14/ 水 7

 ガラスの騎士を端的に言えば装甲に覆われたツタだ。人間で例えるならば、その役割は〝骨〟だと思う。いくら紙縒りのように結って強固されていると言えど所詮は植物。錆びついた中華包丁で切断まではいかずとも深い傷をつけるくらい造作もない。

 そして実行に移した直後、足蹴にしていた奴は彼女から離れた。


――効いている?


 そう言えば理科の授業で痛みを伝達する物質が植物にも存在するって言っていたような……。


――試す価値はある。


 サナはできるだけ角ばった瓦礫を拾い上げると、持ち前の制球力を活かして傷つけた部位へ投げ放つ。投じた瓦礫は鮮やかに命中し、僅かながら傷が広がった。その途端、奴はよろめいた。


――やっぱり……!


 ツタを重点的に切り続けていれば勝機はある。まずは奴の機動力を今以上に奪う必要がある。そのためにはもう片足の装甲も金槌で砕いてツタを剥きださせなければならない。少々、手間がかかるな。


「体力は精神面でなんとかなるかもしれないが装備の耐久力を考慮すると少しばかり無謀か……。なら、傷痍部位への追撃で左足を切断する方が得策かも……」


 騎士は足を引きずりながらも間合いを詰めてくる。

 サナは金槌を右手に持ち替えると、そのまま弱点へ投げつけた。先程の瓦礫とは比べ物にならない衝撃が騎士を前のめりに転倒させる。

 騎士を躱して、すかさず回り込んだサナは左足の切断に取り掛かった。振り下ろすと刃が折れるため食材を滑らせるように切っていく。

 騎士はツタの腕をしならせて背後へ振り払うも咄嗟に鍋蓋の盾でガードアクション。その瞬間、バキンッと金属音がテナント内に響く。ついに鍋蓋が悲鳴を上げた。縁から中心に向けて完全に湾曲している。もう使い物にならない。


 何度か鎧兜に連撃を食らうが、押さえつける力を緩めてはいけない。そして手を止めてはいけない。一心不乱に切り続けろ! 死にたくないなら! ただひたすらに! 本能が頻りに訴えかけてくる。


――あと少し……!


 ガキンッという音と同時にツタの切断に成功した。

 騎士は何とか起き上がろうと片足をバタバタ動かしているが這う事すらままならないらしい。腕による攻撃も弱まっている。


 初めて訪れた好機。


 現在、武器を帯びていないサナに残された攻撃手段はたったひとつ。

 サナはウェストポーチを弄って惣菜コーナーで汲んだ油を露出したツタに撒き散らし、倉庫で得たライターでツタを炙った。油に引火した火は瞬く間に装甲の内側に燃え広がり、ほどなくして騎士はガラス片のみを残して消滅した。


「わたしにも……戦えるんだ……」


 サナは蠟燭を吹き消すように微笑むと、糸の切れた人形のように前のめりに倒れ込んだ。

 アカリや友人たちとの高校生活。そして彼と遊んだ十二年前の幼い記憶すら鮮明に蘇る。これが走馬灯というやつか。

 プツン、と。現実から意識が途絶える音を聞く。まさか、生涯を〝脱水症状〟と〝疲労困憊〟で終えるとは思わなかった。




――まだ、終わらんよッ!


 わたしはまだ渇いた喉を潤していない。すぐそこに自動販売機があるというのに、このまま瓦礫と廃材に埋もれて堪るもんですかッ! まぁ、自動販売機に中身があればだけど。


 ふらふらと見えない何かに誘われるようにレストラン街の中央へ向かう。流暢な『コカ・コーラ』のロゴが側面に描かれた赤い箱は目と鼻の先。当然ながら自動販売機は機能していない。小銭や紙幣を投入したって商品は出てこないのだ。当然、持ち合わせはゼロなので、お金の代わりとして足元にあった大きめの瓦礫を掴み上げると勢いよく自動販売機へぶち込んだ。


 変化はない。ならば二回目。


 アクリル板が割れた。三回目。


 ガタンッと重い音がした。サナは必死の形相で取り出し口を覗き込む。中には缶が一本だけ転がっていた。


「や、やったッ!」


 水水水水水水水水水水ッ! 水ッ!!

 サナは期待を胸に取り出し口へ徐に手を突っ込み、缶を握り締めてそのまま引っ張り出した。全体的に黒くラベルにはダンディな男性の顔が描かれている。如何にも、大人の風格が漂う一品。


「コ、コーヒー……!」


 しかもブラックかよッ!? 砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーならまだしも、いきなりブラックとなると少し抵抗がある。だが背に腹は代えられない。サナは無骨な籠手で開封し、鉄兜の隙間から構わず口へ流し込んだ。あまりの苦さに顔をしかめてしまう。


「げほッえほ……!?」


 挙句には気管に詰まって咳き込んでしまう始末。そのコーヒーは生温かく、とても飲んだ気分にはならなかったが、数分前に比べて身体は随分と楽になった気がする。


 サナはもう一度、自動販売機に衝撃を与えてみた。どうか次は、せめて『つめた~い』でお願いします。

 ガタンッ。再度、取り出し口が重い声を上げた。取り出すと、またも黒を背景に渋いおじさんが。つまりさっきのと同じコーヒー、当然ブラックだ。唯一、異なるのは温度だけ。


「確かに冷たいけど……」


 まさかダブるとは……。電気の通っていない廃墟の自動販売機から同じコーヒーが出てくるなど奇跡に近い。もし、何も排出されなかったらと思うとゾッとしてしまう。その恐怖がコーヒーに対する感謝を増幅させるのだった。


 憂いあれば何とやら。今後に備えて、水の確保はしておいたほうが良いに決まっている。その後、サナは何度か自動販売機を殴打したが、それ以上何かが出る事はなかった。

 気が付けば、辺りは月の光以外の光源がなくなりつつある。ひとまず暖を取れる場所を探そう。ぶっちゃけ、もう休みたい。

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