第30話:我ラハ防塔ニ接触ス
ヒュルヒュル、シュルシュルと。鳥の囀りにも似た、戦闘車両に搭載されたクリューリアクターの待機音が鳴る。
一両ごとのそれはとても小さいのに、束ねられると、耳に残る音となった。右を見ても、左を見ても、端はどこまでかと遠く見渡すほどともなれば。
「わあ――甲式がこんなに」
「甲式て、なんだべ?」
見惚れてため息を吐いたことに、萌花さんに問われて気付いた。四神さんがわざわざ振り返って、さも意味ありげに笑って「戦闘を主目的にした戦闘車両のことだよ」と、解説してくれる。さっき乗った搗割は、輸送を主目的にしているので乙式なのだとも。
「男の子は、こったら車さ好ぎだべな」
「え、えぇ。まあ」
僕のほうが年下ではあるし、仕方がないけれども。このタイミングで男の子と評されるのは、とても気恥ずかしい。
しかし萌花さんがちょっと笑った気がして、良かったのかもと言いわけにした。
ト一型からト八型まで、現役の甲式が勢揃いという感のある空間。それは男心をくすぐるものではあるけれど、同時にそれだけの事態であると示している。
それらを前面に展開する兵部の布陣の真ん中を、四神さんは当然のように歩く。同じ兵部ではあっても、纏式士は部外者なのだが。
階級の高低に関わらず、見知った人を見かける度に、「やあ、動きはどう?」「調子悪くしてないかい?」などと声もかけている。
ピリピリとした雰囲気の相手も、戸惑いつつ「ま、まあまあ」なんて答えざるを得ない。その誰もが答えたあとに決まって、敵わないなという風に苦笑して、また顔を引き締める。
荒増さんもこんな風に、関係のない場所を進むことを躊躇わない。だがその時とはまた、周囲の反応がまるで違う。
僕が目指す熟練した姿は、こちらなのかもしれない。
「やあ、お邪魔していますよ」
「――四神か。本当に邪魔なんだがな」
「あはは、冗談きついですね」
お相手は
その顔に冗談の雰囲気はまるでない。が、そんなことで四神さんは怯まない。少将もそうと分かっていて、言ってみたという程度らしく、鼻を鳴らすだけに留まった。
「打つ手なしですか?」
「馬鹿を言うな。敵は動いていない。徒らに刺激せず、効果的な手段が見つかるまで待つのも戦略だ」
「ひと当てふた当てくらいは、したんでしょう?」
少将の言うとおり、防塔は先刻見たのと様子が変わったとは見えない。相変わらず不気味に、脈動しているだけだ。
だがその根が市街を荒らしていることくらい、知らないはずはない。僕たちのように霊が見えなくとも、関係ないと思うほうが難しい。
気まずげに、「……もちろんだ」と少将は指を向ける。それは防塔の地表近く。端の部分が、人工物とは考えにくい曲線に膨らんでいる。
「かさぶたですか?」
「分からんが、そう見える」
「いよいよ生き物ですね。まだ攻撃を加える予定が?」
ひと当てとやらで、損傷は与えたのだろう。しかし周囲の部隊員たちがひそひそ話しているのを盗み聞くに、ほとんど一瞬という時間で傷が塞がったようだ。
見た目はああでも、樹木には違いない。そう考えているらしい萌花さんの手が、僕の手をぎゅっと握る。
きっとそれは無意識なのだ。握り返してあげたほうがいいのかと考えて、やめておいた。
「ん――あと、二十八分後だ」
「それはどこを目標に?」
「同じ場所だ。回復の暇を与えないほど、というのが可能かを試す」
少将は僕と同じく、左手の指に装着した通常端末の素子を合わせて開いた。そこに表示されているだろう、時刻を見たに違いない。
倣って僕も確認すると、二十八分後は三五。即ち午後四時だ。
「なるほど。効果があることを祈ってますよ」
「やかましい」
ツンとそっぽを向くように、少将は自分の副官に顔を向けて、なにか指示を出し始めた。忙しいのだから失せろ、と。そういうことだ。
「さあ二人とも。いい機会がありそうだし、行くとしようか」
「本当に邪魔になりませんか?」
「避ければいいんだよ」
また無茶なことを。当たらなければ平気だとか、どこの天才の発言なのやら。
けれどもこの距離でまだ、萌花さんは分からないと言った。こちらの目的を果たすためには、その案に乗るしかないようだ。
「僕も頑張りますけど、お願いしますね」
「もちろんだとも」
少将の陣から離れつつ、四神さんはいかにもな安請け合いの返事をした。
これだけの甲式が集中砲火を加える中、それに紛れて近付こうというのだ。相手がどんな反応を見せるか、味方にもあまり手の内を見せたくない、その両方を叶える方法ではある。
でもそんなもの、僕も経験がないし、萌花さんのガードもしなければならない。どこかの自信だけで出来ているような人とは、僕は違うのだ。気の重さと言ったら、相当だった。
――とかなんとか、僕も嫌だとは言えず。陣と陣の間が比較的に広いところで待っていると、すぐにその時間が迫った。
共振砲、実弾砲、ミサイル類。加えてト八型は、試作段階の荷電粒子砲を備えている。それらが一斉に、発砲準備に入った光景は壮観だ。
「周辺部隊に告ぐ! 兵部全隊は、これより全火力攻撃を行う! 防備に留意されたし!」
拡声装置によって、アナウンスがされた。予告はしているのだろうが、衛士などには綿密な連絡が行っているわけではないはずだ。
「準備はいいね?」
子どもがかけっこをする時みたいに、四神さんは腕と脚を前後に構えた。「へ、へば!」と、萌花さんも真似をする。
「紗々。負担をかけるけど、頼むよ」
「主さま、お任せあれ」
目隠し効果のために、僕たちの周りを薄く金糸で囲わせる。これで遠目には、金色に光る球が転がっているようにしか見えないはずだ。
「よーい――」
いよいよ運動会のような、四神さんの予令。それに応じるみたいなタイミングで、近くに居るト六型が赤い光を蓄積し始める。
ちょっと、間が悪い。三十秒ほども空けて、砲撃が始まった。発砲指示は、兵部の中だけで行われたのだ。
「どん!」
一瞬遅れて、四神さんも言った。光の渦のような火線と平行して、僕たちは防塔へと駆ける。
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