第643話


「温浴にいやしの水を使わせてください」


各地の温泉地や治療院からポンタくんがそう言われたのは本が出版された直後からだ。巨人族の島には私が直接許可を出しちゃったからだ。ピピンに温浴について、リリンには惜しみなくハーブの知識を与えてくれたお礼としてだ。


「どうしますか?」

「あっかんべ〜」

「はい、全部断っておきます」


実はいやしの水とハーブを使った温浴がどう効能に影響が出るのかわからない。家でハーブ風呂をしたときに間違った使い方をされたら責任問題になる。

巨人族の名誉を守るためにも、厳しい規制は大事なのだ。


「いやしの水を使ったハーブ風呂に入りたければピュリアス島に行けばいい」


巨人族の住むピュリアス島は、この先もハーブ温泉に特化した島として人々に受け入れられていった。


「おい」

「ん? なあに?」

「『なあに?』じゃない。それって最近の話じゃないのか?」

「戦争が始まる前だよ」


戦争が始まってからは出かけられる余裕はなかったからね。


「こっそりダンジョンに入ったり、こっそり騰蛇の所へ行った帰りに外へ出かけたり、正面から堂々と帰ってきたり。テントの中で錬金と調合のおかまちゃんと遊んだり。空を飛んだり、キマイラたちの神域で遊んだり、正面から堂々と帰ってきたり。空から出かけたり、巨人族の島で一週間遊んできたり、正面から堂々と戻ってきたり」

「お・ま・え・は・か・く・れ・て・な・に・を・し・て・る・ん・だ⁉︎」


ガシッと頭を掴まれた。


「えっと……修学旅行?」

「学生じゃないだろ」

「じゃあ、慰安旅行。イテテテテテテ……! ギブッ」


頭に乗せられたダイバの指に力が入り、アイアンクロー状態になる。


「お・し・お・き・じゃあ!」

「やあああん! パパあ、じいじ! 助けて〜!」

「「よしよし」」

「じいじが助けてやろう」

「いやいや、ここはパパであるわしが」

「いやいや、ここはじいじであるわしが」


2人が低次元な小競り合いを始める。その間もギチギチと頭を絞める指に力が入って……


いちゃい」

「てえい!」


パコンッという音がして、紙で作られたカブトをかぶり棒状に丸められた紙がダイバの腰に当たった。


「うをっ!」

「エミリアをはにゃせえ!」


え〜いっ! やあっ! とおっ!

ポッフンッ、ポフポフッ


フィムがダイバを叩いているが、紙は配達で野菜カゴや木箱の底に敷かれていた紙のため柔らかく、強度は包装紙と変わらない。そのため叩いても痛くはない。


「うわっ、まてまてっ!」


しかしダイバが大げさに逃げ回ると、その後ろをフィムが追いかける。ダイバもフィムが追いかけて来られる速さで逃げている。


「おーっ、カッコいいぞ!」

「エミリアを守る小さな騎士、頑張れー」


みんなから声援を受けたフィムはさらに士気を高める。


「お前ら、どっちの味方だ!」

「「「我らはエミリア教の信徒だ!」」」

「よってフィムを正義の使徒として応援する!」

「うらぎりものぉぉぉ!!!」


ダイバとアゴールの隊員たちがフィムに声援を送る。その声に応えようと張り切るフィムに、ほかの客たちからも応援が入る。ひょいっと転ばせようとしたらしい足をダイバは器用によける。


「障害物競走みたい」


そう言って笑う私のそばでは別の盛り上がりを見せている人たちが。


「魔物の攻撃をかわす練習にちょうどいいな」

「足だとケガをするから棒術と取りあわせるか」


ダンジョン管理部で特訓指導を受け持つアルマンさんとコルデさんが楽しそうに話し、その会話が聞こえたのかダイバの同僚たちの笑顔が引きっている。


「白虎ちゃんも鍛錬に協力しているんですって?」

「はい、腕立て伏せのときに協力を頼まれています」

「追いかけっこも妖精たちと一緒に手助けしているって聞いたわ」

《 うん、楽しいよ 》

「たまにキマイラも一緒です」

「ああ、キマイラと白虎ちゃんに追いつかれた連中には妖精たちのボール遊びに付き合ってもらっている」


フーリさんたちも加わった部外者の私たちは楽しく話す。当事者には地獄の鍛錬を笑顔で。でも妖精たちが一緒ということは危険性はないということ。


妖精たちはひとりずつボールに入れるだけではなく……ピンに入れてボーリングもしている。点数は関係なく、ピンが派手に飛んだかどうかで盛り上がっている。


「ちゃんとアラクネ製の服を着るのよ」

《 はーい 》


妖精たちはピンの頭に座ってピンと一緒に《 きゃああああ♪ 》と楽しそうに飛ばされている。遊び半分ではなく完全に遊びのようだ。

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