第46話:叛乱ノ狙ヒハ如何ニ
ふわり、ふわり。身軽に、柔らかく跳びながら下りてくる。とても小柄な、頭に山桜を生やした女性。
身体に巻いていた布は肩に絡んで、雲に乗る為に飛天が纏うという、羽衣のようだった。これまでその下に隠れていたのは、丈の短い浴衣のような着物。装飾も模様もない質素なそれを、帯でなく細い縄で結んでいる。
「さっきのは、萌花さんの術ですか? なんだか今、味わったことのない気持ちになってます」
ほんの小さな。例えば爪のところのささくれが痛いというような不満や心配事さえ、今は胸に欠片もない。
きっとじっくり思い出せばたくさんあるはすだけど。そうすることも、まあいいやと思えてしまう。
「んだよ――荒増さんが、霊の流し方どご教えでくらさったべ」
霊の流し方?
乞われもせずに、乞われたところで、あの人が技術的なことを教えるとは驚きだ。僕の記憶に、そんな出来事はない。
正式に見習いとして付いている僕を置いて、やれやれあの人は。まあそれでこそという気もするから、いいのだけど。
「――ん、了解だ」
指先に着けた通信用の素子を、粗忽さんは顎の根元辺りに当てて話していた。僕のとは違って硬い指輪型のそれは、衛士に揃いで支給されている。話すのも聞くのも無線でなく、顎の骨の振動で伝えるタイプだ。
「あちらも投降したそうだ」
「そうでしょうね。今はなんだか、交戦する気にはとてもなれません」
「それで?」
投降と言うより、仲直りと呼んだほうがしっくりくる雰囲気。そんな中でも、粗忽さんは使命を忘れていなかった。薄く笑みを浮かべながら、問う視線には真摯さが前面に浮き出る。
どうして粗忽さんの隊が襲われたのか。どうして寝返ることになったのか。仙石さんの、或いは伽藍堂の目論見はなんなのか。
わざわざそうと言わなくとも、この場に積まれた疑問は誰の目にも明らかだった。
「なにから話したものか……そうですね、あの仙石という男の狙い。これは私たちも知りません」
「狙いも定かでないクーデターに乗ったと?」
「いえ、クーデターの目的は明確です。現在の王家を打倒して、新たな政治を行う。その為に、白鸞と塞護を同時に襲ったのです」
小隊長の話にはまだ、着地点が見えない。しかし一連の出来事がやはり、飛鳥の実権を握る為とは分かる。
「ふむ。まだ、いまひとつ分からんが。とりあえず、同時に襲う意義は?」
「王手、飛車取りですよ。いや、角でしょうか」
「捻りはなく出来れば両方を、最低でも塞護を落とす為か」
「その問いの答えは、はいであり、いいえでもあります。ここからは私の想像ですが、町でなく人間が狙いと思われます」
国王を頂点とした専制政治の国で、クーデターを起こす。それを失敗した参加者にどういう結果が待つのか、小隊長は想像力をなくしたように話した。
「人間? 町を落とせば、そんな必要はないようにも思うが」
「そこがあの男の狙いを、知らないと言った理由です。あの男が同士を激発する言葉は、愚王の手足をもぎ取ってしまえ、と」
その言い回しには、覚えがあった。「あっ」と声を出してしまって、粗忽さんの「なにかあるのか」という視線に僕は答える。
「ええと、王殿での会議に仙石さんが割り込んできまして。手足がなければ苦しむことを知れ、って」
「白鸞を占拠すること、不敬にも陛下を害し奉ること。それだけが目的ではないということだろうが、一体――」
それが分からないのだと、小隊長は重ねて言った。荒増さんに折られた指を、萌花さんに手当てしてもらいながら。
きっとこの、重大な告白が異様な気軽さなのは萌花さんの術の影響だ。ただそれを差し引いても、この小隊長はとても気さくないい人に見える。どうしてこんな人が、クーデターなんて狂気じみたことに身を委ねたのか。
「では貴様の思いは? そんなよく分からんものに、どうして乗った」
「……どうして。どうしてでしょう」
「うん? 記憶の操作でもされたか」
「はは。まさか」
答えることに、やぶさかでないようだ。だがそれでも、言いにくいことでもあるらしい。中年の年ごろになりかけの小隊長は、小さく深呼吸をしてから話し始めた。
「飛鳥は良い国です。しかもこれから、ますます良い国になるでしょう」
「そうだな。近隣の国々に、なんら恥ずかしむこともない」
「だから、なのです」
恥を偲ぶには、どんな表情をすれば良いか。小隊長は不器用に顔を歪めて、訥々と語る。
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