19/ 夢を見る

 東口Dの反対に位置する西口D付近にも二階へ続く階段が存在する。そして東口と同じく階段の踊り場の真下は死角になっており、そこで膝を丸めて座っていた。偶然が度重ならない限り、ポルターガイストに見つかる事はない。


「とは言え……」


 前科がある身として、おびただしい傷跡に凹みが目立つ鎧兜を身に着けた少女は不安で不安でどうも落ち着かない。いや、こんな廃墟で落ち着けっていうのも無理あるし。

 念のため、サナは陰から顔を出して周囲の様子を窺った。徘徊している者もいなければ、二階から降りてくる気配もなし。ひとまず安全といったところだろう。


「よし」


 現在の武器である金属バットを横に寝かせてランプを自分の前にそっと置き、なるべく光が外に漏れないように廃材で囲いを作る。ランプは光源が電気なので廃材に燃え移ることはない。


「では、早速……」


 サナはウェストポーチから二本のスパウトパックを取り出して微笑んだ。ラベルには『OS-1』と書かれている。これは経口補水液という飲料水で脱水状態に摂取する代物らしい。今のわたしにこれほど打ってつけなアイテムがあるだろうか。


 否、断じてない。サナにとってこれ以上ない、最高の贈り物ギフトだった。


「いただきまぁす!」


 サナはノズルを鉄兜の隙間に通し、一滴も零すまいと慎重に口がある位置に固定。そして一気に天を仰いですぐさま下を向く。本当ならがぶりと飲み干したいところだが貴重な水分だ。それも脱水症状を抑える役目を果たす魔法のね。簡単に切らしてなるものか。

 そうして半分ほどの残った経口補水液をウェストポーチに片づけた。入れ替わりで取り出したのは、途中見つけた細くて長い小さな黒いケース。中身は窮地に陥ったわたしを救ってくれた真っ白な肌の端麗な女が残した一本の『髪留め』。その先端の尖った妙形な髪留めを手に取って眺めてみる。


「んー……」


 特別、変わったように思えないんだけどなぁ。

 というのも一見して普通の髪留めだが、あの斧使いを一撃で葬った実績を持っている。加えて驚いたのは、その耐久力。あの時、刺さった髪留めを荒々しく引き抜いていたが、一度も折れることなく四体すべてを仕留めたのだ。

 単純に項が弱点だったのか? どちらにせよ以前の武器だった金槌や中華包丁の立場がないのは明らか。


「不思議な力があるとか」


 ポルターガイストを倒す魔力を秘めていたりするんだろうか。ここが異世界の類だったら可能性は無きにしも非ずだけど。


――どうも現実味があるんだよね、ここ。


 わたしの夢はイラストレーターで、参考資料としてラノベなんかを見たり読んだりしている。手に取った作品の多くが〝異世界〟を舞台にしたファンタジーなので、それ特有の知識くらい把握している(個人的偏見だが)。

 まず異世界と言えば、なんといっても〝魔法〟が付き物だ。火や氷を生成したり風を操ったりなど、多種多様でなんでもアリだと思う。そのほかにも、見た事のない言語に用途不明のアイテム。魔物とかもいたりして。つまり現実とはかけ離れた事象が日常に溶け込んだ世界を指す。


 一方で、この廃れたショッピングモールはどうだろうか。


 仮にここが異世界だとしよう。カッターナイフやライター、経口補水液など現実的な物が散乱しており、表記もほとんど日本語だ。この金属バットだって『SSK』と刻まれているし、『コカ・コーラ』の自動販売機もあったし。しかしポルターガイスト現象は当たり前のように発生する。


――考えても分からないや。


 どうであれ、目的はひとつ。この廃墟モールから脱出する事だ。

 サナは髪留めをケースに戻してウェストポーチにしまい込んだ。この状況下ではガラクタと遜色ないアイテム。ウェストポーチの圧迫は少しでも抑えたいところだろう。

 しかしサナはどういうわけか手放したくなかった。幸運が続いたのは、ひとえにもこの髪留めのおかげだ。それに助けてくれたあの女性に返してあげたい。それまでは武器兼〝おまもり〟として所持しておこう。


 サナはランプのスイッチを切った。カフェインが未だに持続しているため、きっと眠れないし眠る気もない。目を瞑るだけでも休める。


 夜はまだ長い。



          §



 山野を埋める精力的な緑に囲まれた過疎地域。キツネやタヌキなど野生の動物が珍しくない辺鄙な田舎でわたし達は暮らしていた。

 自然豊かなその土地で二歳年上の男の子とはよく遊んだものだ。家が斜め向かいにあったし、そもそも同年代の子なんていなかった。そして積極的な彼は今日もわたしを誘いに訪れた。


「ねぇ。今日は何して遊ぶの?」


「アレ見て」


 連れてこられたのは山のふもとにある荒れた田畑。言われるがままに彼が指さす方向に首を動かした。


「なぁに?」


 腰掛に利用されそうな切り株の上にぽつんと置かれたバケツ。あらかじめ彼が置いたものと思われる。


「今日は投擲とーてきしようよ」


「とーてき?」


 なんだそれ……? 首を傾げるサナへ彼はフンッと胸を張った。すると彼は落ちていた石を拾い、バケツに向かって放り投げる。投じられた石はバケツの中へ吸い込まれていった。


「わぁ……! すっごいッ!」


「お父さんに教えてもらったんだ。鉄砲がなかった時にはコレで兎なんか獲っていたらしいよ」


「そーなんだ。でも兎さん、かわいそう……」


「別に兎にぶつけるわけじゃないんだ。あのバケツにどっちが多く入れられるか勝負だ!」


 彼の提案を呑んだサナは、自分でも投げられそうな石を探した。やがて手頃な石を見つけると指定された位置についた。


「やあッ!」


 力を込めて放り投げた石はバケツから大きく左に逸れていった。

「あはは」と横で笑う幼馴染にムッとしたサナは、もう一度石を拾い上げて投じた。だが今度は右に逸れて、続けざまに投げた石はそもそもバケツまで届かなかった。


「しょうがないなぁ」


 失笑した彼は石を手に取り、チリ紙をゴミ箱へ捨てるようにいとも容易くバケツへ入れた。それが何とも悔しくて悔しくて。

 彼の指導の元、日が暮れるまで投げ続けた。しかしこの日は一回も成功できず、挙句には両親に怒られた。翌日、自ら彼の家に足を運んで投擲に誘った。「いいよ」彼はあっさり承諾して田畑まで一緒に赴いた。


「ていッ!」


 球速は遅いが制球力は伴ってきたようでバケツには当たるようになった。成長していると実感するその度に嬉しくなる。だが彼のほうは相変わらずの腕前で衰えを知らない。隣でポンポンポンポン入れている幼馴染を見ていれば、意地にもなるさ。


――絶対入れてやる。


 わたしって意外と負けず嫌いなのかな。それでも昨日みたいに怒られるのは御免だ。この日は早々に切り上げて帰宅。廊下にゴミ箱を置いて、チリ紙を投げて練習した。

 この日を境にサナはすっかり投擲にハマってしまった。


「えいッ!」


 可愛らしい掛け声に合わせて投じられたチリ紙は、見事にゴミ箱へ収まった。シチュエーションは違えど、距離はおおよそ同じである。サナは感極まってわざわざ両親を呼びつけて報告した。当時は讃えてくれたと喜んだが、今思えばアレは苦笑だったと思う。


「明日が楽しみッ!」


 その夜、サナはうきうきしながら布団をかぶった。翌日、彼から引っ越しが告げられる事をこの時は知る由もなかった。目が腫れるまで泣いたと思う。だけど二度と会えないわけではない。次に会う時まで投擲に磨きをかけておこう。

 中学生になってからはすっかりやらなくなってしまったが、彼と培った技術は衰えを知らず、今では立派な彼女の特技である。



          §



「ぅん……」


 サナは鉄兜の奥でゆっくりと瞼を開けた。階段の陰で鎮座しているため直接は浴びてないが、すでに夜は明けており、モール内に朝の日差しが差し込んでいた。


「いつの間にか眠ってたんだね……」


 それにしても懐かしい夢を見た。もう十二年も前なのに。

 ハッとしたサナは、慌てて手持ちの装備を検め出した。もし眠っている間に剥奪されていたら……。ごくりと唾を呑んでウェストポーチの中身をぶちまけた。カッターナイフ、ライター、切餅、経口補水液二本、ランプに予備の電池そして金属バット……。


髪留めおまもりもある。大丈夫ッ!」


 サナは陰からそっと顔を覗かせて誰もいないことを確認すると、背筋を伸ばして強張った身体をほぐす。


「わたし……やってしまったんだね……」


 やってしまった。それは廃墟で夜を明かした事実を悔やむ言葉。

 今頃、外はどうなっているんだろう。初めに東口Dから出ようと試みたが施錠されており、どの出入口も同じだった。自動扉はガラス張りで外の様子を窺えたが、そこにはツタの壁と化した大きな金網に挟まれた煉瓦タイルの張られた西洋風の渡り通路しか見えない。二階からも覗いたが結果は変わらなかった。


「もっと高いところに行かなきゃ」


 この廃墟モールがどこに建っているのか知れば、もしかすると脱出の糸口も掴めるかもしれない。サナは所持品を片し金属バットを握り締め、慎重な足取りで案内図が貼られた柱を目指した。

 相変わらず案内図は腐敗が進んでおり、それは二階から上の階の識別が不可能なくらい劣化していた。しかし三階へ続く階段の位置はどうしても二階に残る。


「ふたつね」


 エスカレーターは北側と南側にそれぞれ設置されている。しかしこれだけ大規模なショッピングモールなのに三階への到達手段が二か所しかないのか。廃れる前はエレベーターが作動していたらしく手段はいくらでもあったんだけど。せめて電気が通ってあれば、とサナは切実に思った。


 だが、幸運なことに現在地はちょうど南側。ここからでも三階へ昇降するエスカレーターを窺える。どうやら無駄に体力を浪費する心配は不要のようだ。

 サナはエスカレーターを上がり、さらに上を目指した。



「マジ……?」


 視線の先には著しく酸化して赤銅色に染まった防火扉があった。その名の通り、火災時に炎の貫通を防ぐための扉だ。ドアノブはいわゆるケースハンドル型を採用している。


「どうせ……」


 サナはあまり期待をせずドアノブに手をかけたが、


「開かないよね」


 ざっと一瞥したところ、鍵穴らしきギミックはないようだ。


「と、なると……」


 防火扉は施錠されているわけではなく、単純に錆びついているだけという事になる。サナはありったけの力で体当たりしたが、扉は軋むだけで開きそうにない。しかし微動だにしないわけではないので、油を注して滑りをよくしてやれば難なく開きそうだ。


「油なら確か……」


 惣菜コーナーで手に入れたはず……。サナはウェストポーチを弄った。しかし油の入った容器は見つからない。それもそのはず。


「はぁ……アイツに全部使ったんだっけ……」


 昨晩、サナはレストラン街にて、ツタで形成された身体にガラスの破片をまるで甲冑のように纏わりつけた騎士もどきと交戦。その際にガラスの甲冑を金槌で砕いて、露わになったツタに油をぶち撒き盛大に火葬した。故に油など一滴も残っていない。


――また、あそこまで行かなきゃいけないのか……


 食品売り場は北側の末端に設けられており、ここ南側からは最も離れたテナントだ。最初に比べて体調は良くなったものの、こうも遠いと些か億劫になる。しかし油のある場所なんて他に思いつかないし。


「……行くかぁ」


 サナは踵を返してエスカレーターを降りようとした、その時。視界に捉えた光景にギョッとした。マネキンの群れが一斉に駆け上がってきた。その数およそ数十体。


「い、いつの間に……!?」


 ブティックから抜け出したのか、あるいは別のテナントからの刺客なのか。おそらく後者だろう。初対面時はそれぞれテナントのマネキンが混じって黒と白の群れに襲われたが、こいつらは白で統一されている。もし閉じ込めたブティックから抜け出したのであれば黒も混じっているはずだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は奴らの駆除が先決である。


「物干し竿とはわけが違うんだから」


 そう。サナの記念すべき最初の武器は何の変哲もない一般的な物干し竿だった。今はブティックを施錠するつっかえ棒と化しているが。

 それに比べて、現在の彼女が帯びているのは金属バット。武器として、物干し竿が唯一勝っている点はリーチのみ。それ以外は語るまでもない。


「わたしだって戦えるんだからねッ!」


 ここまで、それなりに窮地を脱してきたのだ。マネキンの群れで怯んだりするもんか。まあ、怖いっちゃ怖いんだけども。


「行くよッ!」


 サナは金属バットを構えて迎撃の態勢をとる。この時、彼女は知らなかった。やはり無意識のうちに腰が引けている事に。

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