27/ 霊を暗殺する者

「ぅ……ん……?」


 サナは傷んだソファーの上でぼんやりと目を覚ました。真っ先に視界に捉えたのはワイヤーで吊られた安っぽい電灯で、この広大な施設には些か場違いな気がする。


「……」


 どれくらい気を失っていたのだろう。数分? 数時間? はたまた数日か。後者ならば大幅なタイムロスだ。その間にもこの廃墟モールのどこかに幽閉されている(かもしれない)友人、アカリに危機が迫っているかもしれないからだ。となれば、こんなところで寝ている場合ではない。焦燥に駆られたサナは身を起そうとするも、ピシッと身体が軋む音を聞いた。


「……ッ!?」


 無理もなかった。下半身はそれほど重症ではなかったが上半身、特に肩口を食い千切られている。スッと辛煮触れると、なめした皮を縫って傷口を塞ぎ、そこから包帯を何層にも巻いて手当されていた。所詮は応急、されど処置。当時の痛みに比べれば我慢できる程度に和らいでいる。(痛いっちゃ痛いが)


「……え?」


 サナはハッとした。何故、応急処置が完了しているのか。誰がこの部屋のソファーで寝かせてくれたのか。


――も、もしかして……。


 サナは爬虫類を触るような手つきでおそるおそる自分の身体を検める。その瞬間、サナは羞恥で顔を紅潮させた。ただでさえ襤褸一枚でも恥ずかしかったのに……。あられもない素っ裸で意識を失っていたと思うと、あまりの情けなさに涙を滲ませた。


「気が付いたか」


 枕元(枕ないけど)から低い声が耳に届いた。あまりにも不意なもので、ドンと心臓がバウンドして痛いくらいだ。


「だ……誰……?」


 必死に振り絞った声は怯えていた。しかし聞かずにはいられない。会話が成立しているのだから。声の主は首をあまり動かせないサナを考慮してか、自ら彼女の前に現れた。


「……ッ!?」


 さっ、と。赤らめた顔から一転、血の気が引いていく。やはり、声の主は男であった。

 闇に溶け込むには打ってつけとも言えよう、真っ黒なレザーコートは筋肉質だが細身の体躯を包んでおり、足まわりは動きやすそうなジーンズとエンジニアブーツを採用している。この廃墟モールのどこで調達したかは不明だが、随分昔である事は確かだろう。というのも、革が劣化してベタついており、傷んで破れるたびに修復したであろう痕跡がいくつか見られたからだ。

 彼の服装についてあれこれ尋ねるのは野暮だと思うが、どうしても聞いておきたい事があった。それは男の顔面についてである。


「か、兜……?」


 どういうわけか男は鉄兜で頭部を覆っており表情を窺う事ができない。鎧を装備しているならまだしも、衣類と組み合わせるなんて……。そんな呆気にとられる彼女の心境などつゆ知らずに男は淡々と告げる。


「頭部への衝撃は致命傷になるからだ」


 確かに最もな理由だが、アンバランスにも程があるだろう。これ以上、サナは追求しなかった。そんな、ファッションよりも聞くべきことは多い。


「こ、ここは……どこなんですか……?」


「仮眠室だ」


 男は切り捨てるように言った。そういう意図じゃなかったんだけど……。この廃墟モールについて問うたつもりだったが尋ね方が悪かったか。まぁ、現在地の把握も大事だしね。


「か、仮眠室ですか……」


「そうだ」男は頷き「ベッドは使い物にならんがな」と付け足した。


 男の言う通り、ベッドは木製で虫食いや腐敗で負荷に耐え切れず崩壊しており、とてもじゃないが寝れそうにない。なるほど。この部屋のアイデンティティはソファーに盗られたというわけだ。


「この施設は……何なんですか……?」


 男は押し黙った。顎に手を当てて僅かに兜を下げているため考えているとは思うが、果たして。



「お前が見たとおり……だと思うが」


 男は低くこもった声で答えた。分からない、そう解釈していいのかな。


「そうですか……」


 サナはささやかに嘆息を漏らした。別に聞いたからって解決できるわけではないが、情報は得て損はないからだ。


「あぁッ!」謎の男に捉われていたが、自分がすべきことを思い出し声を荒げた。


「アカリを見ませんでしたか……!?」


「アカリ……? 友人か?」


「はい……! えっと……」


 サナはアカリの服装や顔つきについて説明したが、男は期待に添える事ができなかった。しかし……。


「知らんが、ソイツがいそうな場所に心当たりはある」


「えッ!?」思わず飛び起きようとしたが、当然痛みは健在だ。顔を歪ませる彼女へ男は「落ち着け」と一言。


「俺もそこに用がある」


「じゃ、じゃあ、わたしも……!」


 行きます――そう言おうとする前に、男はピシャリと言った。


「その怪我じゃ無理だ」


 至極当然の答えだ。武術もない上に起き上がる事すら億劫なわたしは足手まとい以外の何者でもない。だけど……。サナは痛みを堪えて毛布を蹴っ飛ばして立ち上がり、男に向かって吠えた。


「こんなところに残されるなんて真っ平ごめん!」


 男の表情は分からない。迷惑なのは分かってる。でも、一刻も早くアカリに会いたい。男はジッとこちらに兜を向けている。だが、根負けしたのか男は「分かった」と承諾した。


「ありがとう……!」


 素直に感謝した。するべきだと思った。


「それで……」サナは最初の質問の答えを聞いていなかったことに気付いた。「あなたは誰なんですか……?」


 男は一呼吸おいて、大真面目に告げた。


霊を暗殺する者アサシンガイスト


 厨二病と思われても仕方のない字名でも、今のサナには滑稽とも思わなかった。

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