16/ 厄介な者たち

「はぁ……はぁ……なにアレ……!?」


 息を切らしながらも必死で〝アレ〟から距離をおこうと試みる。しかし〝アレ〟の足は思っている以上に俊敏で息が切れそうもない。疲れた様子を見せず、ただ無表情で追いかけてくるだけだ。赤錆の付着した斧を振り回して。


「埒が明かない……!」


 丸腰しだったサナはただ仄暗い通路を疾走していた。ろくに休めていない身体には酷以外の何者でもない。遭遇した時は心臓が飛び出るかと思ったが希望はまだあるらしい。それはここがショッピングモールの南側だったということだ。

 最初はマネキンの群れに面喰って入れなかったが、ここにはスポーツ用品を取り扱うテナントが存在しており、斧と渡り合える武器がある可能性が極めて高い。


「と、とりあえず……!」


 〝アレ〟の杜撰な足音は迫っている。止まる事は許されない状況だ。いくら鎧兜を身に着けているとは言え、まともに斧を食らったらどうなるか分かったもんじゃない。


「隠れなきゃ……!」


 サナはテナントに駆け込んですぐ近くの陳列棚の陰に身を潜めた。奴に知識があるとは考えにくい。故に典型的な回避方法を取らせてもらう。


 サナの予想は的中した。


 奴は斧を片手に奥へ奥へと駆けていく。サナは隙を見てテナントを後にした。やり過ごしてからまた訪れたらいい。武器より命。当然だ。


「怖すぎる……よく漏らさなかったな、わたし……」




 数分前――


 暗がりさえ敵に寝返る。そう考えたサナは火を焚いたまま休息をとっていた。明かりは漏れていないと思っていたが完全ではなかったのだろう。ぱちりと火の粉が弾ける音で瞼を開けると、目の前に斧を振りかざした〝斧使い〟(見た目通り)がサナを俯瞰していたのだ。


「……ッ! ……ッ!?」


 唖然としていたのもつかの間、奴は天高く斧を振り下ろす。咄嗟に身体が反射したのは幸運だった。廃材と瓦礫はもちろん床にまで亀裂を入れたことから躊躇のなさを窺える。鉄兜で防げたかすら怪しい。耐久力をわざわざ試すお馬鹿はいないだろう。

 サナは焚火の中へ手を突っ込み廃材を抜き取ると斧目がけて放り投げた。心頭滅却すれば火もまた涼し、だ。鉄の籠手を着けていたが。


 奴が怯んだ一瞬の隙をついてその場から離脱して、今に至る。




「とりあえずここから離れないと……!」


 サナはエスカレーターを駆け上がり、『トイザらス』と記されたテナントに入った。その広さは隣のゲームセンターとほぼ同じで『紅牙亭』より広い。陳列棚の数は食品売り場に勝るとも劣らない。まぁ世辞にも綺麗とは言えず、木片、瓦礫に歩く度に舞う砂埃。挙句の果てに廃棄品など、まるで倉庫にでも使っているのではないかと錯覚させる有様だった。


「ぅん? 何この音?」


 どこからともなくシャーと床を走る音が耳に届いた。


「確かどっかで聞いたような……」


 そうだ。十二年前に幼馴染の彼がお気に入りのミニカーをよく走らせていたっけ。


――その音と類似している……? 


 音は徐々に大きくなっていき、都合よく月光がその正体を照らし出す。サナの予想は見事に命中した。大量のミニカーが一斉にこちらへ向かっている。


「ポルターガイスト……!?」


 現在、自分は武器になるような物は帯びていない。まずい――とは思わなかった。


「ちっさ」


 そう。いくら数が多いとはいえ相手はミニカーなのだ。ナックルパンチやキックで事足りる。その後も続々とミニカーよりは大きいラジコンやらがサイレンやトラクションを鳴らして足元をぐるぐるしていた。


――今回のポルターガイストは楽だ。


 しかし、やや愉悦に浸ってしまったサナは気付かなかった。すでに危機的状況に陥っていたことを。何も攻撃だけがポルターガイストではない。人間のように各々に役割が与えられている者もいる。


「ん? サイレン……?」


 サナは不穏に思った。


「サイレン……警報……呼びかけ…………あッ!」


閃いた時にはもう遅かった。振り返ると斧使いがエスカレーターを駆け上がって来るのを確認した。


「最悪じゃんッ!?」


 サナは急いで足元の車たちを蹴っ飛ばして奥へ逃げ込んだ。救急車のラジコンがサイレンを鳴らしながら追いかけてきたので、いったん立ち止まり力いっぱい足で踏みつける。サイレンは消えたがこの一台だけではない。消防車やパトカーも湧き、各々が好き勝手にクラクションやら音を出す。


 このテナント……一番、厄介なエリアかもしれない。

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