03/ 無駄足

 都会の駅は複雑で入り組んでおり、案内図を眺めても現在地が分からない。さながらミノタウロスの迷宮のようだった。しかし先行する白藍のカットソーにジーンズを身にまとったアカリは一切の迷いなく歩を止めることはない。


――都会では常識なのかしら。


 田舎出のサナには肩身が狭かった。上京してどれだけ圧倒されてきたか……。


「さっちん、急いで!」


「わ、分かってる……けど……」


 サナは心底参っていた。通勤ラッシュにより、この狭い通路を何百人と忙しなく右往左往しているのだから。この様子だと車内は壮絶な事になっているはずだ。乗車前から憂鬱になり泣き出しそうになる。

 アカリの誘導でなんとかホームにたどり着いた。ほどなくして電車がやってくる。


「行くよー」


 どうしてこうもあっけらかんとしていられるのか。サナにとっては高校の抜き打ちテストのほうがいくらかマシに思えた。




「さっちん大丈夫?」


「大丈夫に見える?」


 サナは憔悴していた。電車を二回乗り継いで降りたのは廃れた駅のホームだった。ここに来るまでの辛さたるや語るまでもないだろう。


「で、例のお屋敷は……?」


 アカリは罰が悪そうに目を逸らして告げた。


「ここから……徒歩で一時間くらい……」


 思わずサナは眩暈を覚えた。朝早くから旅立ち、人波にもまれながら二時間かけてここまで来たのに、さらに鞭打って歩かなければならないのか。罰ゲームもいいところだ。


「さっちん……」アカリは機嫌を損ねまいとおそるおそる聞いてきた。「怒ってる?」


 深刻な面持ちで窺う彼女へ、吹っ切れたサナは微笑んで見せた。


「怒ってる。だから気が済むまで付き合うよ」


 アカリは満面の笑みを浮かべて抱きついた。「さっすが、さっちんッ!」


 調子がいいんだから。サナはわずかに頬を赤らめた。別に恋心とか百合ではない。


「それじゃあ行きましょう」


 アカリは大きく頷き、ホームの階段を降りるよう促した。雑草は手入れされておらず伸び伸びと生い茂り、地面もまた、舗装されたアスファルトとは打って変わって凸凹している。ヒールやサンダルなんか歩くのは酷だろう。


 やはりスニーカーで来て正解だった。


 この辺りは、どことなく実家のある田舎を彷彿とさせる。つまり慣れているということに他ならない。いっぽうアカリはその地形に困惑しているようで、都会のシステムに悪戦苦闘していたサナはなんだか嬉しくなった。すると表情に出ていたのかアカリが「どうしたの?」と疑問を投げかける。


「別に?」サナはにっこり笑ってとぼけた。




 一時間後。茂みをかき分けて進んだ末に見つけたのは不法投棄されたゴミの山だった。それを眺めていたアカリは深々とため息をつき、げんなりと肩を落とした。「来るんじゃなかったー」


 それはこっちの台詞だ。例の屋敷は半年前に取り壊されたらしく、立地などから買い手もつかず、いつしかゴミ捨て場に生まれ変わったとのこと。ゴミを見るために三時間を費やし、また三時間かけて帰るのか……。サナは吹き出した。同時、アカリも高らかに笑い出す。どうやら考えは一緒らしい。


「納得いかなぁい!」駄々をこねる子供のように文句を垂れ流すアカリ。


「いい思い出になったじゃん」サナはからかうように労わった。


「戻ったらモール行こうよ。お腹すいちゃった」


 アカリの提案を無下にすることはできなかった。気が済むまで付き合う、と言ってしまった以上、どうしようもあるまい。


「そうね。せっかくだし食べに寄っていこうか」


 屈託のない笑みを交わしつつ来た道を引き返す。山奥なだけあって真夏日と言えど肌寒い風が吹き抜けていく。

 なにを食べるかを議論に暇を潰す、サナとアカリ。この時はまだ、ショッピングモールで起こりうる奇想天外にして不可思議な事件に出くわすなど、ふたりは微塵も思っていなかった。

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