第599話


雪の中、高く掲げられたその手には、たったいま斬り落とされたばかりの『パルクス国最後の王』の首が……いや髪が握り締められていた。一瞬の間を置いて地響きのように上がる歓声。地上からパルクス国が消えることで存在が認められなくなるよりも、望んでもいない戦争が終わったことが嬉しかったのだ。


「これで戦争は終わった!」


国王たちによってタグリシア国に降伏を申し込んだパルクス国は敗戦国となった。敗戦国の国民にとって今後は幸せな生活が待っているのではない。敗戦国の国民は戦勝国で国預かりの奴隷となる。国土は……タグリシア国のものとなるだろうか。しかし、タグリシアにはすでに港がある。一国に港が2つあることがいいか悪いか。これから国家間で話し合いが持たれるだろう。


サフィールは戦争のゴタゴタで立国を宣言したけど、結局サフィールから取り下げられてパルクス国サフィール地方で落ち着いた。寄生予定だったサヴァーナ国は捕まっていたエルフやハーフエルフたちの証言によって、使い捨てにされた仲間たちの遺体が見つかって「罪は王族にあり」と認められた。


よって、サヴァーナ国のエルフやハーフエルフたちは保護の対象となり、ほかの町や村で生活をしていて生き残った王族の末裔が罪を問われた。とはいえ、ほとんどは王族とは名ばかりで王家から一切支援を受けておらず。中には納税と称して奪われるばかりの人たちもいた。善良な人たちは領民たちからかばわれ、圧政をいた人たちは領民たちの手で差し出された。


サヴァーナ国の薬物実験場として様々な投薬をされていたこと、特にサフィール地方の国民たちは操り水の影響下に置かれていたことも考慮された。しかし、それで無罪放免にはならない。


「独立騒動の責任は操り水の影響を受けていない貴族たち管理者たちにあり」


そう見做みなされて、の処刑に殉じる形で責任をとらされた。身分を貴族ではなく平民にされて絞首刑を受ける。それは貴族だった者や管理職を得た者にとって一番恥ずべき死に方らしい。最後まで騒いでいたが、ギロチンによる斬首が認められたのは国王のみ。彼らは貴族として斬首刑になりたかった人生を終えたかったらしい。

…………誰がそんなことを罪人に許すのか。

国王として処刑された男は『国王の影』だ。本物の国王は名もなき女神アウミたちと共にコルスターナ国の湿地帯にいた。だからパルクス国で何が起きているのか知らなかったのだ。


パルクスの国民が影を国王だと認めて、各国の代表たちの前で国王として処刑された。いまになって「あれは影だ!」や「国王は俺だ!」と騒いだところですでに遅い。慌てて戻って騒いだとしても、すでに影は敗戦の手続きを終えて公式に処刑されたのだ。


逆に存在がバレれば、生きて捕まればラッキー。しかし闇から闇へと消される可能性の方が高い。人臣じんしんの手でほふられる可能性もある。いまでは存在自体が危険で、この先を連れて逃げ回る苦労を考えれば、処分して身軽になった方がいい。敗戦国の国王の顔は大々的に公開されている。『処刑された国王と瓜二つの男』など捨てておいても構わない。


ひとりでは何もできず誰かの善意に縋って生きるしかできない男が、この先も『してもらって当然』だなんて態度をとっていれば…………湿地帯では行方不明者がでることも、沼に沈んだ遺体が見つからないことも当然として起きている。前線に出て来た王子や王女を見る限り、国王もクズで間違いないだろう。


湿地帯を横断して草臥くたびれた商人風の男たちが湿地帯を越えて近くにある村に現れ、こう訴えた。


「我らの主人一家が湿地帯に沈んでしまった。馬車が泥濘ぬかるみに落ちたんだ」


これは正式な商人であれば悪手あくしゅだった。


「使用人の分際で主人一家を殺して荷物を奪ったのか!」

「ち、ちが……違うんだ!」

「だったら何故、誰も救おうとしなかった! 見殺しにしたのか!」


大当たり〜! ドンドンドンッ、パフパフパフ〜♪


「ザマアミロ」


私の言葉を彼らは知らない。

取り調べには魔導具による記録が義務付けられている。その記録は公開されている。……彼らが湿地帯を抜けた先はタグリシア国。公平を期すために魔導具による記録を義務付けているこの国では閲覧も可能だ。それはギルドで見ることもできるし、情報部を介して送ってもらうことも可能。

私はいつも後者で記録を確認する。誰に話しかけられたりして邪魔されないように見たいからだ。


「商人に見えない男たちが主人一家に手をかけた可能性がある」


そんな話を聞いて記録をチェックしたところ、パルクスの国王と一緒に城出いえでしていた宰相たち側近だった。取り調べには自白薬が使われる……実際には操り水であり、1時間で効果が切れるという効果が薄いものだ。


「自白しなさい。何を隠していますか?」

「私たちはパルクスの……」


あっさり陥落。牢の中で自白を後悔してもときすでに遅し。


「元国王の残された家族を連れて国を逃げ出したが、敗戦と国王の処刑を聞いて連れて逃げられぬと知り湿地帯に沈めた」


そんな罪状が読み上げられて、国王の死に殉ずるという形で首を吊り下げられた。王族の死に関わった以上、たとえとしても生かされるとは限らない。敗戦国の国民は国の預かり奴隷。『奴隷による殺人が疑われる』以上、各国から引き取りを拒否された。

引き取り手の現れない奴隷は死がふさわしい。


元パルクスの、すでに物理的崩壊した王城の跡地で、国民の前で絞首刑にされた。国民たちにしてみれば、自分たちを見捨てた者たちだ。助命嘆願を残された家族ですら訴えなかった。ほかのサフィール地方の処刑者同様、朽ちても骨だけになっても回収されて墓に葬られることはなかった。


……その頃には、国民は家族や一族単位で各国に農奴のうどとして引き取られていった。敗戦国の奴隷は通常の奴隷と同じく人権はないが、平民と同じく自由はある。決められた範囲内なら出歩くことも知識を得ることも……自由なのだ。


巨大な山が崩れ、岩の山脈の北側にある国が一気に攻め込んだ。そう、サヴァーナ国もまた地図上から消えたのだ。北の国にしてみれば、サヴァーナ国を手に入れたことで流通の販路が大きく変わる。北にある港から陸沿いに回ってパルクスの港に運んでいたのだから運送費がバカにならない。ただし、隣のミドグリームス大陸とも頻繁に輸出入で取り引きしていたため、生活自体は苦しくなかった。

今後は同じ大陸内であっても中央にあるがためにそれほど交流がなかった各国と、陸路による外交が可能になったことで関係が良くなるだろう。

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