18/ 髪留め

「やあッ!」と心の内で叫ぶ。できるだけ音は控えたい(いずれ気付かれるとは思うが)。

 先に仕掛けたのはサナ。金属バットを片手に走り出す。斧使いもエモノを振りかぶり猛進して迎え撃つ。


 キィィィィンッ!!


 位置を知らせるには申し分のない金属音がテナント内に反響する。文字通り火花を散らすふたりの戦闘は、やがてギャラリーを呼びつけた。


――まぁ知ってたんだけどね


 当然、警報が鳴り響き斧を携えた奴らをここへ誘導させるだろう。集まってくるポルターガイストたちに円陣を組まれたら勝機は限りなく薄い。退路もなさそうだし。

 では奴らと交戦するためには、どうすればいい? 脳をフルに回転させて思考に入り浸る。


――わたしなら……


 前方に手一杯で背後にまで気が回らない。わたしは平凡な女子高生。達人ではない。だが彼女の観察力は常人より長けていたようで、


「あそこなら……!」


 サナはテナントの奥にあるキャンプコーナーへ目を向けた。廃棄品を踏み荒らしてコーナーへと走り出す。斧使いも後に続いた。そうして次々と群れを成して追いかけてくる奴らに目もくれず、やがて行き着いた先は壁際だった。

 四体の斧使いに包囲されたが背後に気を遣う必要はない。ドローンたちも奥へ誘導する事で警報が外に漏れにくくなる。これ以上、奴らに増援されるのだけは御免だ。


「惑わされちゃダメだからね、わたし……!」


 ドローンは警報だけで、仮にこちらへ攻撃してきても装備が守ってくれる。よって斧使いだけを視野に入れておけばいい。

 統率などクソくらえ。斧使いは我先にサナを切り刻もうと押し合いながら向かってきた。


「期待を裏切らない!」


 サナはブティックでマネキンの群れに襲われた時の事を思い出す。一斉に押し寄せてきた斧使い達に倣って、サナはキャスター付きの陳列棚を押しながら走り出した。斧使いたちは戸惑いを隠せず一度退こうとしたが、時すでに遅し。

 陳列棚は斧使い達を同時に跳ね飛ばし、ひとり奥まで進んで行く。


 ここからが本番だ。


 サナは近くに転がっていた一体の頭部へ力の限り金属バットを振り下ろす。何かがひしゃげた音が足元から発生した。


「ひぃッ!?」


 自分でやったにもかかわらず、その生々しい音に思わず悲鳴を上げる。しかし固まっているわけにはいかなかった。残りの三体が起き上がる前にコイツを仕留める必要がある。いや仕留められなくても致命傷を与えることができればそれでいい。

 罪悪感を募らせながら追加で五回ほど叩きつけた。そうしていくうちに妙な感覚を覚えていく。だが、それが何なのか無意識に察していた。この感情に身を委ねてしまえば、わたしは新人サイコパスに成り果てるかもしれない。


――ごめんなさい……!


 心の中で精一杯の反省の意を込めた。しかし奴の生死まで確かめる余裕はなく、いったん距離を置き近場の柱に身を潜めた。そっちが多勢ならこっちは地形を味方につける。

 奇襲――つまり、ヒットアンドアウェイ戦法だ。まぁ、頭上には羽虫のようにドローンが飛び交っているのだが。


「それいけッ!」


 鬱陶しいので、その辺の瓦礫を拾って頭上へ投じた。抜群の制球力で鮮やかに命中はしたものの威力不足で効果はない。さらに癇癪を起したのかエラーなのかは知らないが警報の音が大きくなったような気がする。

 サナは金属バットを高く振りかざしたまま待機。斧使いの頭が見えた瞬間を狙うのだ。杜撰な足音が早々と接近している。一歩、二歩、三歩……


――今ッ!


 鈍い音がテナントに響き、堪らず斧使いは地に伏せた。さらに畳みかけようとしたが、もう二体の斧使いがすぐそこまで来ている。よって追撃はせず、また距離を稼ぐために逃走を選んだ。

 もちろん潜伏先はここから少し離れた柱の陰。同じ作戦は愚策だとミリオタ好きの友人に教えてもらったことがある。


 まぁ、仰る通りでしょうね。


 しかしドローンならまだしも、奴らには斧を振り回す以外に知恵がないと思うのだ(根拠はあんまりないけど)。そういうわけだから、ごめんなさい。

 サナは同じ要領で奇襲を仕掛ける事にした。一歩、二歩、三歩……と、近づく無造作な足音に耳を傾けて神経を研ぎ澄ます。


「そこだぁッ!」


 渾身の一撃が三体目の斧使いの頭部を砕く。そして残りの一体と自分の距離を目測するのだが、彼女は首を傾げて不思議そうに呟いた。


「あ、あれ? アイツは……」


 振り返った先に奴はおらず、記憶によれば数機ほどドローンも減っている(警報は喧しいが)。どういうことだ? サナは鉄兜の奥で低く唸りもう一度テナントを検めてみた。右を見て左も見たが奴の姿はおらず、一番可能性が低いだろうと高をくくっていた天井を見上げると……。


「……」


 サナが絶句したのも無理はない。四体目の斧使いが上空に浮かんでいたのだから。数機のドローンが糸のような道具で持ち上げているとは思うが、完全に裏をかかれたと言っていい。

 やがて投下された斧使いに呆気に取られていたサナは僅かに反応が遅れて防御に徹する事ができなかった。その結果、斧が肩口に振り下ろされた。


「――――ッ!?」


 鎧を身に着けているとはいえ、加減の知らない攻撃をまともに受けたのだ。全身が熱く、ひどく痛む。どうやら砕かれた肩当の破片がめり込んでいるのだろう。


「ぐッ……!」


 ぐらりと体勢を崩したサナは膝をついた。斧を帯びて俯瞰する斧使いを睨みつけ金属バットを握る手に力を込める。損傷部位が利き腕じゃなくて助かった。

 次こそ防御してやろうと痛みを堪えてガードアクション。この時、背後の警戒を怠っていたために、彼女にさらなる悲劇が襲う。


「……ッ!?」


 後頭部に雷鳴のような衝撃を覚えた。恐る恐る背後に目を向けると、額の凹んだ斧使いが斧を掴んで立ち尽くしているではないか。さらに二体目、一体目とこちらに歩を進めていた。当然、ドローンで位置を知らされて奴らはココへ集まったのだ。


――あぁ、わたし死ぬんだな。


 今度は壁際ではなく、完全に包囲されている。まるで籠の中の鳥になった気分。逃げ場もない。勝ち筋もない。発揮される彼女の潔さ。

 傍らに武器を置く。斧使い四体による、協調性皆無の断罪が執行される。今度こそ死を覚悟した、その刹那。


「……?」


 いつまで経っても振り下ろされない斧にじれったさを覚えたサナは顔を上げた。目の前の斧使いが急に崩れ落ちていく。前のめりに倒れた衝撃で、もうもうと埃が舞い上がる。

 サナは目を疑った。斧使いの項に先端が尖った妙な形の『髪留め』が突き刺さっていたからだ。


――だれ……?


 斧使いの背後に立つ人影。五体目? いやそうとは思えない。薄暗いというのに、そこだけを切り抜いたかのように全身が真っ白で異様な存在感を放っていたからだ。

 邪魔が入ったと憤怒を露わにした斧使い達はサナを尻目に白い人影へ猛進する。


――あの人が危ない……!


 サナは斧使いの項から髪留めを抜き、同じように項を狙って投じた。ぶっちゃけこんな質素な髪留めで倒せるとは思っていなかったが、驚いたことに何度も頭部を殴ってもまるで効果のなかった斧使いがいとも容易く動きを止めて仰向けに崩れていく。


 見た目、何の変哲もない髪留めなのにどうして……。


 駄目だ駄目だ! 考えても分からない事をいつまでも引っ張っていたって仕方がない。サナは疑問を意識の外へ追いやった。これで奴らを討てるなら活用しない他ない。

 素早く髪留めを引き抜き、助走を加えて投擲した。精密機械のように一発で項に髪留めを命中させていく。その腕前はプロ野球選手に勝るとも劣らないくらい鮮やかだった(制球力だけだが)。

 最後の一体と急いで髪留めの回収へ向かうもサナは焦燥のいろを浮かべた。すでに斧使いがその人影に対してエモノを振り降ろしている。


――間に合わない……!


 思わずサナは目を背けた。殺人現場を目撃したのは生まれて初めてだ。きっと赤く染まって……。しかし生々しい音ではなく斧が空を切った風切り音のみ。サナは恐る恐る瞼を開いた。


「え……?」


 そこには数秒前と何ら変わらぬ光景があった。ぎりぎりで躱したのだろうか。斧使いは分かりやすく首を傾けて、今度は斧を横に振り払った。あぁ、切られた……! しかしその光景はサナの斜め上を駆け抜ける。


「は……?」


 サナは驚愕を隠せなかった。無理もない。斧がその人の身体をすり抜けたのだから。奴が何度も何度も切りつけるも、その白い身体が真っ赤に染まることはなかった。


 なんにせよ、好機と見ていいんだよね?


 サナは髪留めを斧使いへ投げ撃った。斧使いはエモノを振り回す手を止めて、そのまま床に伏せた。


「大丈夫……!?」


 駆け付けたサナは思わず息を呑んだ。

 雪のように白い肌。腰まで落とした緩いウェーブがかかった白銀の髪に縁どられた小顔。その中にそつなく収まった目鼻立ち。すらりとモデルのように引き締まった身体は異性はもちろん同姓すら魅了するだろう。とても同じ女性だとは思えない。


「あ、あの……」


 女は無言のまま空を仰いでいた。そうだ。まだドローンがいたんだった。


「ありが――」


 お礼を言おうと女に向き直ったがそこに彼女の姿はなく、まるで最初からいなかったかのように虚無だった。ま、まさか……。


「幽霊……!?」


 サーッと血の気が引いていく感覚。だがよくよく考えてみれば、絶賛、ポルターガイスト現象に苛まれているではないか。あの女の人の意図は皆目見当つかないが助けてくれた事実は否めない。サナの身体に血の気が戻っていく。怯えるのは失礼に値するのではないか。


「今度会ったら、ちゃんとお礼を言うべきだよね」


 忘れず、斧使いの項に突き刺さった髪留めを回収する。奴らがいなくなった今、蠅のように飛び交うドローンの群れなど恐れるに足らない。逃げる素振りも見せず警報を鳴らして付きまとう奴らを撃ち落とすのに十分もかからなかった。




 先程までの喧騒とは一転、静寂に包まれたテナントで探索を始める。金属バットの凹みが著しいので新調できそうであれば持ち替えよう。

 ざっと辺りを見渡しているとキャンプグッズのコーナーに電池で光る洒落たランプを見つけた。スイッチを入れてみるが、点かない事は見つけた時から察しがついていた。しかし貴重な光源になりうるかもしれないので何とか電池を確保したいところ。


「単四かぁ」


 それも二本。この広いショッピングモールを探せばあるかもしれないけど……。

 辺りを観察していたサナだったが、その直後にハッとした。墜落した一機のドローンを探し金属バットで叩き壊しす。


「あった……!」


 取り出したのは紛れもなく単四の電池だ。一本だけで事足りるらしいが、こっちは二本必要なため他のドローンからも取り出してやろう。まぁ問題は電池が生きているかどうか。

 入手した電池を早速試してみる。


 お願い、点いて! 小刻みに震えながらスイッチに指を伸ばした。果たして――……。


「つ、点いた……! 点いたよッ!」


 ポッと暗闇に優しい光が灯った。感動のあまりサナはつい視界が潤んでいることに気付く。

 残りの電池も念のため回収しておく。廃墟で見つけた電池故に寿命は少ないと考えておくべきだ。点くかどうかは不明だが、その時は投擲すればいい(威力は皆無だが)。

 サナは明かりを照らしながら嬉々として探索を続行。入手した物はどれも有意義に活用できて、その成果は言わずもがなだった。

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