第521話

「……話を、しよう」

 スッと。出た言葉。

 さっきまで殺しあっていたけれど。これ以上ないほどに血が沸いていたけれど。殺気立っていたけれど。

 目の前の、まとわりつく童を見ると。心からの言葉を聞くと。どうしても自分の行いが間違ったものに感じてきてしまって。

 だから今さらだけれど。目の前の顔も晒さない化物と話したくなった。

 その気持ちを彼女も感じたんだろうね。すんなりと、手を離したよ。

「……感謝し――」

「……!」

 受け入れてくれた彼女へ謝辞を述べようとしたところで、女武者の緊張の糸が途切れ。気を失ってしまった。

 傑物とはいえ、元々人間として生きてきた女武者にとって人ならざる領域での三月に渡る殺し合いは初めて。そりゃ心身共に持たない。

「……」

 手が抜かれたお陰で傷はも、未だしゃべるための器官は治っていないので言葉は出せないが。女武者を支える手は実に柔らかく、優しい。

(何故、急に止める気になったかは定かではないけれど。でも)

「おっかぁ、だいじょうぶ?」

「もうかえろう?」

「こいつ持って帰るの? おいていこうよ。危ないよ」

 子供たちは傷ひとつついていないのならば。他のどんなことも些事に過ぎない。

 彼女たちは女武者を抱えて帰路につく。



 それから、彼女たちの住み処で言葉を交わす。

 女武者は名を『巴』というらしく。予想通りかつてさる御方に使えていたらしい。

 けれど、ある戦いの時、女ならば逃げても良かろうということで暇をもらった。

 そして、身分を捨て、鎧を捨て、ひっそりと人里近くに暮らしていたそうな。

 そんなとき鬼の気配を近くに感じ。村の様子をうかがう初芽を見て、襲われる前にと……というのが事の成り行き。

 村の近くに住みはしていたものの、村で何をしているかは知らなかった巴。

 その後改めて初芽が痩せ細った齢数ヵ月の鬼の子を巴に見せて誤解を解いた。

 平謝りする巴に対し、彼女はもうさして興味を向けることはなかったけれど。子供たちはまぁ……お察しの通り。

 なんにせよ、盗賊紛いのことは一切していないし。襲われたときに抵抗する程度におさめていると聞き、巴はむしろ好感を抱いたそう。

 それからしばらく、成り行きというかなんというか。彼女たちの暮らしている。

 一緒にいるだけじゃあれだからと、教養を身につけさせてくれた。

 なにせ服装も見た目も鬼の盗賊みたいだしね。教養でも身に付けたら多少は変わると思ったんだそうだよ。

 でも、妖怪=悪としている人間社会。巴ほど柔軟なのもそうはいない。

 服は襲ってきたそれなりの身分の者から奪い、身に付けたものの。それで話を聞いた者はそれからついぞ現れず。

 気づけば十数年経っていた。

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