第168話
「あ〜ら、エミリア。久しぶりねえ。どう? 今でも色々と作ってるのかしら?」
客の一人から声をかけられた。……見覚えがなく、なれなれしい態度に思わず不快になる。
《 この人、商人ギルドの職員よ 》
涙石から地の妖精が教えてくれた。商人ギルドには、登録で行って以来一度も行ったことがないから、職員の顔なんて覚えていない。ここのギルドは担当者が決められ、用があれば担当者が店に足を運ぶ。私の担当者は男性だった。女性では『お話にならない』からだ。
最初の担当者は女性だった。しかし彼女は、店に入って挨拶を交わしたら「商品を見せていただいてもいいですか?」からはじまり、断ったら「ギルド職員には特典で安く売ってほしい」とか「融通してほしい」とか言い出し……ある言葉を吐いてしまった。
それに怒った妖精たちが飛び出した直後、この女性職員は店から弾き出されて路上に叩きつけられた。
《 エミリア! 商人の神だ! 》
《 滅多に出てこないはずなのに…… 》
妖精たちの話では、商人の保護のために現れる商人の神だが、ほとんどが商売の妨害や暴力などのトラブルのため、妖精たち曰く『ケンカっ早い』商売の神が罰を下している。ただ、この日は店が休みだった。商売の妨害にはならないため、
そのことは商人ギルドでも騒ぎになった。
大ケガで何をしても意識が回復しない彼女は神殿に運ばれた。そこで状態を確認するために鑑定の魔導具が使われて、称号に『商人に関わる仕事に不向きな者』という非表示にできない烙印を押されていることが判明した。
ギルドは登録者を守るための組織だ。そのギルドの職員が商人の神に罰を下されたのだ。神が罰を下したということは、悪いのは職員の方だということは一目瞭然だ。
そして、この
『他国のギルドで登録した者に手を出してはいけない』
それはこの世界で固定されたルールだ。
そのため、ギルド関係者は私に関われない…………ハズなのだが。
「私、以前からお店が開いたら買いに行きたいって思ってたのよ」
「あら、私もよ」
「ねえ。屋台村のイベントに参加しないの?」
「二割でも三割でも安く売れば、客も入るでしょ?」
「お店を開かないのは、高すぎて客が近寄らないからなんでしょう?」
同席している三人も一緒に失礼なことを言ってきている。
《 エミリア。あの四人、最初の一人が商人ギルドの職員で、残りが職人ギルドの職員よ 》
《 安心して。いまダイバを呼びに行ってもらったから。アゴールも一緒よ 》
《 ちょうど、昼食でここに向かっていたみたい 》
火の妖精が呼んだと言ったが、妖精の姿が見えるわけでも声が届いているわけではない。『吹っ飛ばした』という言葉の方が正しいだろう。
「ちょっと、あなたたち」
フーリさんが慌てて止めようとするが、四人は「事実でしょ?」「ホントのことよね〜」とバカにしている。
「フーリさん。放っておけばいいわ」
「あら、本当のことだもん。言い返す言葉なんかないわよね〜。駄作しか作れない、作っても売れない貧乏職人さん♪」
「あら? お店を開いても、誰も見向きもしないで売れ残りを抱えて閉店したんでしょ? それが原因で、ギルドから永久追放になった商人じゃなかった?」
「えー? それなのにまだこの
「貧乏で商人でも職人でも生きていけないから、何日もダンジョンに入って野草を食べて生き繋いでいるんでしょ?」
「やぁだぁ〜。それじゃあ、まるで乞食じゃないのよぉ」
「ちょっと、まるでじゃなくて事実よ」
私がまったく相手にしないため、挑発することにしたようだ。
周囲の客たちは青ざめている。それは妖精たちがいつキレるかと怖がっているからだろう。すでに妖精たちには手出し不要と伝えてある。連中が実力行使をしてきたときの防御に『火の指輪』も装着済みだ。
「いったい何の騒ぎです?」
スラリとしたズボンで脚の長さを活かした私服姿のアゴールが店内に入ってきた。それと同時に店内の女性客たちから熱い視線を集めたが、本人は気付いていない。ダンジョン警備部の副隊長という立場のアゴールにとって、どんな種類であろうとも周囲から視線を向けられるのはいつものこと。それに対していちいち気にしない、これがアゴールの通常運転なのだ。
まったく…………相変わらずの『イケメンの無駄遣い』だな。
「ああ、アゴール。ちょうど良かったわ」
「ただいま、母さん。……エミリアさんに何かあったんですね」
フーリさんの安心した声と私へ向けた不安げな視線で、アゴールは大体の状況を把握したようだ。あとは、犯人が自ら名乗りを上げるのを待てばいい。
「アゴール、おかえり。今日はランチとグークースのテイクアウトに来たんだよ。それで、フーリさんが私の話し相手をしてくれているんだ」
「そうだったんですか。エミリアさん、いつもありがとうございます。母さん、私がエミリアさんと話をしててもいいですか?」
「ええ。じゃあ、アゴール。あと三十分くらいで用意ができるから、それまでお願いね」
フーリさんが厨房に向かうと、アゴールは私に密着するように身体を寄せてきた。
「ちょっと、アゴール。そんな貧乏人なんか放っといて、こっちに来なさいよ」
「そうよぉ〜。私たちの方が、そんな色気のない女よりも常連客なのよぉ。相手がほしいなら、私たちがいくらでも相手になってあげるわぁ〜」
「そうそう。私たち、今日は休みなの。だから、一緒に遊びましょうよー」
「そんな乞食を相手にしたら、アゴールの価値が下がるわよ」
「……ああ、あの人たちなんですね」
アゴールが私がなんとか聞き取れるくらい小さい声で呟くと、スッと私から離れて四人がいるテーブル席へと歩いていく。それを見て、勝ち誇ったように嘲笑する四人。
しかし、笑っていられるのもそこまでだった。
「誰が『貧乏人で乞食』なんでしょう?」
「ほらぁ。あそこで一人ぼっちになってぇ、物欲しそうにこっちを見てるぅ、みすぼらしい女のことよぉ〜」
アゴールの言葉に笑顔で答える、職人ギルドの一人。甘えるような言葉遣いで、ほかのテーブルにいる男性客たちが眉間にシワを寄せて、無言で不快感を
「本当に……みすぼらしい、ですねえ」
アゴールの感情が消えた冷たい声に気付いていないのは四人だけ。逆に、アゴールが同意したと勘違いしたのか、「ね⁉︎ アゴールもそう思うでしょ!」と嬉しそうにアゴールの腕に手を伸ばしたが、その手がアゴールに触れることはなかった。
「ええ。『みすぼらしい乞食』とは、あなたたちのことですよ」
「…………え?」
手を伸ばした一人がそのままの姿で固まると、アゴールは手にすっぽりと収まる大きさのスプレーを四人に向けて噴霧した。
「きゃあ!」
「イヤ! なに、こ……れ」
四人は噴霧剤を吸い込むと、カクンッと崩れるように意識を失った。いや、違う。眠ったのだ。その姿に、失った記憶があふれてきた。
「フム。頂き物ですが……なかなか便利な物ですね。うちでも採用していいでしょう」
手にしたスプレー容器を眺めているアゴール。私の意識は、そこで途切れた。
「ア、ゴール……」
口は動いたと思うが……私の言葉は声になっただろうか。
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