第510話

 大型犬ってさ。生後半年もあればバカみたいにデカくなるじゃん?

 それに及ばずともなんだけどさ、彼女も早熟なんだよね。

 たった半年。その辺にあるものを食って、飲んで、頻繁にネズミや蛇、毒虫の逆襲に合いながらひっそり生き延びて。身長九十センチを越えて二足歩行できるようになりましたとさ。

 歩き方はまだ腕を両側に大きく開きながらのよたよた歩きだけど。十分早いよね。人間以外の獣並みの成長速度。

 さて、九十センチもあれば十分な肉。獣に見つかれば食らいつかれるだろうね。ま、そうならないように。

「……ぱっ」

(…………いない。よし)

 穴掘って埋まってるんだけども。

 いや本当に小動物みたいな生き方だよね。前世は土竜もぐら? それともウサギ?

 なんにせよ。順調に生きる術を身に付けていってるね。

「……うっん。……うっん」

 穴から出て、立ち上がり、よたよたとたどたどしく歩き出す。

 ここ数ヵ月。そうやって彼女は移動を続けているんだ。

 なにせ近くに自分を殺そうとした人間いきものがいるからね。危機感を覚えたのさ。

 そうやって毎日毎日数十キロ歩いて。ドブネズミのようにその辺にあるものを食いながら進んでいく。

「ん~! ん~……!」

 今日は幸運にも、以前食べたことがある木の実を見つけた。

 木にしがみついて、必死に手を伸ばして、掴めた先から食べていく。

「あぐっ! ……あぐ! はぐ!」

 夢中でかっくらってると、とうとうと言うべきかなんと言うべきか。見つかってしまったんだよ。

 狼に。

「……がぅがうぁ!」

「ひゃ!」

 十数匹に及ぶ狼の群れ。木の実に夢中で気づくのが遅れてしまったのは致命的。

 いくら生命力が強くたって食いちぎられていけば今の彼女ならすぐに死んでしまう。

 不幸中の幸いなのは木の上にいることだけど、枝の上に乗ってるわけじゃなく。セミのようにしがみついてるだけ。

 そして彼女には、セミのような羽はないんだ。

 となればさ、やがてずり落ちちゃうよね。

「ひっ。ひんっ」

 そして上ろうとして、でも目の前の危機にビビッちゃって。そしたら手も震える。震えた手じゃすぐに。

「は!? ぁぅあ!」

 すぐにまた木にしがみついたから落ちることはなかった。でも高度は下がっちゃったね。

 となれば。

「がぅあ!」

「ゅぎゅあぁぁぁあ!」

 犬でも跳べば届く場所。

 背中の肉を口でつねられて千切られちゃった。

 それでもまだしがみついていたけれど。一匹を皮切りに他のも飛び付いていけば――。

「はぁ! んがぁ! びゃるぁ!」

 言葉を知らない彼女は悲鳴のあげかたも知らない。思うがままに。出たがるままに。喉から音を出す。

 あぁ痛いよね。何匹もの狼に噛みつかれて。

 でもさ、彼女はそれじゃあめげないんだよ。

「……ふぅ! ふぅ! がぁ!」

「ひゅきゃぁん!?」

 たまたま近くにあった狼の顔にかぶりつく。

 噛みつかれた狼は鼻を上顎ごと食いちぎられて、痛みに悶えながら転がり離れていく。

 そんな様を見た狼たちは一気に警戒して全員離れちゃった。

 あ~あ。それはいけない。彼女に一呼吸置かせたのは不味いよ。

 そのまま食らいついてたら獲物のままだったのに。

「ふぃ……! ふぅぃ……! んっく」

 グッチャグッチャ。バリュバリュと。食いちぎった狼の鼻を租借して飲み込む。顎の力も、歯の頑丈さも。狼たちに負けてない。

 さて、なんで彼女は激痛の中反撃できたんだろうね。

 ま、答えは単純なんだけど。

 産まれて間もない頃に顔面を岩に叩きつけられてんだからさ。このくらいならちょっとは我慢できるってだけだよ。

「ぐぅぅぅぅ……。がうあ!」

 怯んだ狼たちはまた彼女に向かっていく。そこで逃げていれば助かったろうに。

 彼女。まだまだ鈍足だし。

 でも、近づいちゃったら――。

「ぐぅるぅあ――」

「はぐぅ!」

 彼女に食われるだけさ。

 今度の狼は左目のところを頭蓋を越えて脳ミソごと食われちゃった。うん。即死。

 バカな狼たちはそれでも小さな獲物に向かっていき、漏れなく食べられちゃったとさ。

 この時から彼女は、大型の獣も獲物として見るようになったよ。

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