11/ 水 4

「まだ可能性はある……!」


 食品売り場から離れたサナは東口A付近の案内図を食い入るように見つめていた。


「ここなら……きっと……!」


 廃れているが、これほどの規模を有するショッピングモールにはレストランのひとつやふたつ経営していたに違いない。その考えは的中しており、このショッピングモールはかつて『レストラン街』なるエリアが存在していた。場所は一階の東口Bのちょうど真上。側にある階段を登って南へ進めばいい。

 この施設に迷い込んで数時間、乾パンしか腹に入れていなかった。食品売り場の倉庫でカビの生えた切餅を入手したがとても喉を通りそうにない。カビのついた部分は削れば食べられるが、問題は『水』だった。


「はぁ……はぁ……」


 サナはここまで一度も水分を補給していない。どういう意図か皆目見当つかないが、いつのまにか全身を包んでいた鎧兜は留め具が未だに外せない。軽い素材で仕立てられているとは言え、初めての甲冑はかなり動きづらく熱もこもりやすい。そのうえポルターガイスト現象に振り回され、喉の渇きは加速していくばかり。気を抜けばパタリと逝きそうだ。


「ここね」


 ゲート入口でサナを見下ろす、西洋のデザインが採用されたアーチには、洒落た字体で『レストラン街』と刻まれていた。当時は人気のエリアだったのだろう。しかし今やガラス片が散らばり、天井壁にはツタがすっかり伸び切って、見る影もなくみすぼらしい姿に成り果てていた。

 その無残な光景を目の当たりにしているうちに、サナのなかで苛立ちが募りだし、やがて言葉となった。


「面影なんかより、水を残せっての!」


 ふん、と鼻息を荒だて愚痴をこぼしながら、各テナントを大まかに調べていく。

 モール内が薄暗くなってきたが、まだ明かりを有するほどではない。しかし、もたもたしているわけにはいかなかった。捜索は深夜より明朝のほうが良いに決まっている。それよりもサナは確信していた。


 翌日まで体力がもたないことに。


 まさか自分で自分の余命を宣告するとは夢にも思わなかったよ。

 レストラン街を巡ってすでに半分のテナントを調べ尽くしたが、水はおろか食料ひとつ見つからない。サナのなかで暗雲がたちこめる。このまま収穫がなく徒労に終わった場合、犬死にもいいところだ。


「それだけは……避けたい……」


 すると、切実な思いを募らせて呟くサナの視線があるものに突き刺さった。


「も、もしかして……!」


 自分はなんて馬鹿なのだろう。なぜ、コレの存在を忘れていたのだろうか。サナの視界に捉えたのは真っ赤な箱だった。側面には『コカ・コーラ』と流暢なフォントで刻まれている。そう、自動販売機だ。

 廃れたモールでぽつんと立ち尽くす様子は主人の帰りを待つ犬のようにも見える。当然、電気は通っていないがこのショッピングモールの管理者がケチでなければ中身が詰まっているかもしれない。サナは力を振り絞って自動販売機へ駆け出した。


「あれ……?」


 しかしサナは、レストラン街の出口まであと数十メートルのところで歩を緩めた。


「わたし疲れているのかな……いや疲れているんだけども」


 無意味な自問自答を済ませ、目を擦って首を動かし見回した。


「伸びている……?」


 錯覚だろうか。さっきよりツタが成長しているように思えて仕方がない。この時、サナは心底嫌な予感がした。ろくでもないことが起きそうな気がする……。


「ここでポルターガイストかよぉ……」


 運命を司る神がいるならば、なぜこうも試練を出したがるのか。

 生い茂るツタが人型に結われていき、レストラン街の各テナントで散乱していた大量のガラス片がツタの身体にまとわりついていく。さながら甲冑と言ったところか。

 やがて出来上がったその姿は、まさしく騎士そのもの。サナは表情を強張らせつつごくりと生唾を飲んで口走る。


「こいつを壊して……」


 サナは鍋蓋を構えて、金槌を取り付けたつっぱり棒を握る手に力を込めた。殺気を感じ取ったのか、ガラスの騎士もファイティングポーズで身構える。


「水を飲む……! 邪魔するなッ!」


 こうして、レストラン街での戦いの火蓋が切って落とされた。

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