20/ 再戦

 下階より第一波、第二波と押し寄せてくるマネキンの大群をエスカレーターで迎え撃つ。現時点で三階は防火扉によって行き止まりなので、この一本道エスカレーターを引き返すしかない。だがそれは奴らとて同じで、わたしを襲うにはここを上がって来なければならない。

 つまり四方八方を警戒する必要はなく、ただ前だけに集中していればいい。


 淡々と金属バットを振り回しながらマネキンを破壊していく。プラスチックの強度など金属の比にならない。いとも容易く残骸と化していく様子にちくりと胸が痛む。でも……。


――わたしだって死ぬわけにはいかないから……!


 ガラガラとけたたましい音を立てて転げ落ちていく、あるいは一階に叩き落されるのどちらかを第三波まで繰り返す事でようやく静寂が訪れた。


「はぁ……はぁ……」


 エスカレーターに背中を預けて喘ぐサナ。喉が渇いたためウェストポーチから経口補水液を取り出そうとしたがピタリと手を止めた。


「ぐぬぬ……」


 飲料水はもちろん脱水症状を抑制する効能を秘めた、サナにとっては天の恵み同然のアイテムだった。しかし二本しか見つけておらず、まだこの廃墟モールを脱出する兆しが見えない以上、〝死〟を悟った時まで取っておくべきだと考えた。


 本当は飲みたくて飲みたくて仕方ないんだけど。


 このまま葛藤に浸ってしまえばきっとわたしは誘惑に負けてしまうだろう。サナはすぐさまウェストポーチを閉じて深呼吸をした。


「しっかりしろ、わたし」


 鉄兜の中で自分へ言い聞かせるように呟いた。自己暗示(?)を終えると、再び食品売り場へ歩を進めるのだった。



――もうひとつの階段で三階に行ければ、売り場まで行かずに済むんだけどね。


 食品売り場を目指す、その寄り道がてら。三階に行くためにエスカレーターの前までやって来たのだが……。


「ひどい……」


 思わず本音が漏れた。南側と対を成す三階へのエスカレーターは地盤が抜け落ちて、一階まで吹き抜けになっていたからだ。案内図に偽りがなければ三階に行くには南側のエスカレーターを利用するしかない。今はどうしようもないので一階へ降りて当初の目的を果たす事にする。


「それにしても……」


 臭い。相変わらず臭い。初めて訪れた時からそうだが、テナント内にある生鮮食品の腐敗が進んでおり、蠅たちが嬉々として飛び交っている様子が遠目からでも覗える。陳列棚がいくつか立ち残っており、それ以外は瓦礫の一部となって散乱していた。


――そういえば奴らはどうしたんだろう


 奴ら――それは当然、ポルターガイストたちの事だ。

 百円ショップの安っぽい雑貨で形成された人型、通称ガラクタ人間。それと不自然に積もった瓦礫から生まれた質素なゴーレム。


 初めて訪れた時、ゴーレムに追い詰められて死期を悟った。しかし、後を追ってきたガラクタ人間と獲物わたしの取り合いを始めたので、当然わたしは蚊帳の外。ガラクタ人間のおかげ……というのは心苦しいが結果的にそうなっている。

 どうも煮え切らないが気にしていても仕方がない。雑貨がある以上、〝再生〟を繰り返すガラクタ人間を馬鹿の一つ覚えのように破壊するゴーレム。奴らのやりとりは、まるで自分の尻尾を追い回す犬のソレだった。


 サナは食品売り場に足を踏み入れた。暴れていると思しき音はない。むしろ静かだ。決着がついたのか、あるいは埒が明かないと判断して休戦したのか。


 どちらも大歓迎、わたしの前に現れないでくれ。


 サナは堂々と真ん中を突っ切って裏口へ急いだ。だが、事はそう上手くは運ばないもの。


――あと少しだってのに……!


 裏口の手前に積もった瓦礫。おそらくゴーレムのトゥルーフォルムだ。目覚める気配はないが、あと一歩でも踏み出せば奴の間合いだろう、きっと動き出す。

 しかしここで退くと油は手に入らない。サナは一旦、離れてからランプをショーケースに預け、呼吸を整えて近づいた。案の定、瓦礫の山は瞬く間にゴーレムに姿を変えていく。


――先手必勝! 


 あの時は逃げたと言えど、一度面と向かったポルターガイストだ。

 それに今は金属バットがある。サナはゴーレムを薙ぎ払った。すると衝撃で奴の瓦礫が剥がれ落ちていく。金属バットは凹んでいるがまだまだ戦えるようだ。つっぱり棒を攻撃手段としていた時はできなかったことをやってのける。そこに痺れたり憧れたりはしないけどね。


――もう一発……!


 そう意気込んで追撃しようとした、その時。突然、ゴーレムは雄叫びを上げると両腕を床に叩きつけた。謎の行動に怯んだサナは攻撃を即座に中断させ、不穏に思ってバックステップ。


「な、なに……?」


 ゴゴゴゴゴと背後で大きな音がする。嫌な予感しかしない。しかし見ずにはいられない。バッと振り返ったサナは堪らず絶句した。食品売り場すべての瓦礫と廃材がテナントの入口に高く高く積まれて壁のようにそびえ立ち入口を塞いだ。


「ありえないってのッ!?」


 床掃除ありがとうッ! なんて軽い冗句すら出てこない。業務用通路にある勝手口も封鎖されている。これはアレだ。密室というやつだ。わたしは完全に閉じ込められた。


「こういうギミックって本体を倒せば解けるんだっけ……!」


 しかしそれはゲームの話で実際に起こるという根拠はない。だが、この隔たりがコイツの仕業なのは明確だ。

 サナはゴーレムに向き直った。どちらにせよ、探索するにあたって障害になりうるものは排除しなくてはならない。


――悪く思わないでね


 とはいえ、動かないものへ攻めるのは些か心が痛む。


――……ん? 動かない?


 変だな。さっきまで動いていたのに。このゴーレム、まるで生気が感じられない。まぁ無機物の集合体だし、そもそも生きている実感は皆無なんだろうけど。そんな不動の奴を恐れて様子を見るか、それとも好機と見なして仕掛けるか。


「当然ッ……!」


 サナは後者を選択した。相手は生物ではない。怪現象の代名詞なのだ。何をしてくるか全く予想ができない。

 いつぞやクラスの男子達が某会社のアクションゲームの話で盛り上がっていたっけ。ランクやクエストがどうこう言っていたが、何を話しているかさっぱり理解できなかった。しかし会話中、一度だけ発した『狩られる前に狩れ』という言葉が妙に印象に残っていた。

 それを一種の教訓として、今からわたしは『仕掛ける前に仕掛けろ』を実行します。


 疾走。ゴーレムの頭部へ金属バットを振るった。「は?」彼女は鉄兜の奥で怪訝な顔をした。瓦礫でできた身体はまるで泥塊のようにいとも容易に崩す事ができたからだ。やがてゴーレムは塵となった。どうしたんだろう……?


「もしかして、あの壁を作んのに力を出し尽くしちゃったとか?」


 ゴーレムの身長はおよそ三メートル。わたしからすれば大きいの一言に限るが、自分より巨大な壁を生成するとなれば相当な労力を負担するのかもしれない。

 ま、なんにせよ脱出経路を断たれたがゴーレムが自滅してくれたおかげで戦闘は避けれそうだ。こんな密室でポルターガイストに遭遇したくないし。


「ぅん? でも、待って。これって……」


 〝フラグ〟っていうやつじゃ……。ピンポンピンポーンという音の代わりにカタカタと密室空間に不快な音が鳴り響く。すると食品売り場と裏側の腐敗した食材たちが次々と一箇所に集合していく。


「ぅえ……」


 テナント全域に鼻を突くような強烈な腐敗臭が漂い始めた。その臭いたるや、胃の中がすっからかんになりそうなレベルといっても過言ではない。布か何かで口元を塞ぐことができればどれだけ良いか。兜のせいでソレができないのが辛い。

 形成されるまでそれほど時間を有することはなかった。完成に至った時、サナはあまりの嫌悪感に目尻を潤ませ引きつった笑みを浮かべた。


「か、勘弁してよぉ……」


 大きさはゴーレムとほぼ同じくらいだろうか。

 頭は三角形で目は上に飛び出し、尾のない丸みを帯びた緑黄色野菜の胴体には無数の蠅が纏わりついている、後ろ足の発達した四足歩行。言わずと知れた、お馴染みの両生類を模したポルターガイストがそこにいる。


「か……蛙……」


 見間違うことのない、その姿。いや、もう本当に帰りたいです。



 蛙だけに。

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