15/ つかの間の幸福

 真夜中のショッピングモールは昼間とは比べ物にならないほど不気味さに磨きがかかっていた。それも廃墟。肝を試すのにこれほど打ってつけな建物はない。


 サナは東口D付近の一階から二階に上がる階段の裏の陰で廃材を除去し座るスペースを確保、深く腰を下ろした。マネキンの群れを閉じ込めたブティックが近くにあるが、ちょうど死角だしここならばきっと見つからないだろう。

 次にウェストポーチからこの日入手して残った道具を検めていく。使い切ったガムテープの芯にライター、カッターナイフ。そして――


「切餅……」


 サナは顔をしかめた。真っ白だった切餅にかつての面影は見当たらずカビによって変色していたからだ。数時間前の餓死寸前だった時は涙が溢れるくらい高揚したのに我に返ればこんなもの。そんな自己中心的な思考を持った自分の人間性を憎んだ。しかし餅でよかった。カビは削ればどうにでもなるからだ。


 瓦礫を円形に退けてその中へ廃材を積み上げる。ガムテープの芯を潰してライターで炙り、燃え移った火を廃材へ引火させた。ぼぅ、と暗がりを照らす焚火はほんの少しだけ心を落ち着かせてくれる。さっきも言ったが死角になっており、明かりが漏れる心配はない。


「これからどうすれば……」


 だが冷静になればなるほど、寂寥感が募っていく。心細い。家族は、友人はどうしているのかな。捜索願とか提示されているかもしれない。となれば、全国にわたしの顔が晒されちゃう。求婚者が後を絶たないよ、きっと。

 なんて冗句をぼそぼそ喋って寂しさを和らげようと試みた。だが結果は変わらない。せめて話し相手が欲しいところ。


 サナはここに来る途中に針金を見つけていた。それなりに長かったので使い道があると思い拾っていたのだ。

 それを半分に曲げたのち、紙縒りのように結っていき先端で丸めていく。そこに削った切餅を乗せて焚火に近づける。すると即席の網が完成するというわけだ。やがて切餅は上下に膨らみ瓢箪のような形になった。食べごろである。カッターナイフで兜の隙間を通る大きさに切り分けてから口に運んだ。


「……ッ!?」


 あまりの美味しさにサナは瞳を潤ませた。初めてだった。餅がこんなに美味だと感じたことは。満たされる、とはこういうことを指すのだろう。その感動を言葉で表すのは些か難しい。

 その証拠に寂寥感は一気に吹き飛んだ。今なら眠れそう――と、思っていたがすっかり目が冴えている。憔悴しているのは明確なのにどうして……。


――あ、わたしブラックコーヒーを二杯飲んだじゃん。


 そう。脱水症状で生死を彷徨っていた彼女は、数分前に渇いた喉へブラックコーヒーを流し込んでいた。それによくよく考えてみると、ポルターガイストに囲まれたような場所で眠るのは愚策であろう。常に神経は張り巡らせておくべきだ。目を瞑るだけでも少しは休めるし。


――ここまで色々あったな……。


 大量のマネキンが襲ってくるし、ガラクタや瓦礫で形成された人形(?)に殴られたりガラスの甲冑を着た騎士に遭遇したり、まったく散々な一日だった。


 深夜は僅かに射し込む月光のみが光源となり行動に支障をきたす恐れがある。ポルターガイストたちの夜目が効かない保証はない。暗がりも敵と考えたほうがいい。となれば動くのは明朝。脱出の兆しが見えない以上、また水を確保しなければならない。


「あと武器になりそうな物も探さなきゃ。わたしのナックルパンチなんてたかが知れてるし」


 だが数分後、ナックルパンチを解禁する羽目になるとは知る由もなかった。

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