第490話
「伊鶴。良いから行こうよ。相手にしたってしょうがないんだから」
「はい? なにその言い方。せっかく久々に会ったからあいさつしてやってんのに」
「てか、そのめんどくせって顔腹立つんだけど」
「ほんっと高校に上がってから生意気じゃん。なに? 都会に行ったから勘違いしちゃった?」
「そんなんじゃないから。早く家に行きたいだけ」
「……っ。そのどうでも良いって面やめろよ! 虚勢だってわかってんだよこのクソ
「……った」
男の一人が多美の髪を掴むが多美は無抵抗。
「……! てんめ性懲りもなくタミーに――」
「伊鶴っ。良いから」
割って入ろうとする伊鶴を止めた多美を見て、ニタリと笑みを浮かべる。
「やっと自分の立場思い出したかよ宍戸司」
弱気な多美。弱虫な多美。その印象のままの行動だと、そう勘違いしてしまった。
だから。
(昔の……。春までの……。いや、天良寺に助けられたのを考えると夏くらいまでか。その頃の私ならまだまだビビってたろうけど)
「……」
「ん? なにこの手」
髪を掴む男の手に触れる。
「女の髪は大切に扱いなよ。モテないよ」
「……はい?」
「それとも髪フェチ? それこそ断り入れずに女の髪触るとか気色悪いんだけど」
「意味わかんないこと――」
「それになによりこれ暴力なんだけど。だから、これから私がやるのは――正当防衛だから」
――ピキキキキッ
「……!? ぅああっ!?」
多美に触れられたところから氷が肌を覆っていく。
氷を視認するより先に凍てつく冷たさを覚え、髪から手を離そうとするが。
「でも私、良い女だから。もう少しだけ触らせてあげる」
「ふ、ふざけんなっ」
多美の挑発に乗る余裕もなく、必死に離そうとするが離せない。すでに、手から伝わる感覚は冷たいを越して痛みしかない。当然そこまで冷えてしまえば、手を開くための感覚すら奪われていよう。
「な、なんだよこれ!? お前マジでなんなんだよ!?」
「なにってそりゃ魔法ってやつよ。私たちが魔法師目指してるの知ってるでしょ?」
「で、でもお前らは……」
「あっはははは! そりゃあ驚くわな! じゃあもっと驚かせてやんよ。救助も兼ねて」
「ぉわぁ!?」
「きゃっ!?」
「ちょ!? バカ!」
そう言うと伊鶴は凍らされた男の手を燃やす。
突然手を燃やされ驚く男。
それを見て驚く女。
……そして髪を燃やされキレる多美。
「このおバカ! 手だけ燃やせ手だけ! 見てよ! ちょっとチリってしちゃってんじゃん!」
「ぁ、あ~……。ごめ」
「許すかバカ伊鶴!」
「ぐっほ!?」
けれどこれはさすがに酌量の余地なし。
「ぁ、ぁぐぅ……っ」
伊鶴が悶絶する中、手を燃やされた男も別の意味で悶絶している。
凍傷寸前の手を急激に温められて一瞬で霜焼け状態にされれば、痛みとかゆみでどうしようもないのだろう。
「はぁ……はぁ……と、とりま。お前らもやるか? いいぜぇ相手になってやっからよ……ぉぇ」
「悶絶しながら言われてもたぶん複雑な気持ちになるだけだと思うよ」
「誰のせいだと……」
「あんた」
「……さいですね」
霜焼けに悶える一人を除いた四人のうち三人は呆然として動かない。
けれどそのうち一人だけは状況をわかった上で怯えている。
絡むなと苦言を呈した女子だ。
「や、やっぱり……。やっぱりそうなんだ……。こ、この二人。普通の魔法師なんかよりずっとヤバいんだって!」
「え、えぇ? な、なに言ってんの? だ、だってこいつらが行ったのって召喚……」
「わかんないよ! でもこの前動画見たんだって! 人間離れした動きしたり今したのよりもっとヤバいの使ってたり! てか、今の見てまだそんなこと言えんの!? もう私らじゃ……一般人じゃ喧嘩売っちゃいけない相手なんだって!」
「「「……」」」
その言葉を聞いて、伊鶴と多美を抜いた全員が冷や汗を垂らす。
その汗の理由は主に二つ。一つはたった今上から目線で絡んで、挙げ句先に手を出してしまったこと。もう一つは今までの報復に対する未来への恐怖。
「……へぇ、私らの試合見たんだ~。へ~。ほ~。ふぅ~ん」
伊鶴は一人が自分達の現状を知ることを聞くと、瞬時にハウラウランと同調し鳩尾のダメージを回復。
さらに、空間を曲げて背後に移動。
「きゃあ!?」
画面の先で見たモノを目の前でされて、恐怖はより色濃くなる。
空間歪曲を知らない他の連中からすれば未知の出来事への恐怖が嵩む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ゆるして! 私は関係ないから! 皆が勝手にやってただけだから!」
「ちょ、ちょっとあんた自分だけ! あんただって裏で色々言って――」
「合わせなきゃ今度は私がやられるかもって思うじゃん! ていうかさっき止めた時におとなしく引き下がってたらこんなことにならなかったかもなのに! あんたらバカのせいで私まで巻き添え食ってんじゃん! もうほんとヤダ!」
「だ、だってそれは……」
「いじめなんてくだらない真似して! それでガキの感覚のままでいるからこんなことになんのよ! あんたらは自業自得! でも私は関係ない! だから許してよぉ!」
「お、おぉう……」
醜い擦りつけを叫び、聞いてる四人は気まずそうな顔をして。伊鶴は伊鶴で困惑の表情を浮かべている。
(そんなビビるとは思わなかったわ……)
本人としてはほんのイタズラ心だったけれど。それが災いして一気にこじれてしまった。
でもだからといって同情心が湧くわけもない。だって目の前の同級生たちは叫んでいる女子も含めて多美に色々としたことを覚えているから。
(積極的でないにしろ。一緒にぶっ叩いてたの忘れてねぇっての。でも)
ここから先をして良いのは自分じゃない。もっと適切な人物がいる。
「さて、と。どうするよタミー?」
やられてきた当人が、その場にいるから。
ここから先をして良いのは多美だけ。
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