09/ 水 2

「ゴ、ゴーレム……?」


 咄嗟に名付けてみたが強ち間違いではないと思った。瓦礫や廃材は土に類似しているし。

 ゴーレムは商品棚を薙ぎ倒しながらゆっくりと近づいてくる。


「か、勘弁してくらさぁい……」


 情けない自分の声を聞いた。ここにきて、あんな強そうなのと相まみえなければいけないのか。サナは頭痛を通り越して吐き気さえ覚えた。そんな彼女の心境など露知らず、ゴーレムは瓦礫を擦らせ耳障りな音を奏でる。さながら咆哮のようだ。

 しかし、サナは不思議と怖いとは思わなかった。食欲が恐怖心さえ食らうとは恐れ入る。


「きっつ……」


 正直、勝てるとは思っていない。疲労困憊、脱水症状を伴うサナに残された勝ち筋はひとつしか見つからなかった。


「逃げるしかないッ!」


 サナは怒鳴った。宣戦布告と受け取ったのかゴーレムは掴みかかってきた。偶然、膝がガクンとなったおかげで脇に回避。そのまま転がるように冷ケースから距離を置く。幸い、ゴーレムの動きは遅い。しかしサナは立ち去る気はなかった。何としても水を得なければならないからだ。


 一度、テナントの外へ向かいゴーレムが追ってくると同時に奥へと引き返す。それがサナの算段だった。我ながら陳腐な策略だと思ったが、所詮は無機物の集合体。この程度でも問題ないと高を括ったが、深刻なことに打開策が見つからないというのが本音だった。


「はぁ……はぁ……」


 意識が朦朧とする。まずいと実感したサナは、ウェストポーチから乾パンをいくつか掴むと、兜の隙間から無造作に口に流し込んだ。非常食としては優秀だが喉の渇きを悪化させるのが難点ではあるが。


「さて、ここから離れなきゃ」


 ゴーレムは商品棚を薙ぎ倒しながら接近している。サナはゴーレムの目を盗んで反対側から冷ケースへ赴き、目を血走らせて付近を模索するも……。


 空。空。空。空。すべて、空。


 幾度となく床に手を這わせたが、結果は虚しく中身の入ったペットボトルは見つからなかった。


「そんな……」


 サナは絶望のあまり口角を歪ませ、次第に可笑しさがこみ上げてきた。こもった笑い声が辺りに響き渡る。ゴーレムの耳にも届いたのだろう、共鳴するかの如く咆哮を轟かせていた。杜撰な足音が徐々に大きくなっていく。

 サナは潔く死を受け入れるつもりだった。醜く喚きながら懇願するくらいなら、そうしたほうが格好がつく。ちっぽけなプライドであると自覚していたが、死に際くらい選ばせてほしい。

 ゴーレムは目と鼻の先まで来ている。サナは瞼を閉じて俯き、その時を待った。


「……ん?」


 どうしたのだろう。ひと思いにやってくれよ。しかし目を瞑ってから数秒、一向にその時は訪れない。

 たまらず顔を上げたと同時、サナは絶句した。

 百円ショップで遭遇したポルターガイスト、通称『ガラクタ人間』がゴーレムを襲っていたのだ。異様な光景を目の当たりにして、げんなりと肩を竦めた。


「ここまで追ってきたわけ……ご苦労ね」


 どうやら助けてくれるわけではなさそうだ。餌はわたし。奴らはさしずめ、目の前の獲物を奪い合うハイエナといったところか。


 なんにせよ、この機を逃すわけにはいかない。


 サナは迅速かつ、できるだけ音を立てずに離脱を試みた。幸い奴らは互いを壊すべく夢中になっている。そのまま、わたしを蚊帳の外へ置いてくれるとありがたいんですが。


「そう都合のいい展開なんてあるわけ……」


 サナは淡い期待を抱いて後方へ目をやった。


「うっそ……まじ……?」


 サナは口をあんぐり開けた。

 ゴーレムはすでに半身を失いつつも馬鹿の一つ覚えみたいにガラクタ人間を殴り続けている。が、奴は崩れるたびに再生を繰り返すため、ゴーレムの攻撃は無意味に等しい。それでも執拗に破壊しようと奮闘するさまは、まるで自らの尻尾を追いまわす犬のように滑稽だった。


「い、今のうちに……」


 サナは食品売り場の裏側――業務用通路に立ち入り、朦朧とする意識下で周辺を散策した。


「……なんか臭う」


 餓死寸前で過敏になった嗅覚が油の臭いを嗅ぎ取った。どうやら発生元は惣菜コーナーらしい。錆びついたフライヤーには墨汁のように黒ずんだ油が放置されているが、さすがに飲めそうにない。顔に落胆のいろを滲ませてコーナーを一瞥してみる。一縷の望みをかけて。


「水は……ないか」


 しかし都合のいい展開は二度起こるとは限らない。サナは転がっていたペットボトルとキャップを手に取った。このサイズならばウェストポーチに収まるだろう。

 それを油のなかに沈めると、ごぽごぽと音を立ててペットボトルは黒ずんでいく。火を炊く際の燃料はもちろん、使い方次第で武器にもなり得るだろう。そしてポーチに押し込んだ後、コーナーを這うように抜け出した。


 大きな収穫……だと思いたい。

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