第636話


不死人しなずびととされた上、一族からの追放の処罰として右足を斬り落とされたセリシアが村を追われて2年。

ランディとセシリアはセシリアの両親の喪が明けた翌年に結婚した。前年にはセイリアとイクスンの結婚が行われている。姉妹の結婚は村に新たな幸せと繁栄をもたらした。


村の警備をになうイクスンは仲間たちやセイリアと共に、嗅覚と聴覚に視力も封じて昏睡させたセリシアを荷馬車に乗せてバラクビルの国境の森に捨てた。村の位置は国内外には知られていない。竜人の特異を目的に私利私欲で狙われる可能性があるからだ。


バラクビル国の村もそうだが、名前がついていないことが多い。自分の村から見た「東の村」と方角で言っていたり、「森の村」「湖のほとりの村」「山里の村」など地域でさしたり、「木工の村」や「みかんの旨い村」と特産で呼ばれている。……まあ、そこに住む人たちは、自分たちがどう呼ばれているのかを知らないことがほとんどだ。脳内で花を育てて蝶を舞いあそばせているセリシアは、自分の村がどう呼ばれていたのかをもちろん知らない。


荷馬車はひと月かけて国内を彷徨さまよう。方角を惑わせるためだ。セリシアは特異を持たない竜人だ…………妄想癖に特化した竜人ではあったが。


「村から出てどちらに向かった」


幌を下ろした荷馬車に乗せても向かった方角が分かったり、夜空を見上げて星を読めたり、わだちの音で地面の状態を読むことができたり。セリシアにそんな上等な知識がないことは誰もが知っているが、それでも『まぐれ当たり』という奇跡を懸念けねんするセシリアを安心させるための用心だ。


ひと月24日間国内を走り回ってたどり着いた国境の森の奥の岩穴に、左腕と右足を失って松葉杖を餞別せんべつに与えられて置き去りにされた。嗅覚と聴覚に視力は回復したが、焼鏝やきごて美貌びぼうを失い、額の焼鏝やきごてで声も失ったセリシアに誰も近寄りはしないだろう。


平和な日々は数十年で崩壊した。



10年ほど前から、まだ小さかった隣国に別の進化を辿たどった一族の竜人たちが住み着き始めていた。龍化する彼らにとって岩山の尾根は住みやすいようだ。


「バラクビル国に住んでいた竜人が移り住んだ」


そんなウワサが広がったものの、すぐに打ち消された。そして新たなウワサが大陸中に広がった。


「王家が不死人しなずびととなった竜人娘を囲っている」


それが事実だったため大変な騒ぎとなった。隣国で内乱が勃発、しかしすぐに鎮圧された。竜人たちが住み着いていたのも事実だったのだ。王家の後ろに竜人たちがおり、彼らが蜂起した国民たちを根絶やしにしたのだ。そして竜人たちが龍化したままバラクビル国を襲った。

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