6.大罪の償い
- まえがき -
ミズホがインボルクの浄火を完全に制御できなかったことで、地表が砂漠化し、腐死蝶を生んだ。
島をリセットできず、大罪を犯したミズホは、島と汚染水の管理が償いだと、ほとりに話す。
水汲みから帰ってきたマノンが、腐死蝶の活動が活発になっていることを告げる。
#三十六の満月
ミズホの口から聞かされたインボルクの浄火は、今まさに、明日架が計画しているものだ。
ほとりは、てっきり大がかりで、入念な準備の末に実行できるものだと思っていた。
「インボルクの浄火って、そんな簡単にできるものなんですか?」
ほとりは、おそるおそる聞いた。明日架を疑うつもりはなかった。
しかし、ミズホが一人で行えたのなら、なぜ、明日架は多くの人を集め、私をここに来させたのか疑問だった。
「計画に関わっているなら知っていると思うが、ベレノスの光という石を持てば、浄火は誰でも簡単に行える。
ただし、ベレノスの光を入手するには時間と危険が伴う」
「どこかにあるものなんですか?」
明日架がすでにそれを持っているのか、ほとりは知らなかった。
「水の墓と呼ばれるオヨ・ネグロ島に……ほとりの先輩が知っているだろうけど。
そうか、あれからもう三十六の満月か」
ミズホは、雲ひとつない遠くの空を見つめた。
「三十六の満月の一時だけしか、ベレノスの光を手にする機会はない。
必ず光が存在するとも保証はないけど、私は手にすることができた。
そして、実際に扱うには、一人では光の力が大きすぎる」
「あ、言ってました。インボルクの浄火を行う選ばれた蝶人が必要だと」
「それは、私の失敗から学んだんだろうね」
#光の力
「失敗……」
ほとりの復唱とも疑問ともとれる声に、ミズホはその前に広がる砂漠をただ見つめ、続けた。
「私は、ベレノスの光を一人で使った。でも、その力を扱えるほどの器ではなかった。
今の私の体がそれを物語っている。大やけどをして、羽もボロボロになった。
私は光の威力を制御できず、浄火は、中途半端になり、島の表面だけ焼き尽くすだけに終わった」
これほど広い陸地を焼き尽くす炎とは、どれほど大きな炎だったのだろうか。想像の域を出ない。
「もし、浄火を制御できていたら、どうなっていたんですか?」
ほとりは聞いた。
「この島は、地表より地中が毒されていた。地中の毒を燃やし、生まれたての島にリセットしたかった」
「島のリセット……島が生まれる時は、やっぱり毒されてはいないんでしょうか」
明日架の、生まれたての島を浄火する言葉がほとりの脳裏に蘇った。
「んー、そこまでは私にはわからない。予言で告げられていたのなら、そうだと思う。
島に蝶人がいないことを確認した方がいいだろう」
「それって」
「もし、私の時のように、蝶人ごと浄火が中途半端になれば、蝶人が腐死蝶になるから」
ほとりは血の気が引いた。
「ミズホさんは、島に人が残したまま……」
かすかに震えるほとりの声は、それ以上続かなかった。
#大罪の償い
「そうだよ」
ミズホは微笑んでいた。楽しかった過去を思い出していたわけではないことくらいほとりにもわかっていた。
「この島とここにいた蝶人、そして私も、理想水郷を求めてはいけない人間だった。
自らの手で、毒を生み、撒いていたんだから」
ほとりは、ミズホの大きな過去に何も言えなかった。ただミズホが話すのを待つしかなかった。
「動いている大きな歯車を止めることは、浄火して壊すくらいしか思いつかなかった。
結局、それは失敗に終わり、死ねなかったものは、腐死蝶となり、今もこの島に取り憑いている」
突然、目の前に腐死蝶が飛び現れた。
ほとりは息を詰まらせて、一歩下がった。
まるで、ピラミッドの中のほとりたちを見ているようだった。
「大丈夫。向こうからこっちは見えていないよ」
デフトはすぐに背を向け、砂漠の向こうへと飛んで行った。ほとりは、胸をなでおろした。
「汚染水をあさりにいくんだよ」
「汚染水を?」
ほとりは、復唱して聞き返した。
デフトが向かった砂漠の向こうに、小さな黒い箱のようなが見える。浄火で残った頑丈な施設。そこの地下から、汚染水が少しずつ湧き出しているという。
「デフトにとっては、栄養源みたいなもの」
ミズホは、デフトが飲まないよう施設からあふれ出さないうちに、日に五度、多ければ十往復して、汚染水をピラミッドまで汲み上げてきていた。
「大罪を犯した私は、黒スカーフに縛られ、この島の後始末を命じられた。ただのお払い箱だね。
拒否は認められず、するつもりはなかった。こんな結果を招いたせめてもの償いだと思っている。償いとはほど遠いものだけどね」
ミズホとマノンが、この島にとどまる理由がわかった。ただ、それは、途方もない地獄の作業でしかないようにも思えた。
#ピラミッドに滞在
マノンが戻ってくる頃だと、ミズホとともに上層部に戻った。
戻ってきたマノンは息を切らし、バケツに入った水は、半分ほどしかなかった。
マノンは、デフトに追い回されていたと言う。いつもより興奮し、昼間でも活発に動いて、逃げるのに精一杯だった。
「ほとりさんが来て、気が高まっているように感じます」
マノンは、息を整えながら言った。
「そうか。ほとりを帰すために、連れて行ってもらいたかったけど……」
「この状況でほとりさんを抱えて、デフトをかわすのは難しい。明日、デフトが落ち着いてから戻ることを提案します」
「その方が良さそうだ。ほとり、すまないが今日は帰すことができない」
ミズホが頷いて言った。
「いえ、はい」
ほとりは、内心それで良かったと思っていた。もし、このまま戻ってしまったら、マノンを、ミズホもここから連れ出すことはできない。
ほとりは、できればこの島を正常化、悪化をくい止めて、二人をセリカ・ガルテンに連れて帰りたい。
「休んでばかりはいられない。汚染水を汲んでくる。マノン、ほとりの分の夕食を用意しておいて」
ミズホはゆっくり立ち上がって、ボロボロの羽を広げ、天井から出て行った。
閉まっていく岩の向こうから、デフトの叫び声が聞こえた。
こんな時に行かなくてもと、ミズホの話を聞いてしまったほとりは止めることはできなかった。
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