07/ ガラクタ人間

 ショッピングモールの中は、嵐の前の静けさを彷彿とさせるほど静まり返っている。そして著しく廃れていた。さっきのブティックに吊るされていた洋服もカビや虫食いによってひどく傷んでおり、とても客に勧めれる状態ではない。マネキンも一斉に襲いかかってくるし。これは〝ポルターガイスト〟って見解でいいのかしら。

 が、それよりもサナにはある心配事があった。


「喉が渇いた……ついでにお腹も」


 そう。〝飢え〟だ。特に水を欲していた。

 永遠に着ることがないと思っていた甲冑の内側は止まっているだけでも蒸し暑い。鎧兜の中では軽い素材を使用しており風通しも悪くないほうだとは思うが。加えて、全速力で走ったり物干し竿を振り回したり、のしかかられたりすれば身体中の水分はたちまち失われていく。

 干からびる前に兜を取りたいところではあるが、情けない事に兜や鎧の留め具の外し方が分からない。それでもサナは熱気に負けじと、ふらふらおぼつかない足取りで案内図が貼られた柱へ歩み寄った。


「あはは、ひどい格好」


 途中、ショーウィンドウに映る自分の姿を見て滑稽だと嘲笑った。夥しい傷が甲冑のあちらこちらに刻まれており、床や瓦礫などの上に倒れたこともあったせいかどこか薄汚れている。初めて見た時は、もっと真新しかったはずだが。表情は兜のひさしに隠れて見えないがおそらく、憔悴して情けない顔をしていることだろう。

 サナは呆然と案内図を見ていたが、ほどなくして目を輝かせて閃いた。


「百円ショップ……もしかすれば水くらいあるかも」


 百円ショップはブティックのちょうど真上に位置する。サナは電気の通わぬエスカレーターで二階へ上がり、ゲームセンターを通り越して百円ショップへと赴いた。


 なんと酷い有様だろう。


 日用品や使い方のよく分からないものが床を覆い尽くしている。本当に食料があるのだろうか。サナの心中で猜疑心が募る。


「あッ!」


 サナは思わず声をあげた。

 ちょうど雑貨が積もっていない場所にぽつんと目当てのものが落ちている。それは非常食として名高い乾パンの包みだった。水ではなかったものの充分すぎる。

 ラッキー、と。サナはゆっくりと包みに歩み寄り手を伸ばした時だった。


 カタカタカタカタカタカタ……。


 包みがひとりでに震えだし、やがてサナの目の高さまで浮かび上がる。それだけではない。散乱した雑貨――ガラクタが一斉に上昇するとサナ目がけて飛んできた。


「……ッ!?」


 兜を着けているが反射的に両手で顔を覆ってしまう。防ぎ切れない部位は鎧のおかげで痛みはあまり感じない。


「うん?」


 サナは妙だと思った。

 通り抜けていった大量のガラクタが地に落ちる音がしない。浮遊した状態を保っているのだろうか。だとすれば、また襲いかかってくるかもしれない。


「そうはさせな……」


 サナは振り返って絶句した。

 ガラクタたちが人間の姿を模して背後に立っているではないか。糊で貼り付けただけの、まるで小学生の工作のよう。題目は『ガラクタ人間』で決まりだ。


「はは……床掃除お疲れさま……」


 サナは冗句混じりに引きつった笑みを浮かべ、熊と出くわした対処法と同じように目を離さず後退りをする。ガラクタ人間も警戒しているのだろうかその場から動こうとしない。

 とりあえず武器なしで挑むのは無謀極まりないので、サナはじりじりと業務員専用の裏口まで後退すると身を翻して駆け込んだ。追いかけてくる足音は聞こえない。袋の鼠だと思い込んでの行動だろうか。


 いずれにせよチャンスだ。


 この間に使えそうなものを探さなければ。倉庫内もまた、段ボールの空箱や倒れた商品棚で足の踏み場がほとんどない。空箱を蹴っ飛ばしながら模索するなかで、未開封のセラミック包丁を見つけた。


「これは……使えないかなぁ」


 武器としては申し分ない代物だが、相手の身体は雑貨及びガラクタだ。刃が通る可能性は薄く、刃毀はこぼれも免れないだろう。それならばマネキン同様に叩き壊せる武器が好ましい。


「これで行こう」


 床から引っ張り出したのは、最長で三メートル伸びるつっぱり棒だった。サナは強度を増すため一メートルに縮めて、二、三回素振りしてみる。


 うん、悪くない。


「来たようね」


 ほどなくして奴が入ってきた。がちゃがちゃと耳障りな音を立ててゆっくりと近づいてくる。走れないのか? そう思ったのもつかの間。奴は跳ねるように走り出した。


「そんなわけないかッ!」


 浅はかな思考に陥った自分を呪いたい。奴は腕を振りかぶりバケツをはめた拳で殴ってきた。サナは素早く躱して迎撃を試みるも、ガラクタ人間は強引に腕を払ってそれを阻止。

 もう一打ッ! そう思って踏み込んだ、その時。


「ぅわッ!?」


 畳まれた段ボールに足をとられてバランスを崩した。ぐらつくサナを見て、好機だと思わぬ者はいない。例え、それがポルターガイストだとしても。

 ガラクタ人間は勢いそのまま、腹部へ拳を放った。甲冑を着ているとはいえ、彼女の体躯は華奢な部類に当てはまる。殴り飛ばさたサナは段ボールの山に埋まった。


「いった……」


 鎧越しとはいえ痛いものは痛い。衝撃でつっぱり棒も手放してしまったし。獲物を仕留める肉食動物の如く、じりじりと距離を詰めるガラクタ人間。その手にバケツはなく、代わりにサナが手放したつっぱり棒を握っていた。


「まっず……」


 ガラクタ人間はつっぱり棒でサナの身体を叩きつけた。がんがんとけたたましい音が兜内で反響し、耳を塞ぎたいが兜のおかげで叶わない。音は鳴り止むことなく、奴は容赦なく叩き続ける。


――このままじゃ、やられる……!


 焦燥に駆られたサナは辺りを見回した。


――アレだッ! 


 視界に捉えたのはアルミ製の鍋蓋だった。偶然にも近くに転がっていたらしく、迷わず手を伸ばす。


「こんの……!」


 やんちゃな子供なら誰もがやるだろう。鍋蓋を盾のように構えて攻撃を受け流し、縁で奴の手元を力いっぱい叩いた。さらに鍋蓋を突きつけ、そのまま身体を預けるようにしてガラクタ人間を押し返す。


「これでも……」サナは床に落ちたつっぱり棒を素早く拾い上げた。「くらえッ!」


 渾身の力で奴の頭へ棒を薙ぎ払う。頭部を形成していた部位のガラクタが吹き飛んだが、こういう手合いはどうせ再生するはず。ならば、少しでも再生時間を稼いで逃げるべきだ。そう考えたサナは間髪入れずに脇腹を殴打し、続けざまに膝の関節を砕いた。幸運にも乾パンの包みが奴から引き剥がされる。

 包みを掴み取り、サナはテナントの入り口まで走った。ヒットアンドアウェイとはまさにこの事。去り際に、ちらりと背後に目をやる。


「やっぱりね……」


 彼女は肩を竦めた。予想どおり、もう一度ガラクタが一箇所に集合し、まさしく〝再生〟らしき現象が起きていたからだ。

 その後、振り返ることなく疲労を忘れてテナントを飛び出した。当初の目的は果たせなかったが乾パンの入手は大きい。


「食品売り場に行くしかないか……」


 げんなりと肩を落として愚痴をこぼした。外はすでに暗くなりつつある。

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