12/ 水 5

 ツタを結って形成された体躯にガラスの甲冑を身に着けた騎士がサナに殴りかかった。


「ガラスはあっても……」


 サナは咄嗟に腕に括りつけた鍋蓋で攻撃を防ぎ――……


「騎士道精神の欠片はないよう……ねッ!」


――すかさず、先端に金槌を固定したつっぱり棒で攻撃に転じた。ガシャンッとガラスが割れる音がレストラン街に響き渡る。


 やはり金槌は最強! と思ったのもつかの間。


 つっぱり棒が根元から折れていた。三メートルを一メートルに縮小して強度を増したと言えど百円ショップで拾った代物だ。耐久力などたかが知れている。それに力いっぱい薙ぎ払ったせいでガムテープで固定した部分が緩んでいるし。

 ガラスの騎士は意にも介さず、逆の拳でもう一度殴ってきた。少し防御が遅れたサナは足の踏ん張りが足りずそのままテナントの中に吹っ飛んだ。


「いっつぅ……」


 こちらとて鎧兜を身に着けているが痛いものは痛い。

 鉄兜を抑えながらも立ち上がる。衝撃でつっぱり棒は完全にお釈迦だ。武器はもはや金槌単品。リーチは極端に減ったもののないよりは幾分かマシである。

 騎士がテナントに入ってきたので鍋蓋を構えたサナだったが思わずギョッとした。鍋蓋の縁が大きく折れ曲がっている。


「アルミ製だから知っていたけどさぁ……!」


 耐久面がいくら予想通りだったとはいえ実際にひん曲がっていれば驚く。そんな状態の鍋蓋なんて見た事ない。それよりも防御性能の低下はかなり痛いな。相手は殺す気満々だろうし。


――あと一発ってところね……。


 その〝一発〟の使いどころは必ず存在するはずだ。それを見極めるまでわたしにできることはひとつ。


「逃走……一択ッ!」


 サナは歩行から突進に転じた騎士を転がるように回避してテナントを抜け出した。幸いにも奴は鈍足だ。しかし心身共に限界だったサナに遠くまで行く余力はない。やむを得ず、ふたつ隣の『紅牙亭』と力強いフォントで書かれたテナントに身を潜める事にした。

 ん? 紅牙亭……? どこかで聞いたような……。


「そうだ。アカリがここの麻婆豆腐についてレビューしていたっけ。それにしても広いわね……」


 おそらくレストラン街では一、二を争う広さだろう。となれば武器になりうる代物もあるかもしれない。サナは身を屈めながら奥に設けられた厨房へ踏み込んだ。

 ほんっと、廃墟になる前に訪れたかったよ。




「う……」


 予想はしていたが食品売り場同様に散乱していた肉やら野菜やらに蠅や蛆虫が発生していた。つまり嗅ぐに絶えない腐敗臭ということだ。まぁ、鮮魚コーナーより酷くはないが。


 しかしそうなってくると冷蔵庫を開けるのはひどく億劫になる。すでにブンブンと蠅が飛び交っているし。だが開けないわけにはいかなかった。『死因:冷蔵庫を開けなかった』なんて、まっぴら御免だ。

 意を決して、冷蔵庫の取っ手に手を伸ばした。中身の状態は語るまでもないだろう。


 サナは勢いよく冷蔵庫を閉めてその場で蹲った。吐きそうになったが鉄兜越しにぶちまけるのは避けたかった。

「兜を外せばいいのでは?」とか言われそう。しかし、留め具の外し方が……分からない。わたしが何をしたって言うんだよ……。まぁ、今は現状打破に全力を注がなければならないんだけどさ。


「あ……」


 サナの視界に捉えたのは半開きになった棚。隙間から覗く料理店には欠かせないアイテム。


――中華包丁……!


 酸化して錆びついており、とても本来の使い方はできそうにない。しかしツタを切るくらい、容易にこなすだろう。帯びて損はない……はず。


「あとは……」


 サナは他に目ぼしいものがないか辺りを見渡した。


「うーん、どうやらないようね」


 その時、杜撰な足音が耳に届いた。


「来たようね」


 奴のお出ましだ。ない事を悔やんでいても仕方ない。今は持ち合わせた道具で迎撃するしかない。


 ガラスの塊なんかに殺されたくないからね。

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