22/ 再会

 壁に身を委ねるようにして歩くサナ。武器である金属バットは発見に至らなかったが、膝下まで伸びたボロボロの布を見つけた。不満がないと言えば嘘になるが、一糸まとわぬ格好よりは大いにマシだ。頭から羽織ってフードを作り、カッターナイフで虫が食った穴を腕が通る大きさに拡張させる。ベルトの代わりにウェストポーチを巻いて布がはだけないようにすれば即席のノースリーブパーカーの完成だ。下着と靴がないのは痛手だが仕方あるまい。


「武器になりそうなものはカッターくらいかな……あと、髪留め……」


 できるだけ道具は消耗したくないから。ライターの火をかざして慎重に歩を進める。食品売り場のショーケースにランプ型懐中電灯を置き去りにした事を悔やんだ。まぁ、過ぎた事だしここから出たら回収に向かえばいいか。貴重な光源だしね。


――それにしても


 不可解だ。というのも、わたしが気絶した後に地下ここへ運んだ者は、どうして身包みを剥いで所持品を放置していったのか。

 そしてテイクアウトしなかったのは、女としての魅力が欠けていたからか。


――なに考えてんだ、わたし……!?


 発想が痴女のそれ。布一枚だからか? しっかりしろ、わたしッ! サナは自分の頬をぶん殴った。鉄兜を身に着けてないから痛い。


――よしッ!


 気を取り直して出口を探す。運び込まれたのならば必ずあるはずだ。常に壁際をキープして迷わないようにしないと。すでに手遅れな気もするが。


「あッ!」


 サナは目を見開くと同時に驚嘆を漏らした。今まで亀裂の入ったセメントの壁しか照らさなかったライターの灯火が、ひとつの扉を捉えたからだ。こんな状況下にもかかわらず、満面の笑みを浮かべる事ができるとは思わなかった。咄嗟にドアノブへ手が伸びる。勢いよく手首を捻ってみたが扉はガチャガチャと音を鳴らすだけで開く気配は微塵もない。三階にある防火扉は錆びついていたが、この扉は外側から完全に施錠されている。内側に鍵穴はない。


――こいつは拙いな……。


 出入口がここだけとなると、鍵の行方はこの扉の向こうで少なくともこのフロアにはないだろう。こんなセメントに囲まれた闇に等しい空間で、ボロ布一枚で寒さをしのげというのか。これは世間でいう、アレだ。


「絶体絶命……」


 ぼそっと嘆いた。切餅や経口補水液もいずれ底を尽きるし、唯一の明かりであるライターも当然オイルがなくなる。このままだと餓死は免れない。それにこんな場所で力尽きてみろ。発見までに至らず白骨化してしまうのがオチだ。


――むぅ……どうすれば……


 その時、ヒュッとフロアの室温とは思えない凍てついた風がサナの首筋を撫でた。まるで吐息のように。

 背後でライターの火をかざすと、思わず口から臓物が飛び出しそうになった。


「……ッ!? ……ッ!?」


 突然の出来事にサナは言葉が出てこなかった。尻もちをついた彼女を見つめる全身が真っ白の女性。忘れようにも忘れられない美貌の持ち主。わたしを助けてくれた張本人である。だがいくら命の恩人と言えど、亡霊のように背後で立ち尽くしていたら誰だってビックリするでしょう? そんなサナの心境などつゆ知らず、女性は顔色一つ変えず俯瞰していた。


「……ッ!?」


 雪のように白い肌。腰まで落とした緩いウェーブがかかった白銀の髪に縁どられた端整な顔立ち。すらりと引き締まったモデルのような体躯は、まるでわたしの理想とする女性と言っても過言ではない。


「ど、どちら様でしょうか……」


 サナは震える自分の声を聞いた。歯がカチカチ軋むのは恐怖か、あるいは寒さか。サナの質問に女性は口を開く事をせず、だんまりを決め込んでいる。


「えっと……じゃあ、わたし行きますね……」


 引きつった笑みを浮かべてこの場から去ろうと一歩二歩後退りした、その時。女性はしなやかな指をサナに向けた。殺されると思い身構えたが、どうやら攻撃の意思はないらしい。もしそうならとっくにやってるだろうし。少し落ち着きを取り戻したサナはゆっくりと立ち上がった。


「あ、そうでした……」


 思い出したようにウェストポーチを弄って黒いケースを取り出した。そして蓋を開け、先端が尖った異形の髪留めを女性に差し出す。彼女に会ったら返そうと決めていた。


「あの時は助けていただいてありがとうございました……」


 しかし女性は髪留めを受け取ろうとしない。それにいつの間にか指の切っ先が奥の扉に向いている。もしや、コレで扉をピッキングしろと訴えているのだろうか。だが、尋ねても女性はやはり喋ろうとしなかった。


――試してみようか……


 ぶっちゃけ開くはずないと高を括っていたが良い案が思い浮かばないので、言われるがまま(言われてないし、正しいのかすら分からないけど)に鍵穴へ髪留めを突き刺した。


「噓でしょ……」


 サナは唖然とした。カチャンッとお馴染みの音が扉から聞こえたからだ。恐る恐るドアノブを捻ってみる。すると扉は驚くほどに、スゥーと開いた。


――なんなの、この髪留め……!?


 ハッと後ろを振り返ると、そこに女性の姿はなく暗闇が広がっているだけだった。


「また助けられちゃった……」


 いったい彼女は何者なのか。これもポルターガイスト現象の一種なのか。どうしてこの不思議な髪留めを持っていて使い捨てたのか。見知らぬわたしを手助けする意図は何なのか。現状、分からないことが多すぎる。しかし立ち止まってはいられない。進まない事には脱出の兆しは見えないのだから。溢れんばかりの疑問を背負って扉の先へ。



「むぅ……」


 扉を開けて先に進んで早々、サナは低く唸った。唯一の光源であるライターのオイルが枯渇しそうだった。


「そうだ!」


 サナは足元に散乱していた廃材をかき分けた。がさがさと床を漁ること数分、埋まっていた手頃な木の棒を無造作に抜き取った。武器? まさか。武器にするには些か耐久力に難があるし、そもそも武器を帯びるために探し当てたのではない。

 サナはカッターナイフを取り出して、ボロ布で拵えたノースリーブパーカーの裾を切り取ると木の棒の先にぐるぐる巻きつける。そして枯渇寸前のライターを布に近づけ、引火させれば〝松明〟の完成ってわけ。使い切ったライターは放り捨てず床にそっと置いた。この先、使用する事はないだろう。

 サナは火の規模が大きくなり、照らす範囲が広がった事へ密かに感動していた。まぁ、片手が塞がるのが難点だけど。

 早速、松明を振りかざしてみた。その結果、この部屋には扉が三つあることが判明。


「ふむぅ……」


 入って来た扉を除けば、正面と左側が初見である。双方の扉を調べるつもりだが、果たして万能針で開けれるのかね。とりあえず近かった左側の扉から……。


「ありゃ?」


 ドアノブを捻ってビックリ。最初から鍵が掛かっていなかったようだ。松明で中を照らしてみる。ただでさえ狭い部屋を無数の段ボールが占領しており、足の踏み場もわずかしかない。松明持って漁るわけにもいかないし……。吊るせそうな場所もないからなぁ。さて、どうしたものか。


「わたしが持っててあげる」


 ありがとう。そう言って松明を差し出そうとした。


――ん? 待てよ? わたし、今ひとりだよね?


「誰ッ!?」と言わんばかりに勢いよく振り返った。


――そんな……。


 思い返してみれば、聞き覚えのある声だった。


――どうして……。


 青白磁色のカットソーにすらりと伸びたジーンズを身に着けた彼女。


――ここに……!?


 カジュアルな服装で仕上げた友人。沢岸アカリが口角を歪ませていた。


「アカリ……?」


「なぁに、当たり前のこと言ってんのよ。沢岸家の次女はこの世界でわたししかいないっての」


 次女だったんだ。知らなかったな……って、そんな事どうでもいい。


「どうしてここにいるの……!?」


 暗い暗い廃墟モールの地下で友人と出会うとは誰が予想できようか。もしかして偽者? この施設では息を吐くようにポルターガイスト現象が発生しており、彼女の贋作がいても不思議ではない。そこでわたしはアカリ(?)にいくつか質問してみた。


「わたしの名前は?」


「なに可笑しなこと言ってんのよ、サナ。自分の名前も忘れちゃった?」


 うん、さすがに簡単すぎた。


「アカリ。友達として言っておくわ。少しは規則正しい生活を心がけたら?」


「三食しっかり食べてますし、夜九時には床について六時前には起きてますが何か?」


 ぐぬぬ……、鎌をかけたけど全部当たってやがる。しかも軽薄じみた口調も瓜二つだ。


「もしかして、疑ってない?」


 訝し気に尋ねてきた。突然すぎてサナは言葉に詰まった。


「ま、サナの気持ちも分かるけどね。こんな怪現象が相次いでいたら疑いたくもなるか」


「いや、別にそんなんじゃ……」


 たじろぐサナ。アカリは「気にしてないから」と微笑んで言った。


「いいから松明貸して。持ったげるから」


「あ、ありがと……」


 サナはしぶしぶ、松明を手渡した。だがどうも腑に落ちない。姿形は間違いなくアカリそのものだ。喋り方も立ち振る舞いも類を見ない――はずなのに、この胸に引っかかる違和感はなんだ。彼女が本当にアカリである確信が持てない。もし偽者ならば本物のアカリがこの施設にいる可能性も極めて高くなる。



「サナ。よく鍵なんか持ってたね」


「あ、いや鍵は持ってなくて……」


「もしかして馬鹿力?」


 アカリ(?)の冗句に愛想笑いすることしかできない。現状が現状だからか、きっと。


「じゃなくて、なんかコレを挿したら開いちゃった」


「ほほぅ……一見、普通の髪留めのようだけど。実に興味深いね。」


「ちょっと見せてくれない? ねぇ、いいでしょ?」執拗に迫られるその態度にアカリ(?)への猜疑心は昂るばかりだ。


「じゃ、じゃあ、ここから出たらでいいかな……? 状況が状況だし。それにほら、わたしアカリと違って服がボロ布一枚だけだし」


 謙虚な物言いで断ろうと試みたが、アカリ(?)は食い下がる。


「今、見たいんだよ。お願い、サナ!」


 なんだかよく分からなくなってきた。それとも考え過ぎだったかな? もしかして本物なのかも……。サナは躊躇いながらも髪留めを差し出した。アカリ(?)が受け取ろうとした時、啓示というには仰々しいがわたしの意識へ誰かが訴えかけた。『渡してはいけない』

 ハッとして、サナは咄嗟に手を引っ込めた。アカリ(?)は怪訝な顔色を浮かべている。


「どうしたの? 早く見せてよ」


「あ、えっと……」


 誰の声か定かではない。それに従う義理もないので、手渡してもいいはず。しかし自分の意思とは関係なく、無意識にそれを拒むのだ。まるで金縛りにあった気分。だが、この針が窮地から救ってくれた事実は否めない。故にわたしにとって〝おまもり〟みたいな存在で、廃墟モールから脱出するための重要なキーアイテムだと考えた。根拠は一切ないけど。

 つまり彼女へ強い猜疑心を抱いた状態で『渡してはいけない』という事なのだろう。


「やっぱり、今じゃなくてもいいよね……? まずはここから出ないと」


「はぁ?」


 それは今まで聞いた事のない声だった。明らかに怒気を滲ませた声。


「アカリ?」


「いいよ。でも、後できっと見せてね」


「う、うん……」


 提案を呑んでくれた。しかし、一瞬ではあるが彼女の敵意を確かに感じた。風船のように膨らむ猜疑心。今にも破裂しそうな状態で彼女へ預けるのは危険すぎる。それを松明とて同じこと。サナは「やっぱりわたしが持つよ」と、アカリ(?)から半ば強引に引ったくった。松明もいざという時は武器になるしね。サナは片手間に段ボールを漁り始めた。もちろん背後への警戒は怠らない。護身の術を探しつつ、彼女から漂う違和感の正体を見定めてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます