第674話


妖精たちの協力のもと、調合ミスをしている『にわか錬金師』3人、そして分かっていて放置した錬金師5人が判明して捕縛された。


「『腹くださせそう』の知識を持ってないなら、錬金師の肩書きを返しなよ。錬金師がいながらこんな事故を起こしてさ、死者が出てたらどうなってるか知ってる? あ、知ってるんだね」


さああっと錬金師たちの顔色が変わっていく。全身も小刻みに震える。言わなくても知っているなら恐怖でしかない。


「残り短い、かもしれないその生命……大切に生きな」


そう言い捨てて私は彼らを見捨てた。

死者が出た場合、その人が服薬してから死ぬまでの苦しみを関わった全員が追体験する。死者が多ければ体力を奪われて身体も衰弱し、精神をすり減らして実際に死ぬこともある。


薬師やくしの道に足を踏み入れた時点で、それを承諾したことになる。生命を救う薬が、生命を奪うことになってはいけない。それが薬師やくしと神との誓約。たがえれば重い罰を受ける。死者の苦しみを追体験することで、自分の薬がどれだけ患者を苦しめたかを身をもって知るためだ」


だからこそ錬金師の道に入る人は少なく、誓約のある薬師やくしはさらになり手が少ない。



「誓約とはそんなに厳しいものなのか?」


ダイバにそう聞かれて頭を縦に振る。心配性のシーズルの表情が険しくなる。


「普通にレシピのとおりに調合するつくるならいいんだよ。新薬だって、完成するまでに幾つものリスクをともなう。それが分かった上で手をだすかどうかは本人の自由と覚悟の問題」

「それでも手を出したというわけか」

シーズルの言葉に私は頷く。ただし一部は訂正しよう。

「連中に覚悟はない。たぶん言いだすよ『こんな結果ことになるとは思わなかった』などね」


そんな言い分で誓約が発動を止めるはずはない。薬師やくしは生命と密接に関わるもの。だから子供の調剤は慎重になるし、大人用の調剤レシピしか出回っていない。


「子供は体重によって与える薬の量が違うんだよ」

「子供は大人用の半分、とかじゃないのか」

「…………シーズル? いつか子供ができて、もし病気になったら大人用の薬をあげるから飲ませたら? そして子供が死ぬか、生命が助かっても後遺症が残った姿を見て、自分の言葉が愚かだったって苦しめばいいよ」


私が怒っている理由がわからずに「え? なに怒ってるんだよ」と言われた瞬間に、ノーマンの拳がシーズルの脳天に落ちた。


「おっまえなぁ! エミリアの薬師やくしを侮辱したんだぞ!」

「そんなつもりは……」

「エミリアが孤児院の子どもたちが病気になったときに調薬に行ってるのを知っているだろうが! ひとりひとりの症状と使える量を確認して作ってるんだよ。お前のいう通りだったら、大人用を半分与えればいいだけでエミリアはいらないだろ」


ノーマンは薬師やくしとしての私に用があると必ず付いてきた。守備隊の隊長だったことで、興味津々な子供たちが近付かないように見張っていた。子供が吸ったら危険な薬草の粉末も、汁が目に入れば失明するものもあるからだ。


シーズルはノーマンに叱られて土下座して謝った。薬師やくしではない者が薬師やくしの仕事を侮辱したことになるからだ。

……報復に、妖精たちがシーズルにイタズラをしたが、ダイバもノーマンも止めなかった。


《 寝てる暇がない? じゃあ起きてたらー? 》


そう言ってかけられたら何日も徹夜可能の『妖精のめざめこな』で寝ることもできず休む余裕もなく。もちろん休憩をとらない身体に疲れが蓄積していった。


《 ねむりたいのー? じゃあ、ぐっすりおやすみー 》


そう言って何日も眠り続ける『妖精のねむり粉』を振りかけられて半月眠りっぱなしになった。


シーズルは今でもトラウマになっている。……ノーマンはシーズルのアニキ分だった。あんな風にノーマンに叱られて妖精たちから報復しかえしされるのもシーズルには日常だった。

もう、自分を叱ってくれるノーマンはいない。

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