13/ 水 6

 今一度、サナは装備を検める。無論、ガラスの騎士から目を離さずに手探りで。


 まず食品売り場の倉庫で拾った金槌に、今しがたここで入手した中華包丁。打撃と斬撃をこなせるのは喜ばしいがリーチの短さが難点だ。

 鉄兜、鎧は外傷こそ見られるが、耐久性に問題はない。しかしガムテープで腕に括りつけた盾兼鍋蓋はあと一撃が関の山だろう。

 ウェストポーチには同じく倉庫で見つけた、カッターナイフにライター、黒ずんだ油と非常食の切餅くらい。

 それに床には瓦礫やら廃材やらが散らばっている。制球力には自信があるので、投擲も視野に入れておくべきだろう。



 騎士はずかずかと無造作に間合いを詰めてきた。サナは背を向けず後退しながら、片方の手に二種の武器を収めて近くにあった椅子を掴みそのまま投げようと試みたが、腕力が足りず片手だけで持ち上げる事は出来なかった。自分の筋力のなさを恨んだが、掴んだ手前に何かしらアクションを起こさないと好機は訪れないと考えたサナ。


「よいっ……しょ!」


 可愛らしい掛け声と共に椅子を引きずりながら騎士の前へ転がすように放り投げた。僅かではあるが騎士は怯んだ素振りを見せた。その一瞬の隙を見逃さず迎撃――なんて達人的技術、平凡なわたしにあるだろうか。


 否、断じてない。


 サナは無意味な自問自答をしつつ、さらに壁際へと後退していく。

 せめて、わたしの技量でも攻撃できる隙がほしいところ。その長い時間をどうすれば確保できるのか。鉄兜のなかで「むぅ」と低く唸り算段を立てる。


 しかしそれを気長に待つほど騎士はお人好しではない。


 騎士は先程投じた椅子を手に取り片手で軽々と持ち上げると、そのままサナに向けて放り投げた。さながら鼻をかんだチリ紙をゴミ箱へ捨てるように。


 サナは咄嗟に右へ回避。そのまま出口に向けて疾走。ガラスの騎士から距離を置く――つもりは毛頭ない。

 サナは騎士の背後へ回り込む。助走は十分に稼いだ。非力な自分でもダメージ値に期待が持てよう。

 サナは騎士の後頭部目がけて金槌を振り下ろす。


 ガシャンッと激しい音を立ててガラスの兜が崩れ落ちると中身のツタが露わになった。アクションゲーム特有の弱点部位が出現、というシチュエーションだろうか。

 これで脳震盪でも起こしてくれたら有り難いんですが。


「起きるわけないか。無機物と植物の塊だし」


 しかし願望空しく騎士は振り向いた。やはり戦うしかないらしい。今の一撃で相手のボルテージが上昇してしまっている。


「あっぶな……!?」


 騎士はサナの頭部目がけてガラスの腕を振り払ったが、咄嗟の反応で奴の攻撃は頭頂の空を裂いた。その意図は、おそらく仕返しのつもりだと思うが。


「ムッ……カつくぅ!」


 サナは次第に苛立ちを募らせていった。食欲も相俟ってその効果は抜群だ。ポルターガイストなんてよく分からない現象に何故ここまで翻弄されなきゃいけないのか。どうして怯えなきゃいけないのか。サナは金槌を握る手を強張らせ、腕のガラス装甲を砕いて見せた。


「まだまだッ……!」


 がむしゃらに叩き続けるうちに左足の破壊にも成功、ツタが露わになった。機動力を守る下段の守りは少しでも薄くしておいたほうがいいに決まってる。

 しかし人生、そう上手くはいかない。それはサナがもう片方の足を壊しにかかった時だった。


「ぁぐッ……!」


 砕き損ねた右足がサナの腹に衝撃を与えた。鎧兜を身に着けているとは言え、華奢な彼女に合わせた軽い素材で仕立てられた装備だ。蹴り上げられたサナはそのまま瓦礫の上に落下。腹と背中に激しい痛みが走る。


「ぅ……」


 サナは叩きつけられた反動で堪らず胃液を吐き出した。生暖かい感触が肌を撫でるも不快な臭いはあまり気にならない。それほど胃が伽藍洞であるという事か。

 騎士は起き上がれないサナを足蹴にすると容赦なく鉄兜を踏み続けた。金属音が兜内でけたたましく響き渡る。思わず気が変になりそうなほどに。


「……」


 虫の息同然だったサナは抵抗する姿勢を見せなかった。仮に形成を逆転させる算段が整ったとしても、体力が如何せん足りておらず失敗は目に見えている。このまま瞼を閉じれば楽になれる、そう確信しているはずなのに実行できないのは何故だ。


――ここに来た目的はなんだ。

――いま、自分がすべきことはなんだ。


「み……水……」


 そうだ。水を求めてわたしは今ここにいる。サナはありったけの力を込めて中華包丁で剥きだした足のツタを切った。騎士は怯んで彼女から退く。

 サナは騎士を睨みつけながら立ち上がった。まだ死ぬわけにはいかない。水を飲むまで。いや、この腐ったモールから脱出するために。

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