32:初めての公演2(演目の打ち合わせ)
町を包む朝靄が消え、柔らかな陽光が広場を照らす。ニースは、朝食が終わった一座と打ち合わせを行うべく、馬車に乗り込んだ。ラチェットが寝床にしていた客車の長椅子には、遅く起きてきたマルコムも含め、全員がニースと共に座っていた。
ラチェットが、興味深げに口を開いた。
「ニースは、どんな歌を歌えるのかな」
「えっと、ぼくが歌える
ニースは、伯爵家で歌い手から教わった石歌の名前を次々に挙げていった。
石には様々な種類があり、それぞれの石に合わせて、歌う石歌は変わる。火石には火石歌を。雷石には雷石歌をという風に、対応した石歌を適切に歌わなければ、石の力は発現しなかった。
グスタフとマルコムが、感心したように声を漏らした。
「そんなに色んな歌を覚えてるのか」
「まだ小さいのに、ニースくんは凄いな」
「いえ、そんな……」
二人に褒められて、ニースは照れくさく感じ、はにかんだ。メグが、不思議そうに声を挟んだ。
「私が踊った歌は、どれだったの? 不思議な言葉があったけど」
石歌には言葉があるが、その言葉はニース達が話すものとは違う、古代文明の言葉だ。歌でしか伝わっていない、古代文明の言葉は「
メグの問いに、ニースは戸惑いがちに答えた。
「石歌は全部、歌言葉があるんだけど……メグが踊ったのは、歌石歌だよ」
ニースにとって歌石歌は、辛い記憶となる歌だ。ニースは記憶を上書きするように、羊の番をする時は、歌石歌を歌っていた。
ラチェットがメガネをくいと上げ、優しく語りかけた。
「じゃあ、今回の公演でも歌石歌をお願い出来るかな」
羊やマシューたちの前でなら平気で歌えるようになった歌石歌だが、たくさんの観客を前に歌うとなると、ニースは、どうしても伯爵家での出来事を思い出してしまう。
ニースは、胸の痛みを感じながら答えた。
「あの、その……。他の歌じゃダメですか?」
「ニースが“調子外れ”だって話はメグたちから聞いたけど。もし万が一にも、何かのきっかけでニースの歌の力が出てきたら、危ないと思うんだ」
歌石は、石歌を記憶する石で、直接何か変化が起こる石ではない。精々光るだけであり、その光も、特殊な加工を施した物でしか確認出来ない微弱なものだ。
優しく答えたラチェットの言葉に、グスタフとマルコムが頷いた。
「ラチェットの言う通りだな。この町は小さいが、商人や旅人も多い。小型の発掘品や発明品を持ち歩いてる人もいるかもしれない」
「そうだな。それにこの広場は、町長の家からも近い。さすがに町長は、発掘品を持っているだろう」
二人の言葉に、ラチェットは苦笑いを浮かべた。
「それだけじゃありません。
ラチェットの言葉に、メグが驚き、目を見開いた。
「あれにも石がついていたの? 私、初耳だわ」
ジーナが、あははと笑った。
「やーね、メグちゃん。あんな大きい鉄の塊をたった二頭の馬で引いて、山道をパッパカ走れるわけないじゃなーい。おバカさんねー」
「もうっ、お母さん! バカって何よ!」
言い合いを始めた二人を見て、ニースはウスコの喧嘩を思い出し、母娘の
「ぼく、石歌じゃない歌も、自分で作って歌えます」
「作曲も出来るのかい?」
「作曲ってわけじゃないですけど、その場で適当に歌ったり……」
町の人々から請われて歌う時は、ニースはいつも、即興で歌っていた。グスタフが興味深げに、語りかけた。
「どんな歌なのか聞かせてくれるかな」
「はい」
ニースは緊張を感じたが、すぐに力を抜いて、軽快な
「parara……ru-ru……」
「なるほどなぁ。こりゃまさに楽器だな」
グスタフが感嘆の声をあげると、マルコムとラチェットも頷いた。
「まるで鳥の声……いや、鳥でもないか。何にも似てないが、良い音だ」
「ええ。これなら、確かにいいかもしれません」
グスタフたちは耳を澄ませて歌を聞いた。心地いい音色に、喧嘩をしていたメグたちも動きを止めて聞き惚れた。
ニースの歌が終わると、グスタフがメグに笑いかけた。
「メグ、今日はこれで踊ってく……」
「いやよ」
父であり座長であるグスタフが全て言い終える前に、メグはバッサリと叩き落とすように断った。まさかの拒否に、グスタフの顔が泣きそうに歪み、馬車の空気が固まった。
「お嬢。今の何が嫌なんだ?」
マルコムの疑問に、メグはハッキリと理由を述べた。
「だってそれ、ニースの即興でしょ? 舞台で踊るのに、合わせるのが難しすぎるわ。何年も一緒に旅すれば別だけど、まだ会ったばかりのニースの即興に合わせるなんて、私には無理よ」
しゅんと肩を落とすニースを慰めるように、ジーナがニースの頭をそっと撫でた。
「ニースくん、ごめんねー。でも確かに今のメグちゃんは、ニースくんの即興に合わせて踊るのは無理だと思うわー」
ジーナは元踊り子として、優しい声で意見を伝えた。ニースにも、それがどれだけ難しいことなのかは、何となく理解出来た。
「ニースくん、どうするー? ニースくんにとって、歌石歌は辛い思い出なんかもあるのよねー?」
メグは一座全員に、ニースの過去について話していた。ジーナの言葉に、ラチェットが気まずそうに声を漏らした。
「あー、そういうことなら、無理はしないでほしいかな……」
グスタフが、困ったように眉根を寄せた。
「だがラチェット。それならどうする? 他の石歌にして、もしもニースくんの歌の力が戻ったら……」
「踊りと歌を別にするのはどうだ?」
マルコムが上げた声に、メグは顔をしかめた。
「それは嫌よ。私、ニースの歌で踊りたいもの。手品でどうにか出来ないの?」
「お嬢、さすがにそれは無理ってもんだ」
メグたちが口々に対応策を話し合う中でも、ジーナは優しくニースの頭を撫でていた。ニースは一座の温もりを感じ、自分の気持ちを確かめた。
――みんな良い人たちなのに、ぼくのせいで困らせちゃってる。ぼくだけ甘えてて、いいのかな。
ジーナは、ただ静かにニースが決めるのを待っていた。ニースは、ふぅと息を吐いた。
――ぼくは、ぼくの歌でメグに踊ってもらうために来たんだ。それに、あの時と今は違う。見に来るのは町のみんなで。ぼくの歌を好きだって言ってくれる人たちもいるんだ。
ニースは自分の胸の内に、怖いと思うのと同じぐらい、踊りに合わせて歌いたいという気持ちがあるのを感じた。
――がんばろう。あの時とは、ぼくはもう違うんだ。
ニースは覚悟を決め、ぎゅっと手を握ると、ジーナに礼を言い立ち上がった。グスタフたちは話をやめて、不安げにニースを見つめた。
ニースは皆の顔を見て、ハッキリと宣言した。
「ぼく、大丈夫です。みなさんに迷惑をかけたくないし、メグのためにも歌いたい。町の人たちは優しいし、歌の力が必要なわけじゃない。歌石歌を歌います」
ニースの瞳には、強い意志がこもっていた。グフタフたちは顔をほころばせ、ジーナが、ぎゅうとニースを抱きしめた。
「偉いわー! なんて偉いんでしょー!」
「ちょっと、お母さん! ニースが死んじゃう!」
メグが必死にジーナをニースから引き剥がすと、ニースは頭をフラフラさせた。ジーナがぺろりと舌を出したので、馬車は笑い声に包まれた。ニースはふらつきから立ち直ると、皆にぺこりとお辞儀をした。
「みなさん、よろしくお願いします」
グスタフたちが、にっこり微笑んで頷いたので、ニースは、くすぐったく感じて頬をかいた。
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