甲冑身に着けて廃墟脱出

時乃ながれ

序章

00/ 着信

『ポルターガイスト現象』


 特定の場所において、誰ひとりとして触れていないのにもかかわらず、突然物体が移動したり叩いたり、発光、発火などが繰り返し起こるという通常では説明のつかない現象である。これは世界各地で最も目撃例の多い心霊現象で、現代科学での解明を困難としていた。この事実はオカルトマニアからすれば、喜ばしいことに違いない。

 だが、マニアたちは知らない。実際にポルターガイスト現象に出くわしたわけでもなく、ただ動画や写真で妄想を膨らませているだけの彼らに対してひとこと言ってやりたい。


 ポルターガイストは、ひどく面倒で鬱陶しい心霊現象である――と。



          §



「……!」


 その光景に思わず目を疑った。余所見をしていた『 』たちが一斉にこちらを向いている。

 襲いかかってくるのではないか、という疑惑が少女の脳裏をよぎり半ば反射的に落ちていた物干し竿を手に取らせた。

 物干し竿を構えて様子を窺っていたが『 』は動く素振りを見せない。


「考えすぎ……か」


そう言って、踵を返した直後だった。がらがらとプラスチックが擦れる音が背後から耳に届く。まさかと思い、振り返った彼女は絶句した。『 』の数はざっと見て五十体を優に超えており、やがて群れとなって一斉に襲いかかってきたのだから。


「うっそでしょ……!?」


 少女は東口Dと表記された出入口へ走り出した。こんな施設に電気が通っているわけないか。少女は自動扉を手動で開けようと力を込めた。しかし扉はぴくりとも動かない。背後から迫る『 』の群れ。明らかに敵意むき出し。絶望的な状況に少女は舌を噛み千切る覚悟を決めた。


 どうしてこんな目に遭っているんだろう。すべては昨晩、友人との会話から始まった。



          §



「明日から夏休みだし、肝試しに行こうよ」


 昨夜、八重桜やえざくらサナはLINEを通じて友人と通話していた。


「えぇ……嫌だよ……怖いし」


「大丈夫だよ。別に夜中に行くわけじゃないから」


「でも……」


 友人は決めあぐねていたサナをここぞとばかりに畳みかける。


「心配ないよ。じゃ、明日そっちに行くからね」


 一方的に通話を切られ、半ば強引に決定が施された。


「はぁ……どうしよ」


 サナはため息をついてベッドで横になった。ほどなくして眠気がわたしを襲う。虚ろう意識のなか、サナにはひとつ気がかりがあった。


「何時に来るんだろう……」



 翌朝、サナを起こしたのはセットしたスマホのアラームではなく、頻りに鳴り響くインターホンだった。苛立ちを募らせたサナはゆったりと身体を起こしおぼつかない足取りで玄関に向かう。誰の仕業かは見当がついているが、念には念をということでドアスコープを覗いて確認した。限りなく白に近い、淡い青色のカットソーにすらりと伸びたジーンズで仕上げたカジュアルな服装の友人――沢岸さわぎしアカリがそこにいた。


「やっぱり……」


 サナは鍵を開けて挨拶代わりに文句をひとつ。「アカリさぁん。いま何時だと思っているわけ?」


 その質問にアカリは怪訝ないろを浮かべ「それはこっちの台詞」と答えた。


「何時って……」サナは彼女が腕に巻いている腕時計に視線を落とした。短針は〝八〟を指している。


「まだ八時じゃん……」


「何言ってんの! 八時でしょッ!」


 あぁ、そうか。彼女は早起きなんだっけ。休日でも六時前には起床しているらしい。休みなんだから、そんなに張り詰めた生活しなくてもいいのでは……。


「分かったから……とりあえず準備するから。上がって」


「お邪魔しまーすッ!」


 一年前に田舎から上京してきたサナは界隈の安い賃貸アパートで一人暮らしをしているため、気軽に友人を招き入れる事も容易にできた。洗面所へ赴き、寝ぼけ眼に冷水をぶっかける。洗顔を終えたサナはアカリに尋ねた。


「ちょっと散らかっているけど我慢して。あ、朝ごはん食べた?」


「もちろんッ!」


 アカリは豊かな胸を張って威風堂々とした態度で答えた。規則正しい友人には聞くまでもなかったか。サナは冷凍しておいた食パンをトースターで焼き、余ったレタスと少量のマヨネーズを挟んで即席のサンドイッチを作った。座椅子でくつろぐアカリを尻目にサンドイッチを口へ運ぶ。一人暮らしを始めて一年、いかに余り物が大事なのかを学んだ。サナは咀嚼を減らして朝食を済ませ、歯を磨くために再び洗面所へ。


「今、着替えるから」


 サナはパジャマを脱ぎ捨て、デニムのホットパンツとキャミソールを着こなし、クローゼットに吊るした薄手のパーカーに袖を通した。


「それでどこに行くの?」


「えっと……」アカリがスマホの画面を指で走らせる。「あ、ここよここ」


 突きつけられた画像に対して、サナはあからさまに顔をしかめてみせた。いかにも怪現象と所縁のありそうな不穏な屋敷。今は廃墟らしいが、かつて富豪でも住んでいたのかとてつもなく広い。


「そんな邪険にしないでよ」


「顔に出てた?」


 するとアカリはとぼけるサナに向かって悪戯を企む子供のような笑みを浮かべてからかうように言った。


「可愛いお顔が台無しよ」


 世辞とは分かっているが、可愛いと言われて悪い気はしない。ましてやスッピンならなおの事。ま、化粧なんて滅多にしないし、するとしても日焼け止めクリームかニキビケアくらいかな。


――これを機に女子力を磨いておくのもいいかもしれない……。


「ありがとね。それじゃ行きましょうか」


 一応、礼を済ませて出発を促すとアカリは一足先に玄関から飛び出した。天真爛漫な彼女に振り回されることは少なくない。だが、決して不快ではなかった。持ち前の積極性アグレッシブのおかげもあって、高校で順風満帆な生活をおくれているのだから。


「ほんっと似てるんだよね……」


 サナは感慨深くボソッと言った。というのも、アカリの性格が十二年前に行方不明になった幼馴染とそっくりだからだ。時折、彼の面影と重なって思い出してしまう。その都度、胸が痛み、切なくなり、心細くなる。


 彼女はその感情を肝試し以上に嫌っていた。

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