23/ 再会 2

 サナは段ボールの散らばった部屋をアカリ(?)を警戒しつつ隈なく探索に努めた。しかしこれだけの数の段ボール箱があるというのに収穫はガーデニング用のシャベルのみ。武器としては頼りないが、短剣の類ってことで活用してみるか。軽いし、いざとなったら投擲できるしね。


 サナは部屋に背を向けて入口を防いでいたアカリ(?)へ「行こう」端的に一言だけ告げた。それに従って彼女は道を譲り、続いてサナは正面の扉の前に立つ。ドアノブを捻ったが、やはり鍵がかかっている。これもまた、髪留めを使えば解決するんだと思うが……。


「そんなに凝視されちゃうとやりづらいんだけど……」


 サナが黒いケースを慎重に取り出す様子を背後からジッと見つめてくる。まるで脱出する気はなく、髪留めにしか興味を示していないようだ。ますます怪しい。シャベルを脇に挟んで松明を片手に鍵穴へ髪留めを突き刺した。適当にカチャカチャ動かすと、同様にカチャンという音がフロアに響き渡った。


――ほんっと、どうなってんだコレは……。


 サナが髪留めをウェストポーチに戻そうとした、その刹那。アカリ(?)が肩を掴んで身を乗り出してきたのだ。髪留めを引ったくってやろうという意思がひしひしと伝わったサナはその手を強引に振り払った。


「なにすんのよ……!」


「我慢できなくて、つい……」


「ごめんね、サナ……」申し訳なさそうな顔で謝るアカリ(?)へ、サナの猜疑心は高まるばかり。どこだ。どこだ。どこが違う? 


――ああ、もやもやする……!


 目先を観察して分からないのなら、過去から手がかりを持ってくればいい。そう考えたサナはアカリとの出会いを忠実に思い返してみる事にした。



          §



「イラストレーターになる」


 幼い頃からの夢を叶える一歩として、質素な田舎から東京へやって来たサナ。過疎地域だった実家とは一転して人が多すぎる。気温も桁違いだ。分かってはいたけどこれほどとは思わなかった。借りたアパートまで地図を頼りに人ごみをかき分ける。そうしているうちに、いかに自分が世間知らずだったかを思い知らされた。見た事のない大都市の生活に対する不安の大きさは語るまでもないだろう。


「えっと、地図だとここだよね……」


 都心でもそれなりにレベルの高い(らしい)高校というわけで学費も相応の額を要求される。田舎で暮らしている両親へ負担を掛けたくなかったサナは、学費が免除される特待生として入学した。ここがわたしの学び舎になるのだ。うん、緊張しちゃう。

 だが、ここには漫画やイラストを手掛ける部活がある。必ず入部するからね。そのために上京してきたんだから。心が高鳴ると緊張も吹き飛んでいくってもんだ。わたしは軽快な足取りで校門をくぐった。


「ふぅ……」


 いざ、教室に入るとなると緊張はぶり返す。すでに喧騒に包まれている事が扉越しでも分かった。意を決して入室しようとした、その時。


「入らないの?」


 思わず心臓が飛び跳ねた。不意に背後から話しかけられたのだから。これが沢岸アカリとの出会いだった。


「今入ろうとしたところ……です」


「そうなんだ。じゃ、一緒に入ろう」


 アカリに手を取られ教室に引っ張られた。一斉に視線がこちらへ向けられる。耐え切れず、わたしはアカリのほうを見ると、なんと満面の笑み。


――この人すごい……。


 彼女のこういうところに密かに憧れを抱いたのはここだけの話。その後、アカリはトイレに行くと言って退室していった。


――わたしも席に着こう。


 田舎で見慣れた案山子みたく立っていても仕方がない。かえって恥ずかしいし。


 始業の鐘が鳴る。ほどなくしてホームルームが始まった。我がクラスの主任教師が入室、それに伴いあれほど賑わっていた教室も静寂に包まれた。そんな中、隣からコソコソとわたしを呼びかける声が。ちらっと横目で隣の席を見た。


――さっきの人だ……。


 この静まり返った空間で話しかけるとはチャレンジャーに違いない。


「わたし、沢岸アカリっていうの! よろしくね! えっと……」


 唐突な自己紹介に困惑したが、こちらも挨拶しないと失礼に値する。まぁ、日程の説明をしている先生には失礼な行いだけど。


「サナ……八重桜サナ……です」


「へぇ、サナっていうのね。わたしは沢岸アカリ」


――なんで二回言ったし……。


「これからはあなたの事を『さっちん』って呼んじゃうからね」


「へ?」


「分からないことがあったら何でも聞いてね! 別の人に聞いたげる!」


――仲介役かよ。それに同じ学年じゃん……


「これからよろしくねッ!」


 話しかけてくれたのは光栄だったけど少し面倒だな。それがアカリに対する第一印象だった。それからは日数を重ねるごとにアカリとの会話も増えていき、彼女の人柄の良さに惹かれた人たちとも自然に打ち解けていった。今では月に一度、放課後にマックを訪ねて談笑するようになった。バニラシェイクが美味しすぎてヤバイ。

 そして現状の発端である、肝試しへの誘いが舞い込んでくる。乗り気じゃなかったがアカリに押し切られてしまい行く羽目になった。


 通勤ラッシュの人ごみをかき分けて、すし詰め状態の電車で約三時間かけて目的の場所へ赴いたが徒労に終わった。あの時も申し訳なさそうな顔してたな……。


 帰りも当然、三時間かけて電車を乗り継ぎ、超大型ショッピングモールで名高い〝RUTEMIS〟へ昼食を食べに行った。しかし二時を過ぎているというのにこの人の多さはさすが夏休みといったところか。そこで席が空くまで暇を潰すために偶然やっていた『おばけやしき』というイベントに参加して……。



          §



「あ……」


 回想を終えたサナは思わず呟いた。分かっちゃった。違和感の正体。彼女が彼女ではないと断言できる根拠を。

 サナはシャベルを握る手を強張らせアカリ(?)に突きつけた。「あなた、誰……!?」


「きゅ、急にどうしたのサナッ!?」


 面喰った様子のアカリ(?)へさらに畳みかける。


「姿形、声、性格は似せることができてもプライベートまでは把握できていないようね」


「プライベート?」


「なら聞くけど、今日わたしと何をした?」


 アカリ(?)は、肝試しに行って無駄足に終わった事、帰りにショッピングモールへ立ち寄った事を平然と答えてみせた。おまけにクラスや出席番号まですべて言い当てる次第。参った、と言わんばかりにサナは疑ったことを丁重に詫びた。


「ごめんアカリ。わたしの勘違いだったみたい」


「大丈夫だよ。わたしは気にしてないから。ね、サナ」


 その直後、サナは口角を歪ませて告げた。


「アカリはわたしをって呼ばないんだけど?」


 アカリ(?)の表情が曇った。


「だって状況が状況だしさ。偶々なんだよ、きっと」


 サナは真顔でシャベルを構えた。


「違う。アカリは怖い時ほどよく喋るし、その時もサナとは一度も呼ばなかった」


 しどろもどろに口上を述べるアカリ(?)にもはや説得力はないに等しい。彼女自身もそれを悟ったのか、貼り付けたような笑みから無表情へと変わっていく。


「認めるのね……?」


 サナの問いにアカリ(?)は口を紡いでいたが、観念したのかため息混じりに答えた。


「わたし、あなたをなんて呼んでいたの?」


「教えると学ぶでしょ?」


 するとアカリの贋作は不気味に微笑んだ。


「もっと本人から情報を聞き出さないとねぇ」


 そう、不穏な言葉を残して贋作は消滅した。サナはすぐに言葉の意味を理解する事ができなかった。だが、奴の外見は本物そっくりで本人と並べても見分けれるか怪しい。すなわち、あれほど精工な贋作を作るには近くに本物がいないと不可能だろう。そのうえ、さっきの口ぶりからしておそらく……。


「アカリもこの廃墟に来ているってわけ……?」


 さっ、と。サナは血の気が引いていく感覚を覚えた。

 予想はしていた。可能性もゼロとは言えなかった。なるべく考えないようにしていた現実が十中八九、実現していると見ていいだろう。

 世の中、嫌な予感ほど的中するものだ。実に忌々しい。暗く孤独の地下で、サナは怒気を滲ませて舌打ちした。

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