25:旅芸人がやってきた2(ニースの受難)
数日後、ウスコは家を訪れた。ニースとの約束通り、一座の公演日を教えにきたのだった。
「明日の昼過ぎに、中央広場でやるそうだ」
「明日ですか……」
知らせを聞いてニースの胸は躍ったが、仕事があるのを思い出し、しゅんと肩を落とした。刈り取った羊毛を、洗う日だったのだ。話を聞いたマシューは、声を挟んだ。
「ニース、仕事なら気にするな。行っておいで」
「いいの?」
不安げなニースに、マシューは、はははと笑った。
「もちろんだ。元々、わし一人でやってたことばかりなんだ。羽を伸ばしておいで」
「おじいちゃん……ありがとう!」
マシューに抱きつくニースを見て、ウスコが優しい笑みを浮かべた。
「マシュー。ニースに小遣いを渡しておけよ。広場の公演はタダでも観れるが、投げ銭の数が少ないと、町に来なくなっちまう」
「そうだな」
マシューはニースの頭をくしゃりと撫で、銅貨を数枚渡した。
「ニース。これは小遣いじゃない。お前さんの稼ぎだ」
「稼ぎ?」
「働いた分の金だ。投げ銭に使ってもいいし、町で好きなものを買って食べてもいい。何に使うかよく考えて、好きに使いなさい」
「ありがとう! ぼく、大事に使うね!」
ニースはその夜、もらった銅貨を握りしめてベッドへ潜り込んだ。
――手品って、何をするんだろう? 芸人さんの踊りって、ダンスパーティーとは違うのかな。どんな音楽に合わせて踊るんだろう。
ニースは、ワクワクを抑えきれず、なかなか寝付けなかった。
翌日。ニースは昼食を終えると、一人で町へ向かった。最短距離で広場へ向かおうと、ニースは銅貨を握りしめ、鼻歌を歌いながら裏路地を駆ける。ニースの瞳は、いつもより何倍もキラキラと輝いていた。
角を曲がれば広場という時。少年たちがニースの行く手を塞いだ。
「おい、ニース。どこ行くんだよ」
立ち塞がった少年たちの中から、マルコが一歩前へ出た。マルコの腰には、いつもと同じ木剣がぶら下がっていた。
マルコは腕を組み、ニースを睨みつけた。
「まさか旅の一座を観に行くんじゃないだろうな」
「そうだよ。ぼく、これから観に行くんだ。マルコは?」
マルコは、ふんと鼻を鳴らした。
「俺たちも観に行くつもりだったけどな。予定が変わった。お前なんかと一緒に観たくない」
「そうだ、そうだ!」
マルコの言葉に、取り巻きの少年たちが同調するように声を上げた。その中の一人、細身の少年エリックが、マルコの隣に出てきた。
「マルコさんの言う通りだ。旅の一座には、可愛い女の子もいるんだぞ。なんでお前はまた、別の女にちょっかいかけに行くんだよ」
「エリック。ぼくはそんなつもりで観に行くわけじゃないよ」
「なら、さっさと帰れよ!」
エリックの声に合わせて、少年たちが帰れ帰れと囃し立てた。ニースは銅貨を握る手に、ぎゅっと力を入れた。
「お願いだよ。ぼく、せめて手品だけでも観てみたいんだ」
引き下がらないニースに、マルコは木剣の柄に手をかけ、怒気を上げた。
「お前と一緒になんか、俺たちは観たくないんだよ。早く帰らないと、ぶん殴るぞ」
「マルコ……」
ニースは怯みながらも、動かなかった。エリックがマルコに、媚びるように話しかけた。
「マルコさん、言っても無駄ですって。やっちまいましょうよ!」
「……っ!」
エリックの言葉に、少年たちがニヤニヤと笑みを浮かべる。ニースは悔しくて仕方なかったが、じりじりと後ろへ下がり、踵を返して走り出した。
走るニースに向けて少年たちからヤジが飛び、数人の少年がなおも追いかけてくる。ニースは口を結び、必死に走った。ニースの瞳には、涙がうっすらと滲んでいた。
ニースは路地裏を駆け抜け、川を渡り、町を抜ける。遠回りしながら、牧場の片隅へたどり着くと、ニースは息を切らして膝をついた。力の抜けたニースの手から、銅貨が溢れ落ちた。
「あっ……!」
ニースは慌てて拾い上げ、後ろを振り向いた。ニースを追いかけていた少年たちの姿は見えなかった。
――諦めてもらえたんだ……。
ニースは膝を抱えて座り込み、ぎゅっと唇を噛んだ。
――せっかく休みをもらったのに。おじいちゃんに、何て言えばいいんだろう……。
ニースは涙を堪えて、膝に顔を埋めた。強く握りしめた拳に、土で汚れた銅貨が刺さる。痛みを感じるニースの傍らで、水色の小さな花が、風に揺られていた。
山に日が落ちる頃。ニースは、とぼとぼとした足取りで家へと歩き出した。ニースは玄関の前まで来ると、大きく深呼吸して、頬をぱんと軽く叩いた。笑顔を形作ると、ニースは扉を開けた。マシューが笑顔で、ニースを出迎えた。
「おかえり、ニース。楽しかったかい?」
「うん。とっても面白かったよ。おじいちゃん、仕事代わってくれてありがとう」
ニースは結局、マシューに本当のことは言えなかった。心配をかけたくなかったのだ。ニースの嘘に、マシューは気付かなかった。
「そうか。それなら良かった。また来週も広場で公演があるらしいから、その時も観に行ったらいい」
マシューの意外な提案に、ニースは目を見開いた。
「……いいの?」
ニースの遠慮した声に、マシューは笑いながら答えた。
「ああ。滅多に来ないんだから、町に一座がいる間ぐらい観に行ったらいい。店での公演に連れて行ってやれたらいいが、酒場にお前さんを連れて行くわけにはいかんからな」
山あいの小さな町に、娯楽は少ない。普段から手伝いを頑張るニースに、マシューは少しでも楽しみを与えてやりたいと考えていた。
ニースは、次こそは手品や踊りが観れるかもしれないと喜んだ。
「ありがとう、おじいちゃん!」
「金は、また来週やるからな」
「ううん。それはいいよ。ぼく、まだ残ってるんだ」
「そうか?」
「うん! なくなったら、頼んでいい?」
「ああ。いいぞ」
ニースは、鼻歌を歌いながら手を洗いに行った。事情を知らないマシューは、微笑みを浮かべた。
――よほど楽しかったんだなぁ。ニースが楽しめたようで良かった。
嬉しそうなニースの歌に耳を傾け、マシューはシェリーの背を撫でた。
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