第53話:粗忽者ト乱暴者ノ糸
「お前らと一緒じゃ、危なくてしょうがねえ。別行動にさせてもらう」
真白を置き去りにして、十分以上も走った。しつこく追ってこられた時のために、人家があるような場所は避けて。だから風景は、荒野から草原に変わったくらいだ。
そこで搗割が止まるなり、荒増さんはそう言った。言うだけでなく車を降りて、さっさとどこかへ歩き始める。
「待て」
「なんだ、お前と遊んでる暇はない」
困惑というか呆れているというか、ちょっと複雑な表情の粗忽さんが、制止の声をかけた。いつも堂々とした態度なのが、腕組みもなんだか悩んでいるようにも見える。
「一つ、聞くのを忘れていた」
「ああ?」
「どうして殺さなかった。あの寝返った衛士たちを」
「いまさら、なんだってんだ」
粗忽さんは彼らを殺さないでくれと、僕にははっきり言った。でもそれを荒増さんは聞いていない。なのに、互いに死者は出なかった。
ああいう場面で、以前の荒増さんはどうだっただろう。全員殺せばいい、なんて極論を言うこともなかったけど、それほどの配慮もしなかったように思う。あちこちの小競り合いで、公職の人間が相手の味方をしていたなんて珍しくもない。
「お前なら、全員を殺すほうが簡単だっただろう。情報を取るためであっても、数人を生かしておけば足りる」
「めんどくせーな。あんな豆鉄砲で勝つ気でいて、あの程度の火事を起こすのも手間取るような奴ら、どっちだって同じなんだよ」
豆鉄砲と聞いて、粗忽さんの部下たちはぴくっと反応を見せた。彼らの持つAM11LSは汎用性に優れるけれども、単純に人体へ向けた時の威力では熱線銃に劣る。
「同じなら、なおさらだと思うが?」
深い理由などないのだと僕は感じた。さも鬱陶しそうに、苛々と首すじを掻いたから。
「――あのなあ、俺には虫けらを叩き潰して楽しむ趣味はねえ。まして、一応は人間だ。死なせる理由があるのか?」
「死なせる理由、か」
やはり結局、荒増さんは理由を答えなかった。いや、理由などないとは答えたのだが。粗忽さんはようやく理解したのか、それとも諦めたのか。不承不承という感じで、小さく頷く。
「待て。どうにも分からんのだが、どうしてお前のような馬鹿が、纏式士なぞやっている。特権も多いが、自由気ままとはいかん身だ」
話が終わったならと歩きだそうとした荒増さんに、粗忽さんはまた問いかけた。それは僕も、ほぼ第一印象から感じてはいることだ。だが聞いたとて、この人がまともに答えはしないとも確信している。
その予想どおり、荒増さんはもう振り返らず、代わりに指を一本立てて示す。
「忘れていたのは一つ、だったはずだ。それも忘れたのか? 粗忽者め」
向かっているのは、最も近い道路の方向だろうか。荒増さんが足を止める気配はない。
ちっ。と舌打ちをしたものの、粗忽さんに苛立たしげな雰囲気はあまりなかった。どんどん離れていく荒増さんを睨みつけているので、僕のほうが声をかけづらい。
「二つ借りた!」
「それも忘れちまえ!」
恩に着ると言ったのに、その返事でさえ面倒そうだった。もういいから喋ってくれるなとばかりに、荒増さんこそ苛々し始めていたかもしれない。
粗忽さんの部下たちはその様子に「噂は聞いてたが大した態度だ」「これほど少尉を虚仮にするとはな」などと非難の言葉しか産み落とさない。
「あ、あの」
「ん、ああ。君たちも行くか」
「ええ。乗せてくださって、ありがとうございます。お気をつけて」
「へば」
「君たちにも借りだ」
挨拶もなしに行くのはどうかと思って、荒増さんは随分と先まで行ってしまった。頭を下げた僕は萌花さんの手を引いて、自分勝手な先輩のあとを駆けて追う。
荒増さんは、歩くのも速い。脚が長くて、歩きにくくないか心配になるほど大股で歩く。小柄な僕では、この人の三倍ほども歩数を重ねてようやく同じくらいだ。
「……ふう。あの様子だと、正面突破はつらいですね。あの唹迩たちに気付かれずに近付く方法って、ありますかね」
「ああ」
正面とは方向のことでなく、正規か非正規かを問わず、用意された出入り口を使えるとは思えないという意味だ。いや逆に真反対へ行けば案外、ということはあるかもしれない。
「裏側も一応は見ておくべきでしょうか。それとも兵部や纏占隊の本隊を待って、合流するか――」
「ああ」
「荒増さん? お腹が減りでもしましたか」
「ああ」
この人が生返事とは珍しい。答えにくいとか面倒とかいう時には、完全な無視をするのに。
「荒増さん? 真白さんさ、まだいいべが?」
「そうですよ。そろそろ呼び戻してあげないと」
萌花さんも、なにかおかしいと察したらしい。探るように言った彼女の言葉には、反応があった。
「……そうだな」
背中から鞘を引き上げて、大太刀の長い刀身を、体幹をほとんど動かすこともなく納める。たぶん考えごとをしているのだろうに、その所作は正確だ。
「ん、なにか来た」
僕のマシナリに、誰かから文書が届いたようだ。ほんの僅かだけど、知らせる為の振動があった。
「なんだべ?」
「ええと、あれ。粗忽さんからですね」
粗忽さんから送られたのは、画像データが一つだけ。送信タイトルも、用件の文章もなにもなかった。
画像を表示させると、どこかの町――塞護の地図だ。一般にも流通している地図データに、今書き加えたのだろう、秘匿された進入路がいくつか記されていた。
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