08/ 水

「食品売り場ってどこだっけ……」


 サナは疲労と脱水症状気味からか脳があまり機能しておらず、ど忘れを催していた。かろうじて空腹は乾パンで賄えたが。


「確か一階に案内図があったはず……」


 百円ショップから抜け出したサナは、もはや階段と呼ぶに相応しいエスカレーターを降って一階にいた。


「ゔぇえ……」


 虫食いがひどく二階から上のフロアが破れた案内図を眺めていると、思わず兜のなかで嗚咽にも似た声が響く。

 東口に位置するブティックからは、未だにマネキンたちが騒いでいる。廃れたショッピングモールだが運良くガラス扉のロックは機能していたため、物干し竿を使うまでもなかったらしい。奴らの力で開くことはないだろう……多分。

 食品売り場は一階の北側に設けられており、サナは南側にいる。つまり真逆、最も遠いということだ。


「み……水……」


 水道はきっと使えないだろう。市販の水が頼みの綱だった。今なら例え、生温くなっていようと腐っていようと好物のように飲むことができる。


 これは賭けだった。


 体力なんて限界もいいところ。離れにある食品売り場までが関の山だと悟っていた。もし賭けに敗れたらその場で眠ろう。サナは、そう考えていた。

 つっぱり棒を武器に、アルミ製の鍋蓋を盾がわりに帯びてゾンビの如く足取りで北へ向かった。


 サナは通路の真ん中を避けて、立ち並ぶテナントへぎりぎり入らない距離をキープして移動した。監視されている恐れも無きにしも非ずだからだ。ほどなくして四差路で足を止めた。そのまま突き進めば、食品売り場は目と鼻の先にあった。しかしサナは通路を折れて遠回りを選んだ。


「絶対怪しいってアレ……」


 本来なら選ぶべき進行方向に、廃材や瓦礫が不自然に積み上げられていた。

 もはや歩くだけで精いっぱいだったサナ。ポルターガイストへ立ち向かう気力は皆無に等しかった。無駄なエンカウントは避けたい。心霊現象に殺されてたまるもんか。少なくとも水の有無を確認するまで死ぬつもりはない。


 そして、溺れるほど飲みたいです。




 苦労の末、たどり着いた食品売り場は案の定廃れていた。生鮮食材が放つ腐臭が蝿たちを喜ばせている。こちらからしたら迷惑極まりない。

 コンビニなどでは他の商品も一瞥してもらうために、売り上げの良い飲料水のコーナーを店の奥へ設けられていることが多い。ここもその業態に該当していたらしいが、はっきり言って勘弁してほしい。ただでさえ、広い敷地で端まで横断するのはいささかくたびれる。

 これまでの教訓を経て商品棚へ身を潜めながら奥へ奥へと進んでいく。常に隠密に動く。ポルターガイストと出くわすのは御免だ。


「あッ!」


 思わず声をあげようとしたが、なんとか踏みとどまることができた。しかし浮かぶ笑みまでは抑えが効かない。サナの視線が刺さったのはかつて冷ケースだった商品棚。そのなかで荒らされた無数のペットボトルの数々を目にした時、疲れが一気に吹き飛んだ。


「た、助かった……!」


 すでに喉が干からびていたサナは、辛抱ならず冷ケースへ嬉々として駆け寄った。この時、彼女は無意識に隠密という概念を意識の外へ追いやっていた。ゆえに冷静さを欠いていたサナは気づかない。


 背後で不自然に積み上がった残骸に。


 百円ショップの時と同様に、瓦礫と廃材が集められ人型に組み立てられていき関節の稼働を検めると目の前にある背中めがけて拳を放った。


 反応に遅れたサナは正面の冷ケースへ頭から突っ込んだ。ガラスの破片が床に散乱する。兜がなかったら重傷を負っていただろう。


「ゴ、ゴーレム……!?」

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