパを脱ぎ捨て鉄靴を履いた。その後、鎧で華奢な身体を覆い鉄兜で頭部の守りを堅める。ウェストポーチを腰帯に巻き付け、最後に籠手を嵌めた。肩の損傷により、だいぶ時間がかかってしまったが。


――しっかし……。


 後ろを向いてくれているとは言え、男の人の近くで着替えるのは四歳の時以来で何とも恥ずかしいものだ。わたしだって年頃の女だしね。


「あの終わりました。コート返します」


 彼は無言で受け取ると躊躇いもなく、そのまま羽織った。


――あ……。


 何かを思い出したのかサナは顔面を再び紅潮させた。というのも、さっきまで自分は全裸だったのだ。一糸まとわぬ乙女の柔肌が直接レザーコートに触れていたのだ。その上、熱気で発汗したかもしれない。それを目の前で袖に腕を通されたとなれば……。サナは思考を止めた。これ以上は羞恥で耐えられそうにない。

 齢十六歳の乙女心などどこ吹く風。アサシンガイストは鉄兜をこちらに向けた。


「武器はあるか?」


 不意に投げかけられた言葉に息が詰まった。


「念のため帯びていたほうがいいかもしれん」


「そ、そうですよね……! 探します……!」


 そそくさと無意識に彼から離れた。身体が火照るのは鎧兜を身に着けているからに違いない、きっと。


――それにしても……。


 武器なんてそう簡単に見つかるかな……。サナは幼少期に培った観察眼を働かせる。武器にな物を探せば見方も変わってくるだろう。


「お」


 カウンター裏を覗くと刃渡り三十センチほどの鉄工用のやすりを見つけた。耐久力もそこそこありそうだ。ほかに目ぼしいものはないし、これに決めた。そうしてアサシンガイストに向き直ると、彼はなにやら拾っていた。


「何を拾ってるんです?」


「石だ」


「石なんて何に使うんですか?」


「投げる」


 相変わらず一言半句でぶっきらぼう。


「武器はあったか?」


 しかし何気に気にかけてくれているのは否めない。


やすりですけど……」


 収穫の成果を見せる。アサシンガイストは間を空けて頷いた。「悪くないな」

 今のはわたしに言ったのか、それとも鑢に対してなのか。おそらく……。


――後者だろうなぁ……。


 サナは鉄兜の中で密かに嘆息を吐いた。


「じっとしてろ」


 そう言って、黒いレザーコートに袖を通して鉄兜で顔面を覆う彼――アサシンガイストは広間へ飛び出した。わたしは指示通り、店のカウンター裏に身を潜めテナントの外をこっそり傾聴する。黒板を引っ掻いたのかと思うくらい不愉快な咆哮がフロアを支配していた。耳を塞ぎたくて仕方ないが鉄兜のおかげで叶わない。歯を軋ませながら堪えるしかなかった。


――あんな奴がいたなんて……! 

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