25/ 異形の者

「しくじったな……」


 これまでの狭い部屋と違って、この部屋には開放感がある。おそらくホール的な場所にいると考えた。というのも、現在サナの手元には明かりの代わりがない。靄を閉じ込める際に松明を使ってしまったからだ。燃料が散乱した部屋に松明を投げ入れて鍵をかけずに放置。辺りはセメントに囲まれているので燃え広がることはない。その後、最初に目を覚ました部屋へ身を潜める。ほどなくして、あの部屋は火の海と化すだろう。そして、もうもうと立ち込める煙が隙間から漏れ、奴が扉を開けたと同時に力いっぱい押し込んでしまえばいい。あとは施錠して、終わり。


「なぜ、人間は夜目が効かないんだろう……」


 ぶつぶつと文句を言っていたサナだったが、諦めたかのようにため息をついた。ここで弱音を吐いているわけにはいかないよね。仕方ない、壁に沿って歩くか。サナはぺたぺたと壁伝いに慎重に歩を進める。床が抜けているかもしれないので足元に細心の注意を心掛けた。


――あー靴が履きたい


 アカリの偽者やら黒い靄のせいで、自分が裸足である事をすっかり忘れてしまっていた。しかし落ち着いてきたせいか、再び痛覚が機能し始めている。現在、めちゃくちゃ痛い。尖った瓦礫が憎い。私怨のままに路傍の小石のように瓦礫を蹴っ飛ばす。


「いったぁ!」


 が、足底ならまだしも爪先で蹴るもんだから今以上の痛みが走る。今しがた、痛覚が機能し始めてきた、と感じたばかりではないか。


――わたしったら、すんごいお馬鹿。


 光一つない地下でサナは肩を落とした。ジンジンする痛みを堪えつつ壁を頼りに歩を進める。ほどなくして、指先が虚空に触れた。確認のため二、三回ほど空を掴んでみるもそこに壁はない。足場はちゃんとある。少なくとも崖にはなっていまい。どうやら通路になっているらしい。一旦、ここは保留にして広間をぐるりと一周した。途中、壁が途切れている場所がほかに二か所あった。こうして時間を費やした結果、この広間の構造は把握できた。太い主柱を軸に円形の広間からプロペラのように通路が三本伸びている。(奥はこれから調べるが)


「まずはここ」


 手始め、最初に見つけた東側の通路から攻める事にする。今さらだが、何も見えないというのは怪現象より怖いものだ。過去に盲目を患っている人を何度か見かけたことがあったが、今ならその深刻さを共感しあえる気がする。

 ここまではおそらく一本道(だと、思っていた)が、やがて突き当りを左に折れたところで僅かに視界が戻った事に気が付いた。


――アレは……! 


 サナの視界に捉えたのはインクをぶちまけたような真っ暗な通路でゆらゆら揺れる〝火〟だった。


――やった!


 あの火を拝借して松明にしよう。廃材ならいくらでも転がっているし。サナは手頃な廃材を拾い、足を労いながら揺らめく明かりを目指した。一刻も早く火種が欲しいところだが、サナはピタリと足を止めた。というのも彼女の優秀な観察眼が嫌な予感を察知したのだ。


「変ね……」


 憔悴しているのは事実だが幻覚を見てしまうほど乱れているわけではない。火は確かにそこにある。だが、という事だ。この火は周囲を照らしてくれる、ありがたい存在なのは間違いない。しかし燭台や蠟燭に着いているのならば、〝受け皿〟もぼんやり視認できるはずだ。


――火そのものが浮遊しているみたい……。


 考え過ぎなだけかもしれない。だが、光源を欲しているのは事実。サナは明かりに誘われる虫のように近づいた。

 忍び足で徐々に距離を詰めると、疑惑は確信へと変化を遂げる。


――やっぱり浮いてる。


 まんま、ヒトダマですやん。じゃ、これはアレで決まりだな。


「ポルターガイスト……」


 つい深く嘆息を吐いた。その瞬間、ヒトダマがこちらを向いたように思えた。気のせい、などと思っていたがどうやら違うらしい。ゆらゆらり。明らかにこちらへ向かってきている。


――なんか、嫌な予感がするんですけど……! 


 今に始まった事じゃない、すっかりお馴染みの『嫌な予感』。しかしヒトダマの速度は〝トイザらス〟のドローンの比ではなく、ゴーレムよりも劣っている。これなら、わたしでも逃げれるかも。ついでにあの火をこの廃材に引火させよう。サナはこそこそと身を屈めてひっそりと脇を抜ける際に帯びた廃材をヒトダマに突き刺した、その刹那。ヒトダマはものすごい勢いで破裂したのだ。花火のように大量の火花が礫の如く、サナへ降りかかる。


「熱ッ……! あっつ……!!」


 現在、サナの装備は襤褸一枚で拵えた即席のノースリーブパーカーのみ。身を守るモノは皆無に等しかった。もー、つい不満を漏らしたが、それでも廃材にはしっかりと火が宿っておりサナは上機嫌になった。苦難の末、目当ての品を手に入れた時はとっても嬉しいものだ。


 松明を掲げて、入り組んだ(いまのところ一本道だが)通路の先へ。いちいち壁に縋って歩く手間が省けるのは良い。そして歩くこと数分。通路の突き当りであろう、扉の前まで訪れた。正直もっと複雑な通路かと高を括っていたが、最後まで一本道だったおかげで右往左往せず体力の浪費を抑えれた。


 サナはウェストポーチから飲みかけの経口補水液『OS―1』と表記されたスパウトパックを取り出してノズルを直接口に差し込むと、慎重にゆっくりと吸い上げた。一気に飲み干さないようにするためである。貴重な水分、しかも脱水症状を防ぐ効果を持つ飲料水だ。現段階では最も必要不可欠なアイテムと言っても過言ではない。

 つかの間の至福のひと時を終えたサナはドアノブへ手を伸ばした。ガチャガチャと捻ったり引っ張ったりするも開く気配がない。錆びついているわけでもなさそうだ。単純に鍵がかかっているのか。となれば……。


――君の出番だね。


 サナはウェストポーチを弄り、異形の〝髪留めおまもり〟の収まった黒いケースを取り出した。相変わらず万能だなぁ。コレを鍵穴に入れれば、あら不思議。どういうわけか開いてしまう。さながらこの廃墟モールのマスターキーのようだ。その不明瞭な事象にあまり驚かなくなってきた自分がいる。なんであれ、適応力というものは恐ろしいものだ。

 では、意を決して扉を開けてみるとしよう。ガリガリ、と。床の廃材瓦礫を押し寄せて、ギシギシ軋みながら開いていく扉は、例え明るくとも不気味であった。


「ご、ごめんくださぁい……」


 何を言っているのだ、わたし。隠密行動スニーク・アクションを心掛けたはずなのに。律儀に挨拶する必要ないのに。これが〝育ちの良さ〟ってやつ? 


――誰もいない……よね


 当然、室内から応答はない。その部屋はひどく殺風景で目ぼしいものといえば中央に置かれた教卓くらい。サナは周囲を警戒しつつ教卓に近づくと、卓上には一枚の紙が裏返されて置かれていた。


――なんかデジャヴ……。


 どこか既視感のある光景に思わず生唾を呑んだ。サナの脳裏に数十分前の出来事が浮かぶ。見た瞬間にろくでもない事が起きるだろう。しかし……。


「もし、これが現状打破を紐解くヒントめいたものなら……」


 読まないわけにはいかないよね。サナはおそるおそる紙を捲った。


「ぅん?」


 思わず目を丸くした。そこに文字は書かれておらず筆圧による形跡もない。


「どういう事……?」


 念のため教卓の裏へ回り込む。だが、特に変わった様子はない。もしかして普通の白紙なのかしら。何もない事を確認し部屋から出ようと扉に向かった、その時。


「ひゃッ!?」


 足裏にぶよりと嫌な感触が走った。咄嗟に退いて足元を松明で照らす。


「み、蜜柑の皮ぁ……?」


 そこにはたった今、踏み潰した蜜柑の皮が落ちていた。


――なんでこんなところに……。


 首を傾げた考えていたサナはやがて閃いた。


――もしかして……。


 サナは卓上の紙を掴むと、やや間隔をあけて下から松明で炙った。すると真っ白だった紙から何やら文字が浮かび上がってきたではないか。


「炙り出しとは連中、洒落た事するのね」


 心なしか感心を覚えたサナ。そうして炙ること約一分。つい、炙り出された文字を口にしてしまった。


「『わたしめりーさん。つくえのしたからこんにちわ』……?」


 ガチャンッ。突然、背後から施錠の音が聞こえた。大慌てでドアノブを回すも鍵はかかっている。悪寒がして堪らなかったサナは迅速に髪留めを取り出して鍵穴に差し込む。


「あ、開かない……!?」


 完全に閉じ込められた!? 焦燥に駆られる彼女を畳みかけるように、続けて教卓がばねのように撥ね上がる。


『つくえのしたからこんにちわ』


 炙り出された文字が頭の中で何度も何度もリピートされる。ボコンッ、と。床を砕く音が部屋に反響した。


「ひぃッ!?」


 甲高い悲鳴を上げた。無理もない。教卓のあった場所から腕が生えていたのだから。やがて重い腰を上げるように腕の持ち主がその姿をさらす。

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