二章

06/ 甲冑少女

「ぅ……ん……?」


 あまりの寝心地の悪さに覚醒した少女、八重桜やえざくらサナ。

 虚ろな瞳で辺りをざっと一瞥してみる。床は瓦礫や廃材が散乱し、一歩踏み出せば塵や埃が舞い踊りそうなぐらい汚れていた。壁や柱も似たような状態で、腐敗が進み亀裂も生じている。ところどころに張られた蜘蛛の巣が、内装を一層みすぼらしく見せていた。

 サナはぼやけた目を擦りながら思考を働かせる。


「んー……家ではないな。わたしの部屋ここまで汚くないし」


 だとすれば学校? いや、平日五回は掃除が行き届いているからノーだ。確か友人とショッピングモールに昼食を食べに来たけど見事に満席。仕方なくモールをぶらついていると『おばけやしき』なるイベントが開催中だったので入場。特に異常もなく出口にたどり着いたはずだけど……。

 自分の身に何があったのだろうか。しばらく考えてみる。該当なし。その事実が、ぼんやりとした意識へ刺激を促した。


「ここ……どこッ!?」


 サナは焦燥のいろを浮かばせて立ち上がろうとした。しかし身体がものすごく鈍く感じられる。寝起きだからだろうか。だが、気怠さとは明らかに異なる物理的な重みだ。サナはすっかり覚めた瞳で自身を検める。


「な、なにコレ……!?」


 サナは湧き上がる驚嘆を抑えることができなかった。それもそのはず。


「な、なんでわたし……鎧なんか着てるのッ!?」


 どういうわけか、サナの身体は甲冑に包まれていた。顔も鉄兜の奥に隠れており、文字通り全身を鉄で固めている。しかしそれ以上にゾッとしたのは、この甲冑が華奢な身体にジャストフィットしていたことで誰かに採寸されたかと思うと不気味で堪らなかった。


「そうだッ! アカリッ!」


 サナの呼びかけに答える者はおらず無情にも廃墟の中で響くだけ。この辺りにはいないらしい。そもそも、このよく分からない建物に彼女がいるのかすら怪しいが。


「ふんッ!」


 サイズもあるがおそらく軽い素材で作られたのだろう。華奢な彼女でも少し力をこめると立ち上がる事ができた。しかし軽いといっても、鉄は鉄。だが時間が経てば重さにも慣れるはずだ。


「うーん……わたし誘拐されたのかしら?」


 その場で立ち尽くし、もう一度ここまでの経緯を思い出そうと試みるも、まるで心当たりがない。考えても分からないのなら行動に移すしかないだろう。


「とりあえずここから出ないと。このままじゃ不法侵入になっちゃう」


 サナは仰いだ。施設はミルフィーユのように上へ上へと何層にも重ねられた構造をしている。この時、彼女にある疑惑が浮上した。


「ここって……もしかしてショッピングモール?」


 よく見れば、先の見えない通路をテナントと思しき建物が連立してずらりと並んでいる。

 ならば、と。意気込んで近場にあった柱へ回り込んだ。そして疑惑は確信に変わる。


「やっぱりね。思ったとおり」


 サナが見つけたのは施設の案内図だった。『RUTEMISルテモ』とは構造がまるで違っている。虫に食われたり、二階より上のフロアが破れているなど、劣化が進んでいるが読めないことはない。最悪、現在地さえ把握できればよかった。


「それにしても広すぎ。だからいろんな店を詰め込めるのね」


 サナは少なからず感心した。廃業こそしているが、客のニーズに応えようとする企業意欲が垣間見える。だが今はどうでもいいことだ。サナはすぐさま、意識の外へ追いやった。


「で、ここはスポーツ用品店の前だから南側」


 なんとなくテナントへ足を踏みいれようとしたが、何かに気付いたサナはぎりぎりで立ち止まる。


「なんだか不気味」


 直感が違和感を語りかける。なぜ破れたスポーツウェアやシューズ、ボールが無造作に散乱しているなかマネキンだけは倒れていないのか。

 不穏な予感を察知したサナはその場から離れようと目線を少しだけ背けた。


「うっそ……」


 再び正面を向き直った時、思わず目を疑った。余所見をしていたマネキンたちが一斉にこちらを向いていたのだから。


 襲いかかってくるのではないか? 


 疑惑がサナの脳裏をよぎり半ば反射的に落ちていた物干し竿を手に取らせた。

 物干し竿を構えて様子を窺っていたがマネキンは動く素振りを見せない。


「考えすぎかー」そう言って、踵を返した直後だった。


 がらがらとプラスチックが擦れる音が背後から耳に届く。まさかと思い、振り返った彼女は絶句した。マネキンの数はざっと見て五十体を優に超えており、群れをなして一斉に襲いかかってきたのだから。


「やっば……」


 サナは東口Dと表記された出入口へ走り出した。廃れたショッピングモールに電気が通っているわけないか。仕方がない、自動扉を手動で開けようと力を込めた。


 しかし扉はぴくりとも動かない。


 やむを得ない、サナは物干し竿を力いっぱい扉へ叩きつけた。だが割れる気配は一向にせず、先にこっちが折れてしまいそうだ。追ってくるマネキンの群れへ向き直り、すぐそばにあったテナントへ駆け込んだ。幸運にもガラス扉はつっかえておらずすんなりと入れたが……。


「やっちゃった……」


 前言撤回、幸運だと思った自分が心底恨めしい。身を投じたテナントはブティックだった。スポーツ用品店で動くマネキンを目視していたら嫌な予感は払拭されない。何せ、ここは衣類専門の店。つまりマネキンの数は勝らずとも劣ることはないはずだ。


 サナの予想は不運にも的中した。マネキンたちが一斉に向かってくる。身を翻して出ようとするも、施錠を怠っていたため我先にとマネキンが押しかけてきた。


「最悪じゃんッ!」


 サナは車輪のついたハンガーラックを押しながら、強引に群れを突破して奥へ逃げ込んだ。しかし事務室からも予備のマネキンが溢れている。背後を取られるくらいならと、サナは壁を背後にマネキンの群れを迎え撃つ覚悟を決めた。


 いや、マネキン相手に覚悟て。



          §



「数が多いってのー!」


 サナは苛立ちを募らせていた。無理もない。見知らぬショッピングモールのブティックの壁を背後に、休むことなく襲いかかるマネキンの群れを物干し竿で次々と追い払っていたからだ。


「あーもう! 埒があかない!」


 サナは一瞬の隙を突いて壁際から抜け出し、ブティックの外へと走り出した。カタカタと不気味な音を立てて追いかけてくるマネキンの大群など、わざわざ見なくても想像だけで事足りる。

 サナは傍にあったハンガーラックを後方に投げ捨て、少しでも奴らの動きを止めようと試みるも効果は薄かった。それでも数体ほどは足を取られて転覆している。出口までは、あと五メートルにも満たない。


――やった!


 サナは安堵を覚えた。しかし、それは慢心に他ならない事を瞬時に悟った。突然、ハンガーラックの陰から一体のマネキンが飛び出しサナに体当たりをかました。


「……ッ!?」


 体当たりの衝撃で頭から落下した。ガツンと鈍い音が鉄兜の中で反響する。


「ちッ……!」


 サナは舌打ちをした。やや脳髄がぐらつくが気絶までには至らない。兜をかぶっていたのが不幸中の幸いだった。

 さらにマネキンはのしかかっては、執拗に殴る蹴るを繰り返す。兜に次いで鎧も身につけていたサナは嘲るように鼻で笑ってみせた。奴らは誰ひとりとして武器になりそうなものを持っておらず生身で攻撃してくるだけ。作りがプラスチックのマネキンに鉄の装甲は破れない。擦り傷が関の山だ。のしかかられても、たかが知れている。


「いい加減に……しろってのッ!」


 なおも動きを止めない群れに堪らず憤りをぶつけた。散らかっていたハンガーを咄嗟に掴み、さながら子供の喧嘩のように縦横無尽に振りまわす。


 実質、ハンガーではなく籠手で殴っているのだが。


 サナはがらがらと積み上げられていくマネキンを払いのけて立ち上がり、手から零れた物干し竿を拾い上げて疾走した。ブティックのガラス扉を勢いよく閉めてから、帯びていた物干し竿で施錠しその場から速やかに立ち去った。今となっては甲冑の重さなどあまり気にならない。


「これが『無我夢中』ってやつなのね……」


 ため息混じりに漏らした愚痴は鉄兜のなかでひどく淀んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます