第526話
まず、君たちの知るアレは起きていない。世間は至って平和的に日常を送っている。
何故かは……まぁ、直にわかるよ。
さて、それじゃあ彼女の現在の日常を覗いてみよう。
そこはつい最近新しくオープンした老舗風の旅館。
とある企業がとある人のために用意したと言っても過言じゃない。
うん。彼女をもてなし、ついでに儲けにもなったらラッキー程度の私情バリバリで作られた場所だよ。
純和風なのは今でも和服を好む彼女に合わせたからだろうね。
様相は和風でもスタッフは全員海外向けにどっかしらの言語は話せるし。見た目はともかく至るところにそこそこ新しい技術は入っているから不便はないね。テレビとかもついた部屋ついてない部屋。ついてないところにももってきてくれたりするし。
と、細かい話は置いとこうか。今は彼女がなにをしているかだ。
時は冬。新しい旅館。その一室に招かれた彼女。
今は優雅に――。
――ポリポリ
菓子鉢抱えてテレビを観ておられましたとさ。
しかも見てるのは。
「いや~。最近の若手も光るもんあるわぁ~」
ネタ番組。
まぁ、うん。優雅とはとなるよね。うん。
でも仕方ないじゃない? 一応大企業が手掛けた旅館だから? 施設は色々とある。
でも、今でも顔を晒さずに。なんなら戸籍も作らずに生きてる彼女が気兼ねなく歩き回るには貸し切りにでもするしかない。
もちろん彼女へ提案もしたけれど。
(
って感じ。オープンしてすぐ貸し切りはそりゃないね。走り出しが肝心だし。
とはいえ。全面的に断るのも悪いから、何日か泊まることにはしたんだけれど。
(外出れへんし。テレビ見るくらいしかでけへんのよね)
「ん? 今のはちょっとあかんな。間が悪いわ間が。あむ」
と、テレビに向かってダメ出しをしながらどら焼きを一口。
それからポテチ、どら焼きと無限ループ
甘い。しょっぱい。ダメだし。甘い。しょっぱい。ダメだし。ダメだし。上から目線の称賛。ダメだし。甘い。
そんなことを繰り返していれば。
「あ、なくなってもうた」
やがて菓子鉢は空になる、と。
(ん~。口寂しいんはちょっと……)
暇を持て余すだけに飽きたらず。おやつまでなくなるとより虚無感が強まってしまう。
であるならば。
「もしもし? おやつ持ってきてくれへん?」
『かしこまりました。なにかリクエストはございますか
「ん~。なんでもええから量持ってきてくれへん?」
『はい。承りました。少々お待ちください。すぐお持ちいたします』
「はぁ~い」
内線で注文をするってね。
貸し切りはともかくこの程度なら躊躇はない。人使うのは慣れてるし。自分のところのスタッフなら余計にね。
しかも今日は彼女がいるわけだから直属のが控えてるからね。そりゃ遠慮なんてする必要がない。
「さ~て。次はなにを……あ、ド○フやってるやん! こら見るしかあらへんな!」
そう言ってウキウキしながらテレビを観る彼女は実に現代にも慣れた様子。
昭和からは特に本土で暮らしながら裏で仕事の手伝いをしてきてるんだから慣れない方がおかしいけどね。
なんならごく一部には一応存在も認知されてるというか顔が利くくらいだよ。晒さないけど。
和宮内の大女と言えば財閥やらその他大企業からすれば超がつくビッグネーム。
戦前からある立場であり。代々直系が襲名していくとされている。
って、ことにしてるだけなんだけど実態はお察しの通り。
彼女のために用意された。彼女が用意した。家族を守るための自分の立場。
彼女は化物だからね。隠れ蓑は必要なのさ。
ま、和宮内財閥も大きくなってるから。彼女の力はほとんど必要なくなってるけどね。
和宮内の人間も、ただただ彼女に余生を楽しんでほしいと思ってるだけで。力を利用しようだなんて思っちゃいないし。邪魔とも思っちゃいない。
血族は小さい頃は彼女に世話されることも多いからね。だから大女っていわば大お祖母ちゃんって感じなんだよ。曾祖母とか。
彼女の気質も年を重ねるごとにどんどん柔らかく優しくなってるから、親しみを持ちやすくなって。現に親しんでいる。
尊敬する相手であり、大事な家族。その認識は共通。
ただ生きて、生を謳歌してほしい。それだけを願っている。
逆に彼女はちょっと困っているんだけどね。
だって、特に意味もなく。長いこと生きて。子供たちも自分がいなくても生きていけるようになっているし。最早惰性で日々を過ごしている。
謳歌とは、言い難いよね。そんなの。
「あははははは! やっぱド○フやわド○フ。この時代の笑いがいっちゃん好きやわ~」
……いや、意外と謳歌してるかもしれない。
でも……えっと……。テレビよりもずっと刺激的な日々がね。この日から始まるんだよ。
テレビさえ見てなければもうちょっと言い感じになったのに……まったく。
「あはははははは!」
ま、幸せそうだし。なによりだね。
今のうちにのんきに笑っとけばいいよ。
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