第405話

「……おや? まだ避難していなかったんですか?」

 演習場内の廊下。一人の女子生徒が目に入り紅緒は姿を現す。

「あら先生。珍しいですね。この時期に学園にいらっしゃるのは」

「そりゃあこんな騒ぎになれば……来なきゃダメですよねぇ~……」

 話しかけられた女子生徒は紅緒を見ると姿勢を正して挨拶をする。

 紅緒は苦笑しながら答え、すぐに顔を引き締める。

「それで、危ないのに何故残ってるんですか?」

「いえ、近々私の対戦相手となる注目株ルーキーの二人を見に来たんですけど事故が起きたようでして。それは先生もご存じと思うんですが。それで、御伽君含め生徒全員に他の先生方すら避難。なのに天良寺君は残って対処。それは彼が引き起こした張本人でしょうから対応しに残ったってことなんでしょうけど。でも、生徒の起こした不祥事を対処するのが学園の仕事だと思うんですよ。そのあたりどう考えているのかすごい気になることだったんですがすぐに学園長である紅緒先生がいらっしゃったのでまぁそれは良いでしょう。それで私が残った理由でしたっけ? 単純に興味ですよ。警報を二度鳴らすなど今までなかったじゃないですか? なんなら一度もなかった事態ですし。それなら興味の一つや二つ湧いてもおかしくありませんよね?」

「そ、そうですね……色々と耳が痛いです……」

 冷静で落ち着いた口調ながら早口でまくし立てられて縮こまる紅緒。

 内容も理屈は通っていて中々に反論できず。そもそもする必要もあまりないのだけど、一応教師として一言言うことに。

「えっと~……警報が出たなら先生の言う通りに避難をしていただけるとぉ~……」

「注意されなかったので。甘いチェックをして先生方は皆さんいなくなりましたから」

「すみません良く言い聞かせます……」

 逆に謝る羽目になる紅緒。

 確かに遅れた生徒がいるかもしれない状況で確認を怠るのはいただけない。

「いえいえ。実際私もすぐに帰れば良かったと思ってますよ。最初はんですが、すぐに耳に届かなくなったので。視界もほとんど効かなくってましたね」

「なる……ほど」

(たぶんリリンさんのあの能力のせいか……な? 彼女の耳が通じないなんて、この状況じゃそれくらいしか思い浮かばないし)

 紅緒の予想は正しい。現にリリンは影で試合場のドームを覆っていたし、他の所にも影を走らせていた。

 だからこの女子生徒にも才たちが何をしていたかはわかっていない。

「にしても、本当に凄いですよね。ワールドエンドを二人も。とても羨ましい」

「あの……それは」

 実は警報が出されたのは才の入学の時が初。だから誰も警報の意味はわかっていないはず。

 調べればすぐわかることだから驚くことではないが、少なくともリリンがワールドエンドということには情報統制を行っている。

 あくまで強い契約者として、学園内では認識されているのだ。

(細かいところも調べるのは彼女らしいと言えばらしいけれど。そこから彼女たちがワールドエンドと察するのも難しくはないし)

「まぁ、もう良いです。今日からここはしばらく閉じるのですぐに寮に戻ってください」

「えぇ。そのつもりです」

「……あ、やっぱり一つ聞いても?」

「なにか?」

 紅緒は少し迷いながら、女子生徒に一つ問う。

 教育者としては良くはないが、個人的に気になることがあるから。

「今回のリーグ戦。目をつけているのは?」

「一人ですよ。でも……確実に勝てないです。彼は私たちとは違うところにいるので」

「天良寺くん……ですね」

「えぇ。彼以外はどーでも良いですね。王酉先輩も御伽君も。勝つだけなら難しくないですし」

「そう……ですか」

「はい。質問は終わりですね? ではこれで」

「……はい」

 お辞儀をして、踵を返す女子生徒。

 彼女の背を少しの間だけ眺めると、紅緒もすぐに姿を消す。


 彼女の名は稚沙木ちざきマーヤ。

 二年A組一番。

 一応、真面目な優等生である。

 少しばかり、警報を無視するなどやんちゃな部分はあるけれど。

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