第346話


弟を二歳になる前に亡くしているアウミは、心に負った傷を乗り越えるようにフィムの成長を見守っている。


「見ているのは辛いです。でもマークス……死んだ弟の代わりに成長していく姿を見守りたい。……フィムにとって、知らない男の子の代わりにされて嫌かもしれないけど……」

「いいんじゃない? 誰かを重ねて見てしまっても」

「……いいのですか?」

「ただし、その悲しみを乗り越えるため。前をむいて生きるためなら。そうだよね、フーリさん」


私がカウンター越しにそう確認すると、フーリさんが「そうね」と微笑む。


「私だって同じだ。息子が病気で死んでいたことは悲しかったさ。しかし、セウルたちの仕草に息子の面影があるんだよ。それだけじゃない。自分の周りに目を向ければ、他人でも何かしら自分の亡くした人に似ているところを持っているのさ」


シューメリさんも生き別れた息子が死んだと知らされて、孫たちは借金奴隷として目の前に現れた。当時は泣き続けていたが、セウルたちが兄妹四人で助け合って生きている姿を見て泣くのをやめた。

そして、私もダイバやシーズルに兄の姿を重ねることがある。


「いいんだよ。私たちは誰かに心の支えになってもらって、誰かの心の支えになっているんだ」

「そうだね、私らは一人で生きられない。アウミ、お前さんも同じさ」


シューメリさんの言葉に、アウミは意味がわからない様子でキョトンとしている。


「アウミの存在はフィムにとって『お姉ちゃん』なんだよ。そしてアウミはソアラとソマリアを慕っているだろう? ちゃんと誰かの支えになって、誰かに支えられているじゃないか」

「私、が……?」

「かわいそうに、自覚がなかったんだねえ。すでにお前さんは『食堂私らの子』なんだよ」


別にアウミを養子にした、とかではなく『我が子のように思っている』というものだ。とはいえ母親が八人もいるし、年の離れた兄姉も多く甥と姪もいる大家族だが……


「こら、エミリア」

「ん? 何?」

「何? じゃないの。お前さんだって、すでにフーリの娘なんだからね」

「えええ〜!」


フーリさんの娘ってことは……


「アゴールの専用お座布団の妹ぉぉぉ⁉︎」

「お前なあ……」


タイミングがいいのか悪いのか。ちょうどダイバが二階から降りてきたところだったようで、階段から呆れを含んだ声が聞こえた。その後ろから、アゴールも一緒に降りてきた。


「エミリアさん、私専用の座布団ってどういう意味ですか?」

「あのね、アゴールの尻に敷かれているからなの」


私の説明に、食堂の中は笑いに包まれた。

食堂バラクルは今日も休まず営業中。そして食事中の客も多くいるわけで……

夕方にはしっかり『アゴール専用お座布団ダイバのあだ名』がダンジョン都市シティに広がった。

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