9.島を救う光

- まえがき -

ピラミッドに向かって動き出した大腐死蝶を、ミズホは止めるという。


しかし、マノンがそのミズホに抵抗するも、ピラミッドの中心内部に隠された光の中へミズホは入り込んでしまう。


その光は、以前、ミズホが島を救うために手にした光だった。




#大腐死蝶の動き


 ズズズと、まるで芋虫か何かの幼虫のような大腐死蝶グランデフトが立ち上がって、地面に接した体をうねらせて動き出した。


 羽はあるが、ボロボロの傘のようで飛べるものではなさそうだった。


 グランデフトは、ゆっくりゆっくり島の中央、ピラミッドがある方向に向かっている。


 汚染水施設は、跡形もなくつぶされていて、真っ黒な跡が残っているだけだった。汚染水をグランデフトがすべて吸い上げてしまったためか、溢れてくる様子はなかった。


 デフトたちは、吸い寄せられるようにグランデフトに吸収されていく。それに加わらなかったデフトたちは、新しい行き場を探すように宙を飛んでいた。


「マノン。そのままほとりを連れて、セリカ・ガルテンに向かって。そして、ゲートを壊して」


 ミズホが、辺りを警戒しながら言った。


「はい。でも、ミズホさんは?」


「あれを止める」


「それなら、私も」


「あなたは、セリカ・ガルテンに行って。デフトたちが混乱している今のうちに」


「あれほど大きなデフトを一人では絶対に無理です。ここにある水でどうにかできるほど――」


 マノンとミズホの視線が重なった瞬間、二人の間で時間が止まったようにほとりは感じられた。


「――あれは、ダメです」


 マノンが言うも、ミズホはグランデフトを追い抜いて、ピラミッドに向かって飛んで行ってしまった。




#二人を追う羽


 ミズホを追って、マノンとほとりは、ピラミッドの頂上から中へ入った。そこにミズホはいなかった。


「私は、ミズホさんを追います」


 マノンは、ほとりをそこに降ろすと、真っ暗な穴を勢いよく降下して行った。


「マノンさん」


 穴を見下げたほとりの声が消えると、静寂に包まれた。


 透明の壁から見える外の景色に、グランデフトの姿があった。着実にピラミッドに向かってきていた。


 マノンには、自分の存在など見えていなかったように、ほとりは思えた。冷静なマノンが、ミズホの行動に焦っていたことは一目瞭然だった。


 まだこの島には、知らされていない何かが隠されていると思ったほとりは、穴に腰かけた。そして、自分の羽を手の変わりにして、穴の縁をつかんだ。


 伸ばした腕よりも長い片羽で、体を支えて下の階へ降りた。


 何度もそれを繰り返して、降下して行く。飛べないほとりは、自分が猿になったような気分を少し味わった。


 中階層を過ぎたところで、外の光が入り込んで明るい階に辿り着いた。奥から二人の声が響いてきた。


 ほとりは、その声を辿って進んで行くと、壁から外の光が入り込む広々とした空間に出た。


 部屋の中央には、柱にしては太すぎる四方を囲んだ壁があった。マノンは、それに背を向けて、両手を広げ、ミズホの前に立ちはだかっていた。


 マノンの背後の壁には、幾何学模様が描かれていた。


「そこをどいて、マノン」


「どきません。この先には行かせません」


 マノンの声が響いた。




#マノンの抵抗


 ミズホは一歩前に進んだ。


「マノン、どいて。大腐死蝶を食い止めるには、この方法しかない」


「もう一度、その体で使えば、どうなるか」


「わかってる。他にデフトを止める方法はないでしょ。このままでは、この島だけでなく、セリカ・ガルテンにも危害が加わる。


 これは、私が蒔いた種からなったモノ。だから、私が刈る。


 今、そうしなきゃ、ここも、マノン、あなたもただじゃすまない。早くほとりと逃げて」


「ダメです。何度でも言います。絶対に、これはだめです」


 ミズホは一つため息を吐き、深く息を吸った。


 ミズホの羽がいっきに広がった。


 ボロボロの羽であることは変わりないが、ほとりが今までに見た中で、一番の力強さを感じた。


「マノン、君は私に仕えるよう言われて来たんだよね?」


「は、はい……」


「それなら、私の命令に従いなさい。そして、そこをどいて」


 今までに聞いたことのないミズホの低い声が響き渡った。


「嫌です。確かに、ミズホさんに仕えるために私はここに来ました。しかし、それはミズホさんを守るためです」


 ミズホはいっきにマノンに詰め寄り、マノンを羽で払い飛ばした。倒れたマノンは、両目を見開き、ミズホを見つめた。


「マノン。やっとあなたの本心が聞けた。その気持ちは嬉しい。


 でも、自分の意志は、自分のために思いなさい。人の為を思うより先にね」




#光のかけら


 ミズホは、自分の指を歯で噛んだ。にじみ出る血を、幾何学模様が描かれた壁になすりつけた。


 壁の中央が縦に割れて、震動を上げて左右に動いた。


 中からは、真っ白な光が溢れ出てきた。それは、外の光よりも眩しくて見ていられないほどだった。


「また、この光を見るとは思わなかった。でも、だいぶ小さくなってる。


 今度こそ、島を救う……光のかけら」


 ミズホは、光の中へ歩みを進める。


「ミズホさん――」


 マノンが声を上げる。


「マノン、予言の子をちゃんとセリカ・ガルテンに送り返してね。


 そして、今度は自分の意志を大切にして、生きなさい」


 ミズホは、そう言い残して、光の中へ進んだ。


 ミズホの姿は光に潰されて見えず、影だけが伸びていた。


 そして、ミズホを閉じ込めるように壁は閉まった。光の漏れはなかった。


「マノンさん、大丈夫ですか。ミズホさんは……」


 ほとりは、倒れていたマノンにかけ寄ると、マノンは、何ごともなかったかのように立ち上がった。


「ベレノスの光を取りに行きました」


「えっ、それて、インボルクの浄火を行うための……」


 マノンは頷いた。


「ここを出ないと、私たちも浄火に巻き込まれます」


「出るって」


「島を」


 突然、部屋が暗くなった。


 透明の壁は、透明のまま。


 しかし、真っ黒な影が外の光を塞いでいた。


 同時に、ピラミッドが揺れる。


 天井から砂やほこりが落ちて来た。


 大腐死蝶がピラミッドにぶつかって来たのだ。


 このままピラミッドが崩れてしまわないか、二人に恐怖が走る。

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